Ep45. Parent-child reunion

 背中を丸めたフェリオの腕のなか。

 フィンは荒い息を吐きながらフェリオの名を呼ぶ。先ほど天から降り落ちてきた雷はレオナルトのボディーアーマーに直撃したらしく、背の高い木の下でぴくりとも動かずころがっていた。

 フェリオ、とつぶやいたフィンがフェリオの胸元に手を当てて、押し返す。

「雷に打たれる気だったのか? 危険な真似を」

「そりゃ一言一句こっちの台詞だ。大事なこともなにも言わずに、勝手に消えようとしやがったな。ふざけやがって」

「…………」

 フィンが口をつぐむ。

 差し出された武骨な手をとってよろよろと立ち上がると、フィンは愛しげにフェリオの頬に手を伸ばした。

「なんだ。サンレオーネから聞いたのか」

「聞いたよッ。本来ならアンタの口から聞くべきことだった!」

「…………」

 先ほどからフィンはぐらぐらと頭を揺らしている。

 どうやら、立っているのもつらいらしい。フェリオは乱暴にフィンを背負うと、森の出口から石舞台の方へと歩き出した。そちらからはいまだにアスラの泣き声や地区兵団たちの声が聞こえてくる。

 不機嫌なようすを隠しもしない足取りに、フェリオの肩にもたれた顔を悟られないようにゆるめた。

「なぜ隠してた」

「隠していたわけじゃない。でもお前は──三百年も生きる不老長寿の人間なんて信じられるような男でもなさそうだし、言い出すタイミングを計っていたのはある」

「アンタが真のレオナ三世だと分かった時点で言ってくれたなら、信じることだってできた!」

「そうかな。なら……わるかったよ、フェリオ」

「…………」

 フェリオは口ごもる。そのまま会話は終わった。

 石舞台の上で閣府関係者と合流するまで、フェリオはひと言も発することはなかった。


 フィン!

 フェリオ!

 と。

 石舞台に戻ってくるなり、場は湧き上がった。

 心配でたまらなかったらしい汐夏は、フェリオの元気なすがたを見るなりぐずぐずに泣き出し、ロードもまた沈黙したままハグしてきた。アナトリアやノトシス、デュシスの面々もまた遠目ながら安堵の息をつく。中央閣府のパブロや蓮池、捕らわれたクレイは周囲にころがる敵兵の顔を確認している。

 対するシャムールの二人は、フェリオを労わりながらもその背に負われたフィンを心配そうにのぞき込む。アスラもまたしかり、だ。

 ぐずぐずに泣きじゃくった跡のあるアスラがフェリオの腰元に抱き着いた。彼女の目的は背にぐったりと背負われているフィンだ。石舞台上に降ろそうにも、そこここにアルカナ教団員や近衛師団兵の屍がごろごろころがっており、座るスペースもない。

