Ep46. Momentary respite

 つかの間の休息。

 フィンとフェリオを遠目から眺めていたクレイは、眉をひそめて石舞台の裏へ意識を向けた。

「レオナルトが気になるわ」

「それは私も同感です。確認してみましょう」

 蓮池もうなずき、ふたりで石舞台の裏から森へと入る。初めて立ち入る場所だが、どこかふしぎとなつかしく感じるのも、ここがサンレオーネだからだろうか。森のなかへ入ってほどなく、彼はいた。

 クレイが声をかけども、肩を揺さぶろうと、レオナルトは起きない。

 息をしていないことを確認してクレイは改めて肩を落とした。

「残念だわ」

「ウォルケンシュタインの当主が亡くなるとは。しかもこんな形で──いったい彼はなにを見たというのでしょう。先ほどシリウスから『生涯黙示を見たのだろう』という憶測を聞きましたが。クレイ地区長はなにかご存じですか?」

「知るわけないでしょう。私はサンレオーネについてなにも知らなかった。彼もそう、憧ればかりを胸に抱いて、妄想を広げていたにすぎない」

「憧れ……? ウォルケンシュタインは何に」

「貴女には分からないでしょうね。ランゲルガリア、ウォルケンシュタインなんていう、古代からの豪族の家に生まれた者の惨めな思いなんて」

「惨め、ですか。私からすればランゲルガリアはレオナ血族の御三家であり、ウォルケンシュタインはレオナの無二の同朋──という印象でしたが」

「そうね。でも現実はどうかしら」

 クレイは冷たい声色で、淡々と述べた。

「ランゲルガリアがレオナの血族だなんて名ばかり。けっきょくはなんの力も、権威もない、ほか貴族とそう変わらない。ウォルケンシュタインなんてもっと可哀そうよね。レオナの同朋であったなんて今は昔。現代じゃ閣府を守る近衛師団長の家にすぎないのだから」

「……王家になりたかったのですか?」

「さあ────王家というなら、いまも大枠では末端王家と言えなくもないしね。レオナに認められたかったのか……いえ。いまとなってはもう、自分がなにを欲していたのかも、分からなくなっちゃった」

 といってクレイはレオナルトのそばに膝を折る。

 冷たくなった彼の頬に手を伸ばし、やさしく撫でてやった。

「ただぼんやりとした不満だけが、私たちの味方だったのよ」

「…………」

 蓮池には分からない。

 元が平民であった彼にとって、出自が貴族であるというだけで十分に特別なものだと思うものだが、彼らには彼らなりの悩みがあったということなのだろう。もはやクレイを捕縛していた縄も解いて、蓮池は遠目からクレイを見守る。

 ふと、その背中に疑問を投げつけた。

「スカルトバッハ閣府長も、おなじ気持ちを抱いているのでしょうか」

「え?」

「グレンラスカ司教もそうですが、あのふたりもあなた方のような不満を胸に抱いていると思いますか?」

 しかしクレイはフン、と鼻でわらう。

「パブロについては分からないけれど、クロウリーはどうかしらね。彼は不満を抱けるほどの知恵も度胸もなかったと見ているけれど」

「なるほど。……」

 ぐっと蓮池は吹き出すのをこらえてつぶやいた。


 ────。

 一方、休息ついでに遠慮もせずフィンへ質問を投げかける地区長たち。

 彼らはサンレオーネという聖域にいることに、今更ながら実感を噛みしめ、周囲を見渡した。そこここに転がる死体の山を前に「そうだ」とロードが首をかしげる。

「結局、このアルカナの教徒たちはいったいなんだったんです。度重なる暴動もそうですが、ここサンレオーネでも道中、それはもう殺されかけまくりましたよ」

「はて」

 と、フィンはのんきな声を出した。

 代わりに答えたのはシリウスである。もはや、フィンは長くことばを紡ぐことすら難しくなっているらしい。いや、もしかするとただの面倒くさがりなだけかもしれないが。

「近ごろのアルカナ教団はあくまで、反レオナ思想の奴らが集まる口実のようなものだった。もっとも、アルカナという組織を作ろうとした昔の青年は、純粋に『シオン』という存在を崇めていたんだろうがな」

