Ep43. San Leone Revelation

 ぽつねんと残されたフェリオ。

 となりには、ぴたりと寄り添うように由太夫が宙に浮く。足元にはおびただしい量の血液が広がっており、見る限りはとても生存できるものではないが、しかし知るかぎり、この血液の持ち主は確実に生きていた。彼は、錯乱状態で神殿から立ち去った。

 錯乱──祭壇を見上げてからだ。

 とはいえ、大剣を振り回した時点で錯乱状態になっていたといえばそうなのかもしれないが。フェリオはおずおずと祭壇の前に立ち、レオナルトのように天井を見上げる。

「なあ、由太夫──」

『はい』

「レオナルトはいったい、なにを見たんだ」

『……ここはサンレオーネの深層、レオナの神殿です。なにかが見えたとするならそれは、サンレオーネからの黙示にほかなりません』

「黙示? ずっと気になっていた。レオナの啓示やらサンレオーネの黙示やら、みんないろんなことばを使うが、意味に違いがあるのか」

『そうですね。簡単に区別してみると、現代レオナがサンレオーネから授かるものを黙示。現代レオナから我々におりてくるのが啓示、という感じでしょうか。とはいっても我々がサンレオーネから直接いただくことなんてほぼありませんから、ふだんは啓示と言う方が多いでしょう。例外は、蒼月家がサンレオーネから受けたという秘匿黙示くらいのもので』

「へえ。それで、さっきのレオナルトが受けていたのが黙示、か」

 由太夫は表情を曇らせ、自身の胸元に手を当てる。

『これまで、私はずっと気になっていたのです。ここサンレオーネが見せるものが何なのか──黙示、とみなさん簡単に言いますが、いったいなにを、どのような形で受けているのか』

「ああ、たしかに」

『ですがこのすがたになってようやく私も分かりました。──フェリオ』

「え?」

『いまこそ、あなたもサンレオーネからの言葉を受けてみたらよろしい。……いえ、受けるべきかもしれません』

「由太夫──」

 フェリオがたじろぐ。

 なぜなら由太夫の顔は、いつにもまして真剣なものであったから。神という言葉に拒否反応すら示すことを知っていてなお、彼はフェリオに黙示を受け取れという。

 いたって気の進まないフェリオだったが、躯を捨てた由太夫を前にしておもう。

(いまさら、非現実なものを否定してどうする。いままさに目の前で非現実の存在と喋っているってのに。……)

 由太夫はフェリオの心の内もわかるのだろう。

 フッとやさしく微笑み、フェリオの手に両手をそっと添えた。もちろん感触はない。が、分かる。

 手のひらのぬくもりは、現実である。

(現実とか)

 フェリオもつられて口角をあげた。

(非現実とか、神とか──いい加減どうでもよくなってきちまったぜ)

 ゆっくりと視線を石祭壇へ戻した。

 ふしぎなことに石祭壇の前に立ってみると、からだが浮上する感覚をおぼえた。ほんとうに浮き上がるわけではない。どちらかというと、身体を脱ぎ捨てて魂だけが上へ引っ張られる感覚──。

 フェリオの手は自然と上に掲げられた。

 そうです、と。

 由太夫がフェリオから距離をとる。

 その姿は徐々に薄く、消えてゆく。


『フェリオ。貴方にはまだ、知るべきことがある……』


 由太夫は完全に消えた。

 しかし、フェリオは気付かない。

 どころか腕を上に掲げたまま、放心したように立ち尽くす。その実は、上へ上へと引き寄せられる力に抵抗していた。このまま引っ張られたら、ほんとうに魂を引きずり出されそうだった。

(サンレオーネ。おれに言うことがあるのか?)

 問うてみる。

(おれをどこに連れていく)

 いっそ。

 いっそこのまま、身体を捨ててしまってもいいのかもしれない。

 フェリオの心がぐらりと揺れて、やがて身が軽くなった気がした。

 その時。


 頭上に横長のカンバスがあらわれた。

 カンバスは延々となにかの景色を映し出し、フェリオに見せる。

 その映像のなか、ある人物を見つけてフェリオは目を見開いた。


「か、かあさ」


 ※

 森のなかでフィンを囲むように集う中央閣府中枢メンバーと、その部下たち。いまだに本調子ではないにせよ、上体を起こせるくらいにはフィンも快復を見せている。

 が、次の瞬間。

 石階段から、猛然と駆けあがってきた影がある。レオナルトだ。彼は首元に重度の致命傷を負っていてなお、いまだその身体は生命活動をつづけていた。

 とつぜん現れたその巨体に、一同はいっしゅんことばを失くす。しかしロードと汐夏、シリウスはフィンを庇うようにすぐさま戦闘態勢に構えた。

 どういうことだ、とシリウスが舌打ちする。

「フェリオはどうした、レオナルト!」

「待ってください、シリウス。様子が変です」ロードが唸る。

「頚が……」

 一拍遅れて反応したのは、リベリオ。

 蓮池に後ろ手を捕られながら、クレイがレオナルトの瞳を見て眉をしかめる。

「普通じゃないわ──どうしたの、レオナルト!」

「ぐ。ぐ、…………ウゥウウウ」

 レオナルトは身を震わせ、その場にどしゃりと膝をつく。虞淵とノアが武器を構えてじりじりと背後から近付く。

 多量の出血を確認。

 この調子ならばもうじきくたばるか、とラウルが大鎌の先でレオナルトのボディアーマーをつつこうとしたときだった。


『なりませんッ』


 突如。

 光とともに由太夫があらわれた。

 ほとんどがその眩しさのあまりに目を閉じたが、声に気付いた比榮と蒼月だけは、目をかっぴらいたまま宙に浮く仲間を見据える。

 しかし由太夫に、再会に浸る暇はない。

『レオナルトから離れなさいッ。お早く!』

「よ、由太夫──君は」

 ルカもめずらしく動揺している。由太夫はその時間すらもゆるさなかった。

『レオナルトは先刻、サンレオーネから生涯黙示を受けたッ。もはや彼に理性はありません!』

「な──生涯黙示?」

「者ども、石舞台までいったん下がれ」

 フィンがつぶやく。

 アスラを支えにゆっくりと立ち上がり、ヴィンスを使って一行を森の出口まで追いやると、そこに立ちふさがるようにしてフィンが仁王立ちした。

「フィン!」

「アスラ、心配ない。大丈夫さ」

「いや……フィンッ」

「シリウスッ」

「!」

「みなを頼むぞ。オレがしくじったらその時は──お前が命に代えてもみなを護るように」

「…………Yes,sir」

 つぶやく。

 直後、シリウスは踵を返して一行を石舞台まで誘導した。

 森に残されるはフィンとヴィンス、そして正気を失なったレオナルト・ウォルケンシュタイン──。

 さあ、とフィンは厭らしく舌舐りをした。


「レオナの器に満たねえモンが、『生涯黙示』を受けたらどうなるか。その身をもって知らしめてやろう」


 レオナルトは咆哮した。

 

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