第10話 満月の日に。ーなぜ貴方が?ー
そして満月の日、私は少しだけ早く百合の見晴らし台へとやって来た。
(私ったら、本当に来てしまった…)
昨日は窓辺から月を眺めていたら夜中になってしまい、寝不足気味だ。
朝も朝で早くに目が覚めてしまい、どのドレスを着ようか、新しく買った口紅を使ってみようかと思案していたら日も高くなっていた。
その様子を見てレーラは訳知り顔でにやにやしているし、調子が狂う。
(カイエン様は…まだ来ていないみたいね)
来てほしいような来て欲しくないような、むず痒い感情だ。
カイエンを振っておきながら、どうしてこうも期待してしまうのだろう。
この矛盾になんと名前をつけたら良いのだろう?
宵の明星がたくさんの星を連れてくる。
そして私は、いつもより一際大きな月に見つめられる。お前は傲慢だと、そう言われている気がした。
(カイエンに会ったら、私なんて言えばいいの?どんな顔をしたら…)
馬車に駆け寄り、窓に映る自分を見た。
思ってハッとした。
なぜそんな事を考えているのだろう。
私がカイエンに何を言えると言うのだろう。烏滸がましいにも程がある。
とっぷりと暮れた夜、カイエンは未だ姿を見せない。
夜風が気持ちいい夜だ。
何か気持ちがひとつ吹っ切れた様な錯覚を起こす。
(私、あの言葉を間に受けて、本当に馬鹿みたいだわ)
あんなにこっぴどく振ったのに、都合よく約束だけを切り取って、何を今更縋ろうと言うのだろう。
私はカイエンに甘えていたのだ。
私からは何も返せないというのに。
(よく考えたら分かるのに)
こんな夜に流れる星を見るのは、少しだけ残酷だ。
もしもまたそれを見たら、きっと私は願ってしまう。
(帰ろう)
思ったそのとき
「セレン!」
「え?」
振り返るとそこには、ニール公爵がいた。
嫌な笑みを浮かべている。
護衛とレーラが相手に気付かれない程度に警戒した。
「ごきげんよう、本日はどの様なご用件でしょうか?」
言うと、なかなか屈強な男たちが近づいてきた。
侍女と護衛が私の前に立つ。
「そんな怖い顔で睨むなよ。もともと結婚するつもりだったんだから、一度くらい良いだろう?」
「そうなったら私、舌を噛みますわ」
ほんの僅か口の両端を吊り上げる。
対してニール公爵はケッと言って顔を歪ませた。
「これだから美しいお嬢様はお高く止まっていて嫌だな」
レーラの手が震えている。
だが、彼女の後ろ姿は勇ましく決して揺るがない信念に燃えていた。
「お嬢様、刺し違えても守ります」
かなり興奮している。まずは落ち着かせなければ。
「大丈夫よ、そんなこと言わないで。貴方と無事に屋敷へ帰る、それだけよ。ね?」
だが、この危機的状況において、私は可笑しくて笑ってしまいそうだ。
ついこの前、この場で跪き花束を差し出したニール公爵が、今度は私を手篭めにしようというのだ。
あの時あの場と全く同じ光景なのに、美しい賛辞は今や下卑た台詞に成り下がっている。
彼の二面性はとうに知れているところだが、ここまで来ると、もはや憐れだ。
「やってしまえ」
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