「しかし、地下でとある視界をのぞき見たとき、たしかにフィンが彼らに『フェリオ以外はどうでもいい』的な指示を出すところを見ましたよ。だからてっきり敵かと──おもったのですが」

「まあ、そこは本心なんだろう。なあフィン」

「フフ……仕方あるまい。フェリオとふたりで話がしたかったのに、お前さんらいつでもぴったりフェリオにくっついているんだから。大体あんなのが二、三十とかかってきたところで、地区兵団なら造作もなかろう」

 悪びれもせず言ったフィンに、ロードと汐夏は顔を見合わせて肩をすくめた。

 信用されていたと言えば聞こえはいいが、けっきょくフェリオ以外はどうでもよかったのだと思えば、それはそれでなんだか複雑である。

 つづいて口をひらいたのはルカだった。

「ねえフィン。それで結局、レオナルトが受けたという『生涯黙示』ってなんなんだい。由太夫が叫んでいたよね。君は知っていたの?」

 由太夫。

 その名でアナトリアのふたりが肩を揺らす。

 先刻、涙を流して彼の死を受け入れたというのに、こうもあっさり目の前にすがたを現した仲間に対して、ふたりはいまだに感情の整理ができていない。しかし由太夫はそんなふたりの葛藤を知ってか知らずか、自身の遺体のそばからふわりと飛んで、ルカのそばに腰を下ろした。

『もちろん生前は知りませんでした。しかしふしぎなもので、躯を捨てるとさまざまなことが分かってくるようです。こんなすがたでお恥ずかしいですが』

「なんてことをッ。由兄ィ、僕は、ボク……」

 比榮はとうとう肩をふるわせて泣き出した。

 無理もないことである。兄貴分である彼は、自分をかばって死んだのだから。しかし由太夫は涙に濡れる弟分をにこにこわらって頭を撫でた。ほのかな温もりを感じてか比榮が顔をあげる。

『泣くのはおよしなさい、比榮。これからのアナトリアをお前に託したいのに、心配で託せないではないか』

「も、申し訳ありませんッ。もうしわけ……」

『ああもう、これではお話になりませんね。すこし向こうで比榮とお話ししてきます。ルカさん、生涯黙示についてはシリウスさんにお聞きください。きっとご存じでしょうから』

 というや、由太夫は比榮を連れて石舞台からすこし離れた草原へと移動する。

 まったく、幽霊になっても気遣いのできる男だ。しかし話を振られたシリウスからすればいい迷惑である。いつの間にか一同の視線はシリウスに向けられていた。

「……生涯黙示、俺だって受けたことはねえからどんなものかは知らん。なんせ人間が受けたらおよそ耐えられねえものだと、フィンが言っていたからな」

「耐えられないとは──」

「精神が、ということだろう。レオナルトのあれを見ても分かるとおもうが、昔サンレオーネの神殿に忍び込んだ男もその翌日は狂乱状態で発見され、まもなく死亡している」

「…………いったい、どんなもんなんだ」

 と、ハオが顔を青ざめさせる。

 するとすっかり静かになったと思われたフィンがクックッとしずかに笑い出した。


「人間のなかでも例外はあるさ。なあ、パブロ」

 

 唐突に呼ばれたのは、輪にも入らず、周囲にころがる死体を検視していた閣府長スカルトバッハ。彼はぴくりと片眉をあげて、居心地のわるそうな顔でフィンをにらみつける。

 いったいどういうことか、と好奇の目がパブロに向けられた。

 いつの間に裏の森から戻ってきたのか、蓮池とクレイまでもが興味津々に中央閣府のトップを観察する。

「閣府長、生涯黙示についてなにかご存じなので?」

 きょとんとした顔で尋ねる蒼月。

 パブロは心底嫌そうな顔で、露骨にそっぽを向いた。

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