Ep50. Leona's wishes
ほどなく、石塀の外から馬のいななきが聞こえた。蓮池があらかじめ手配していたというから、気の回る男である。
蓮池がフェリオのそばに歩み寄った。
「さて──いろいろとありますが、ひとまず閣府へ戻りましょう。当初の目的であるアスラ様も無事保護できましたし」
「ああ……そうだな」
「フィンと由太夫の遺体は閣府の馬車で運びます。どうぞ皆さまも閣府へ。後ほど緊急会議を開きましょう。よろしいですね閣府長」
「うむ。────フェリオは、しばし残ってくれ」
「わかった」
蓮池の指示により、石塀の外で待機していた中央閣府の調査員たちがバタバタと石舞台へと入ってきた。フィンと由太夫の遺体を馬車に載せ、一部の調査員たちは続々と石舞台から地下へおりてゆく。ここの調査は長引くだろう、とのことで地区兵団たちは帰路につくため自分たちが乗れる馬車を探す。しかし調査員たちの分の馬車ばかりで、幾度数えてもここの人数が乗れるだけの分がない。
結局、蓮池とパブロが乗ってきたものと、デュシスのふたりとクレイが乗ってきた四人乗りの馬車が二台、ルカが乗ってきた愛馬ロザリオとそれに付いてきたベージャが一頭のみとなった。
当然のごとく蓮池とクレイ、アスラは馬車に乗り込む。残り一席分はこのまま、パブロが戻るのを待つようだ。ルカは自慢の愛馬、ロザリオにひらりと飛び乗る。しかしベージャに乗ろうとしたハオはすぐさま後ろ足で蹴り飛ばされた。彼女はフェリオ以外、乗せるつもりはないらしい。
「残るは一台……」
と、つぶやく汐夏。
するとすかさずハオと蒼月がもう一台の馬車に乗った。
はあ、と汐夏は眉を吊り上げた。
「なんで座るカ!」
「年功序列ということばを知らんのか、シーシャ。フェリオの愛馬はフェリオ以外を乗せたくないそうだし──これに乗るしかないだろうが」
「でもそれに乗ってきたのはおれらっすよ。それならあとの二枠は、おれとラウルが乗るのが妥当ってところか……」
「いぇ~い!」
「ラウルずるいヨッ」
「うっ……で、でもシーシャ」
「バーカ。年功序列といったらつぎはシリウスだろうが、あとは比榮。おまえもいっしょに乗ろう」
「えっ」
「いまはまだ、いろいろと傷が深すぎる」
蒼月も微笑む。
比榮はおずおずとうなずき、馬車に乗った。さすがの汐夏もそれに対して文句は言えないらしく、頬を膨らましてハオをにらみつけた。が、シリウスは予想に反して馬車への同乗を遠慮した。
サンレオーネ遺跡のなかを、いま少し歩きたいからという理由だった。
レオナルトに身体を痛めつけられたことを考えると、ノアは馬車を進めたがシリウスは頑なだった。もしかすると、まだこの石舞台との別れを終えていないのかもしれない。
すると比榮もパッと馬車から降りた。
「や、やっぱり皆さんといっしょに歩いて帰ります」
「エッ。やっぱりワタシたち歩いて帰るのかー⁉」
「しょうがねえだろ。足がねえんだから」と、虞淵。
「ひえーん!」
それを見たルカが眉を下げ、ロザリオから降りた。
そのまま手綱をリベリオへ渡す。
「分かったよ。それなら僕ら三人で先に閣府へ戻るから、戻り次第馬車の迎えを寄越そう。道中で拾ってもらいなさい。そのあいだは、ロザリオを貸すから疲れた者が順番に乗るんだ」
「ルカー!」
汐夏が飛び跳ねる。
「手負いのシリウスも心配だからね。気を付けてお帰り」
といって微笑むルカも、その表情には疲れの色が見える。
デュシス地区長からの些細な気遣いを受けて、地区兵団員たちは長らくつづいた緊張感からようやく解放されたようで、ホッと笑みを見合わせた。
ふたりの遺体と地区長たちを乗せた馬車は、続々とサンレオーネから撤退してゆく。
日はすっかり高くなっていた。
※
石舞台に残ったふたり──パブロとフェリオ。
互いに顔を見合わせてから、どちらから言うでもなく、互いに石舞台の上へ腰を下ろした。
パブロに呼び止められた理由は、なんとなく察しがつく。きっと今後のエンデランドについてだろう。本物のレオナ三世たるフィンが死んだいま、順当にいけば、その息子となるフェリオがレオナ四世を継ぐに相応しい。
無論、フェリオに継ぐ気があるならば、だが。
案の定パブロは「今後のことだ」とつぶやいた。
