第17話 クウマをクウマにした人生。

クウマは決して驕るような人間ではなかった。

ただ、彼女を不幸にしたのが三つ上の兄と両親である。


クウマの家は貧乏男爵家だった。

両親は兄を溺愛し、クウマは日々家政婦の様に働いた。

祖父母とも一緒に暮らしていたので、生活は厳しかったがそれでも家の助けになればと、祖父から教わった東洋の占いの真似事をして、少しだが家計の足しにした。


ある日、いつものように男爵令嬢の一人から恋占いを頼まれた。

名前のスペルや生年月日から診断した占いで、

「きっと彼も貴方のことが好きだが、交際を始めると女癖の悪さから別れ話になる。口論から暴力にまで発展する。金銭面も…」

などと手厳しい事を言ったら頬を叩かれ、罵声を浴びせられて去っていった。

(鑑定料をもらってない)と思ったが、どうしようもなかった。


3ヶ月後、クウマの頬を叩いたあの令嬢がやってきた。

「占いの通りになった!友達をたくさん呼んできたから見てほしい」と言う。

見れば色とりどりのドレスが後ろに連なっていた。

クウマは嬉しくてその気になり、来ていた全てのご令嬢の鑑定をした。

鑑定を終えて、「鑑定料を頂きたい」と言うと、みな怪訝そうな顔をした。

「なぜ?趣味でしょう?」「好意で見せてあげたんだから」「お金取るなら初めからやらないわよ」とこっぴどく言われて帰られてしまった。


(そうか、これからは初めに鑑定料の話をしよう)とクウマは一つ学んだ。

金木犀の香りを感じながら帰路に着いた。


家に帰るといつも地獄が待っている。

両親の兄に対するあからさまな溺愛が気色悪かった。

夜会に参加する兄に手を振って送り出す。(20を過ぎた息子に…)と思ったが口には出さなかった。

クウマは夜会など片手で数える程しか行ったことはない。

祖父母は私に優しかったが、兄が金の無心をすれば、有金を喜んで差し出していた。

その金の一部を稼いだのは他ならぬクウマだった。


クウマの占いはご令嬢の間で密かに流行した。

少しだけ潤った懐にほくほくしたけれど、いつの間にか食べ物や兄の無駄遣いに消えた。


東洋系の血を持つ祖父はクウマに様々なことを教えた。

名前というのは、その人の人生の導であるから、よくよく見なさいと口癖の様に言っていた。

この世には定めというものがある。言い換えればそれは宿命ともいう。

例えばタンポポの綿毛がどこに飛んでゆくのかも全て決まっている。占いはその行方をほんの少しだけ私たちに教えてくれるものだよ、と。


私が泣いていると、良い事も悪い事も交互に起こるのだと慰め、私が腹を立てれば「人の為にどれだけのことが成せるか、全ては己に返ってくる。呪いの類には気をつけなさい」と諭された。


クウマも年頃になり、結婚した。

繕いだらけのドレスでは恥ずかしいからと、両親は初めてドレスを買い与えたが、元はと言えば殆どがクウマの稼いだ金だった。

それを恩着せがましく「たまにはお前にも…」と言った余計な一言が、クウマに明らかな兄妹差別を大いに自覚させてしまった。

結局、二年で離縁した。

夫は新妻を大切にしていたが、クウマは大事にされることに慣れていなかった。

可愛げがなかったのだろう。


この離婚で、どうやら自分自身のことは占えないらしいという事を知った。

当然帰る家はなく、祖父母も既にいなかった。


そこでクウマは店を持つことにした。

それは、口コミで噂が広がり沢山の人が出入りする様になった。


クウマは自分の商才を確信し、少しずつだが占いだけでなく、香や水晶でできたアクセサリーを取り扱う様にもなった。


そんなある日

「私の大切な方を奪った令嬢に痛い目を遭わせたいのだけれど。できるかしら?」

という相談があった。

「勿論お礼は弾むわよ」と言って提示された金額はクウマの1ヶ月分の家賃と変わらなかった。


順調とはいえ、女が一人で生きていくには辛い世の中だ。

甘い誘いがクウマの首を縦に振らせた。


「人の為にどれだけのことが成せるか、全ては己に返ってくる。呪いの類は気をつけなさい」と言う祖父の言葉は、それならば人の為に呪えばどうなるのかという疑問が頭をもたげ、クウマは誤った方向に足をすすめてしまったのだった。

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