第12話 貴方が好きです

私は馬車から降りた。破れたドレスの裾をそのままに、レーラの元へと駆け寄った。

彼女が気絶していたからか、ゴロツキに残った僅かばかりの良心の呵責なのか、縄はそれほどきつくなかった。


「レーラ!レーラ!!」

薄く目を開いた。

「お、じょう…うっ」

口を切ったのか、血が垂れていた。

「ご無事で…?」

「何にもされてないわ、貴方の方が重症よ」

「お嬢様!ドレスが破れ…!なんてこと…」

レーラは青い顔で戦慄く。

「それ以上のことはされてないわ。されるわけがないわ」

「お嬢様…お守りできず申し訳ありません…」

「あらやだ、それはそれは勇ましかったわよ」

レーラは俯いて泣いた。


ゴロツキ達を縛り上げている沢山の衛兵の中で、あの人を見つけた。

すぐに視線がぶつかる。

その人、カイエンは私の元へ駆けつけた。


「ご無事では無さそうですね…ドレスが酷いあり様だ。司令など…王族の命をも背いて処刑されてでも、今日ここへ貴方に会いに来るべきでした…」

怒りと悲しみに打ち震えながら、それでもできる限り優しく振る舞い、自らの上着を脱いで私の肩にかけてくれた。

カイエンは息が切れ、何かの拍子に自らをもナイフで刺してしまいそうなほどの殺意に溢れている。


「カイエン様はロイド様となぜ一緒にいるのですか?」

「捕物があると言うので、非番なのに突然駆り出されたのですよ。来てみたら、まさかのここでした」

今更だが、破れてしまったドレスの裾を一生懸命合わせる。

けれど、とうに露わになった"それ"は隠しようもなかった。

「気味が悪いでしょう?」

「何がです?」

私は月明かりに足を見せた。


「うーん?これは、字?字ですか?見たこともない文字だなあ。なんて書いてあるんです?」

解読できたら面白そうだとばかり、まじまじと見られたので、パッと隠すと「失礼しました!」と頭を90度に下げられた。


「さあ、なんて書いてあるかはわからないのですけれど…というかカイエン様はびっくりしないんですか?」

「いえ?なぜびっくりするんですか?」

本当にぽかんとしていた。

「これ、ドレスで隠れている場所はほとんどびっしり身体中に…」

「ふんふん、それで?」

「それで、って…ニール公爵は悲鳴をあげましたし、そこで伸びてる二人もこれを見たら卒倒しましたわ」

「女性に対して失礼な人たちだなあ」

「カイエン様って怖がりでしたよね…?」

「そのようですね、でもそれがどう関係するのです?例えば僕、ここに大きな生まれつきのシミと、火傷の跡が背中にありますよ」

えっと…と言って私は何も言えなくなってしまった。

「僕はセレン様のことが知られて嬉しいです。でも、こんな形で知りたくはなかった…セレン様…触れても…?」

こくりと頷く。


手を触るくらいかと思いきや、ぎゅうと抱きしめられた。

「今日は満月、約束の日。遅刻してすみません」

温かな体温を感じる。

ああ、この矛盾した感情の名前がやっと分かった。

溢れる涙も言葉ももうどちらも止められなかった。


「私っ…貴方が好き…大好きです…」

「僕もですよ」

「え?」

「忘れちゃったんですか?僕は貴方が大好きだと言ったはずですがね?貴方が気にしている"それ"によって、1ミリだって気持ちが揺らぐことはありません」

「ふふふ、ならもう一度聞きたいから忘れたふりをしても良いかしら?」


カイエンは赤い顔で咳払いを一つした。

「貴方が好きです。この世界の誰よりも」

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