Ep52. To a world not in prophecy

 ──ちなみに。

 別便ですでに閣府方面へ向かっていたパブロ一行の馬車内は、静かだった。乗り合わせたメンツのせいではない。ある意味そうではあるが、彼らはいまこれまでにない困難を前にうちひしがれているところである。

 頭が痛いな、と。

 パブロがめずらしく弱音を口にした。

 しかしその本音は、蓮池も全くおなじである。

 当然だ。

 およそ数日後には、生まれてからいままで啓示頼りで生きてきた民たちに、

「千年近く続いてきた『レオナの啓示』という慣習をなくします」

 ──と、告げなければならぬのだから。

 正直、罪人に死刑宣告をするより難しい。

 パブロと蓮池が揃って頭を抱え、ウンウンと唸る様がよほど滑稽なのだろう、クレイは手のひらで口元を押さえつつ、あっはっはっはと盛大にわらっている。同乗するアスラは、もはや恐縮してしまって言葉もない。

 そりゃあね、と蓮池は頭を抱えたまま、怒気を込めてつぶやく。

「事情を知ってる本人たちからしたら、さぞ正当な流れでしょうよ。終わらせるのは簡単ですよええ。しかし、その後は? いきなり“レオナの啓示はなくなります”と聞いて、レオナ厨の民たちがどうなるかなんて、容易に想像がつく──」

「そうねえ。とくにプリメール大聖堂に通い詰める方たちなんて、お導きがなくっちゃなんにもできないものね。病気になっちゃうかも。あっはっはっは」

「そうならそうと、クロムウェルももっと早くに共有してくれれば良かったのです。そうすればこの状況に至るまでになんらかの対策だって打てたはずなのにっ……」

「……フ、頭が痛いな」

 と。

 言うわりに、パブロの顔はわずかだが綻んでいる。蓮池はなぜこんな状況で笑みが作れるのか、と言いたげにパブロを見据えた。

「言っても仕方あるまい。当分のあいだは、定期的にクロウリーから説教をしてもらうか」

「ちょっとパブロ、本気? あのヘタレは即刻当代グレンラスカから退いてもらうべきだわ。中央がこんな状態になって、とても任せられる器じゃないわよ。なんなら民よりもだれよりも、レオナ一筋だったというのに!」

「まあ──とにかく彼と話してみる。私が見込めぬ、と判断したらその時は、クロウリーの長子にでも声をかけてみよう」

「もういいじゃない。どうせレオナが消えたなら、いまさら御三家の血筋にこだわる必要もないとおもうけど?」

 と、クレイは不服そうだ。

 しかしパブロは終始穏やかだった。

「いや。レオナが消えたからこそ、我々が成すべきことだ。……レオナに託された」

 そう。

 託されたのだ。

 パブロはゆっくりと、背後に目を向ける。

 サンレオーネはもうすっかり遠く、小さくなってゆく。


「ようやくここから始まるのだ」


 確信めいた口調で、パブロは言った。

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