先手を打つため、フェリオは間髪いれずに、
「レオナは継がねえぞ」
とぼやいた。
パブロはわずかに驚いたようすで目を見開く。が、すぐに笑みを含んだ顔でうなずいた。
「そんなことは分かっている」
えっ、と。
フェリオは面食らった。
スカルトバッハという立場として、これから先もレオナの啓示を守っていきたい……などと言われるかと思っていたのだが、ちがうのか。では、いったい──。
パブロが青々とした大空を見上げる。
「レオナは死んだ。それも、とうの昔に死んでいた──それに尽きるのだろう」
『レオナ』は結局、始祖レオナのことにすぎない。
その後継を託されたルーニャも、フィンも、結局はレオナではなかったのだ──とパブロは噛み締めるようにつぶやく。
「サンレオーネという魔窟が、始祖レオナの幻影を我々に見せつづけた。とうのレオナは、とっくに民へすべてを委ねてくれたのに」
「……自分の足で、未来を紡げるように、か」
「プリメールは分かっていたのかもしれぬな。実母であるレオナが、心から願う未来がどんなものなのかを。結局、スカルトバッハもグレンラスカも、ランゲルガリアも──変革を恐れ、現実を受け入れられなかった、間違いだらけの臆病者だ」
「そんなことは……ねえだろう。おれはその三人っていったら、クレイとアンタと──司教様のことはよく知らないが。少なくともクレイもアンタも、りっぱに務めを果たしているとおもっているがね」
だって考えてもみろ、とフェリオはおどけた。
「レオナが願った未来は、たしかにプリメールが理解したかもしれねえ。だがレオナがほかに何も願わなかったとおもうか? おれはそうは思わんね。我が子同然たる民たちの未来だぜ、ましてその民だって十人十色さ」
「…………」
「誰もがプリメールのように強く在れるわけじゃない。グレンラスカだから、神と人との間に立って、その痛みを癒してくれる。ランゲルガリアだから、環境も性質もちがう地区をまとめてくれる。……スカルトバッハだから、中枢機関のトップとして島の未来を託せるんじゃねえか」
朗らかな笑みをパブロに向ける。
背高の彼は、いつもの険しい表情から一変、心細い少年のような瞳でフェリオを見つめ返した。
「レオナは願ったはずだ。自分がいなくなった未来、どうかみなが懸命に生きられますように、と。自分の子孫たちを信じたからこそ、その重責を御三家に託したはずなんだ」
「…………」
「間違いも正解も、あってねえようなもんさ。それが人生ってもんだ」
それから、フェリオはパブロの手を熱く握りしめて、労るようにハグをした。
「今日この時、ようやく一区切りがついただけだ。またつぎのフェーズに進めばいいってだけのことなんだよ」
じんわりと熱がパブロに伝わる。
妙な安堵感をおぼえる温もりに、パブロはすこし目頭を熱くした。やがてパブロも腕をまわし、フェリオの背中を二度叩く。
身を離すころには、パブロの顔は晴れやかな笑みに変わっていた。
「──ありがとう、フェリオ」
「いいってことよ」
フェリオは目を細めてわらった。
石舞台から、パブロがゆっくりと腰をあげる。空は変わらず青々と輝き、まるでエンデランドの門出を祝すかのように澄みわたっている。
スカルトバッハの家に生まれ、ただただ、望まれる姿を生きてきた。幼いころに抱いていた疑問。なぜみなレオナの声を求めるのか……と。その問いに対する解を聞くべく、勇敢にもひとりでサンレオーネへと忍び込んだ。何かに誘われるようにたどりついたレオナの神殿──。
そこで見た黙示の内容はほとんど忘れた。
しかしいま思い返すと、あの生涯黙示に問いへの答えがあったようにおもう。いや、あの黙示そのものが答えだったのだろう。
結局、とパブロはうわ言のようにつぶやいた。
「サンレオーネとは、レオナとは……なんだったのだろうか」
と。
フェリオもつられて青空へ目を向ける。
そうさな、と口角をあげた。
「すべての始まり、じゃないか。『涯』の島に『始まり』の地があるなんて……なかなかにロマンチックじゃねえか」
と、おどけたウィンクを添えて。
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