 ラウルや汐夏があわてて周囲の屍を蹴り飛ばしたり、ぶっ飛ばして、スペースを作った。

「フェリオ、ここに降ろしていいよ!」

「ああラウル、ありがとう」

 と言いながらも、フェリオはなかなかフィンを舞台上に降ろそうとはしない。

 みなふしぎな顔をしたが、シリウスだけは妙にやさしい笑みを浮かべて、そのようすを見守っている。

 フェリオ、と疲れ切った声でフィンがつぶやく。

「降ろせ」

「ああ……」

 促されてようやく膝を折ったフェリオ。

 緩慢な動きで背から降りると、フィンはため息交じりに身を横たえた。

 アスラはいまだにしゃくりあげていたが、涙は幾分か止まったようである。

「フィン。だいじょうぶ?」

「いや、もうあまり時間はないようだ」

「そんな……」

 時間とは、と。

 フェリオが眉をひそめる。

 すると、自身の亡骸をひょっこり覗き込んでいた由太夫がふわりとフェリオのそばまで飛んできた。

 アッ、とフェリオが目を見開く。

「由太夫、おまえどこに行ったのかとおもったら……!」

『ごめんなさい。でもサンレオーネの黙示を受けるなら、やはりひとりにした方がよいとおもったものですから』

「気が付いたらいなくなってて、心細かったじゃねえか。それに……」

 と、きょろりと周囲を見渡す。

「なんだみんな。地区兵だけじゃなく閣府の人たちまで、けっきょくサンレオーネに集まっていたとは」

「みなフェリオのことが心配だったからですよ。それより」

 ロードはぎろりと森の入口へ目を向ける。

「近衛師団長は?」

「むこうで伸びてる。雷をまともに受けて死んじまったかもな」

「雷を。ふたりは大丈夫だったんですか」

 ふたり、とはフェリオとフィンのことだ。

 フィンは石舞台上に寝そべりながら「まったくだ」とふてぶてしくつぶやいた。

「せっかくヤツと男二人の心中劇とでもしゃれこもうと思っていたのが、とんだ誤算だった。まさかフェリオが──雷を弾いちまうなんてな」

「雷を? ……」

 と、反応したのはシリウスだった。

 彼はぞっとした顔でフェリオを見る。雷を弾くだなんて芸当をしたおぼえのないフェリオにとって、それは謂れのない疑惑の視線だった。

「おいフィン、適当なことを言うな」

「適当なものか。あんな近距離にいた我々が無事で、落雷の被害がレオナルトひとりにおさまるわけないだろう」

「たしかに、えらくラッキーだとは思ったが。それもサンレオーネの力かと」

 フェリオが頬を掻く。

 するとフィンはハスキーな声で力なくわらった。

「オレはサンレオーネの力で、オレとレオナルトに雷を落とすようにしたんだぜ。それを弾いちまったんだ」

「……おいフィン、それは」

 口を挟んだのはシリウスだった。

 しかしそれ以上の発言を抑えるように、フィンが口をひらく。

 それより、と上体を起こして周囲を見回す。

「こいつらみんな、もう知ってるのか」

「…………すまない」

「そう」

 ぱたり、とフィンはふたたび寝ころんだ。

 その反応が気に入らなかったのか、ハオがずいと前に出てくる。

「クロムウェルが抱えた秘密をわれわれが共有するのに、なにか問題でも?」

「いや? ……」

 フィンはフッと口角をあげた。

「やっと、クロムウェルも開放されたのかとおもうと感慨深くて」

「!」

 シリウスの顔がわずかに歪む。

 それはまるで、涙をこらえるかのように頼りなく、ハオもおもわず口をつぐむ。

 代わりに口をひらいたのは蓮池だった。

「今後のことについては話す場を設けたいと考えています。みなが知ったいま、レオナ十世……いや、アスラ様をひきつづきレオナとして据えていくのはさすがに問題がありますから」

「笑わせるな。真実を知ってなお、レオナだと?」

「…………」


「オレとアスラがなにゆえこんな大それたことを起こしたとおもってる。いい加減、この馬鹿げた茶番劇を終わらせるためだ」


 穏やかな口調で、しかしきっぱりと言い切るかたちでフィンは言った。

「いまさら、レオナの啓示なんてものを続ける未来はない。少なくともオレはもう黙示を聞く気もない。いや……聞けない、と言ったほうが正しいがね」

「どういうことだ」

 と、フェリオが身を乗り出す。

 それに答えたのはアスラだった。

「フィンはもう、からだが限界なの」

「からだが?」

 今度はシリウスが神妙な顔でああ、とつぶやく。

「サンレオーネの力を得れば得るほど、人はあの世に近づく。フィンはもうすべての力を手に入れているから、もはやその存在はこの世に留まることで精いっぱいらしい」

「…………」

「そろそろ限界を感じたからこそ、おまえを呼んだんだぜ。フェリオ。……」

 フィンは目を閉じる。

 フェリオの脳裏に、声がよぎる。


 ──待っているぞ。フェリオ・アンバース。


「やっぱりあの声はアンタだったんだな、フィン」

「お前ならかならずここにたどり着けるとおもっていた」

「アンタの子どもだから、か?」

「メルセデスの子だから──だよ」

 フィンはやさしく息子を見つめて笑う。

 フェリオもまた、涙をこぼして微笑んだ。

 

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