第11話 私の秘密

「やってしまえ」

護衛は二人、対して今日のために雇ったのであろうゴロツキが六人。

圧倒的に不利だ。いやらしく余裕の笑みで取り囲む。

レーラは私の前で手を広げている。

その毅然とした態度に、まだ大人ではない彼女が責任感という名の重たい荷物を細い両肩に乗せているのだと感じ、胸が痛んだ。

「レーラ、貴方はまだ若い。もし貴方に何かあったら、私、貴方のご両親に顔向できないわ」

「いいえ、お嬢様は絶対に守ります」


ナイフや斧を振り回すゴロツキに、しだいに護衛達は離されていく。鋭い金属音と怒声が響く。

護衛がこちらに戻ろうとしても、ゴロツキ達によってなかなか叶わない。

御者は「早く馬車にお乗りください!」と叫んだところを後ろから殴られて卒倒した。

その様子を見て、侮蔑を含んだ目で睨む。


ニール公爵が一歩ずつ近づいてくる。

「あら、本当に舌を噛もうかしらね?」

「こちらに噛みついてきそうな勢いだがな。しかし、そんなことができるかな?セレンの代わりにその侍女が泣くかもな?」

「貴方って思っていたよりも、ずうっと最低なのね。いっそ清々しいわ」

「さあ、どうするお嬢様?」

立っているのもやっとのレーラは、ニール公爵が殴り飛ばした。

「ぐうっ!」


「レーラ!!!」

「おい!そこの侍女を縛っておけ!」

完全に気を失っているだろうレーラをゴロツキの一人が縄で縛り上げる。


(そこまでするのか)


ぎりっと歯を噛み締めた。

彼女が殴られる理由など一つもない。

怒りで目の前が真っ赤になる。

「レーラに手を挙げたわね!?彼女は関係ないわ」


「お嬢様あああ!!!」

護衛が叫ぶ。

その絶叫は、やがて沢山の争いの声に紛れていった。


私はニール公爵に乱暴に馬車の中へ押し込められる。

荒い吐息が耳元に掛かった。

熊か狼か、まるで獣の様な湿気を含む嫌な吐息だ。

月の光を背負ったニール公爵は、黒い塊だ。その姿は本当に獣の様だ。


ドレスを破られ、「ひっ」と短く叫ぶと、頬を叩かれた。

ガバッとニール公爵が覆いかぶさる。

「…ニール公爵、あなたはきっと後悔するわ」


「ひいいいいい!!!?」


ニール公爵は咄嗟に私から離れて、ぶるぶると震え出した。

悲鳴から先の言葉が出てこない様だ。これが、本当に恐ろしいものを見た人間の正常な反応なのだろう。


(滑稽だ)


顕になった私の肌。

目を剥いて指を指し、ぱくぱくと唇を戦慄かせ後退りする。

「どんな手を使っても手に入れたかった将来の花嫁になり損ねた女の正体よ」


震えが治らないニール公爵はじりじりと後退する。


そこへなぜかロイドの声がこだました。

「そこまでだ、ニール公爵!貴様の目論みは全て分かってい…る…」

どさり、と馬車から転げ落ちて四つん這いのまま地面を掻き、やっとのことでロイドの足に縋るニール公爵。

「ろ、ロイド様っ…あ、あれは…あの女はっ…」

がちがちと歯の根も合わず、言葉がなかなか出てこない様子だ。


ロイドに続いて衛兵達がぞろぞろと駆けてきた。

「ニール公爵と手下のものに縄を!」


ゴロツキ達は

「おい、こんなの聞いてねぇぞ!」「絶対大丈夫って言ったの誰だよ!」

などと口々に言いながら慌てふためく。


その様子にニール公爵は冷や汗をかいている。

「ロ、ロイド様…?話が違いますぞ!」

「遂に頭がおかしくなった様だな。連れて行け」

トントンと頭を指差して、ロイドは片方の唇を吊り上げた。

「共に手篭めにしようと言ったではないですか!まずは護衛やメイドを大人しくさせておけと…!」

「早く連れて行け!」


ロイドが月明かりを背に馬車にゆっくりと入ってきた。

私は出来る限り身を縮こめる。

だが、隠しきれない肌。


「セレン、無事か?」

「…ニール公爵のあの言葉は何ですか…」


ロイドはドレスから覗く私の肌に気づいて、たちまち絶叫した。

耳をつん裂く様な声だ。


ニール公爵と同じように、指を指したまま硬直する。

ただ口元だけがぶるぶると震えている。

どうやら、言葉が出ない様だ。

私は縮こまっている姿勢から、居住まいを正した。

その僅かな動きにすら、ロイドはいちいち反応する。

「ひっひいっ…!」

「…隣でただ眺めるだけなら問題ないでしょうが、いつまでもそのままとはいきませんものね。これを見ても、貴方は、まだ私を求めるでしょうか?」

私はドレスの裾をわずかに広げて、それをよく見える様に言った。


身体中を埋め尽くす、黒い東洋の文字。

それは、"カンジ"と呼ばれるものだと侍女の一人が教えてくれたことがある。

ドレスで隠れる足や腹、胸、腰に細かい文字がびっしりと覆っている。


ロイドは馬車から転げ落ち、気絶した。

衛兵の一人が駆け寄って私を見ると同じく絶叫して、きゅうと伸びてしまった。


「ふ、ふふふ。馬鹿な人たち」

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