Ep42. Momentary Opportunity
石舞台上で、数多の敵をなぎ払う地区兵団。
シリウスもまた怪我を押して参戦していたが、その耳にわずか届いた音がある。石舞台の裏手、森の入口のさらに先からだった。なにかがドサリと落ちた音。戦況はこちらが優勢どころか、敵はほぼ殲滅といえる。シリウスはくるりと身をひるがえし、森の方へ駆け出した。
それに気づき、ノアもあとを追う。
先ほどレオナルトに『洗脳』の力を押しつけられかけたシリウスの心臓部が、ひきつるような痛みを発した。しかしシリウスは止まらない。森の入口からなかへ踏み込んですぐ、音の正体に気が付いた。
「フィンッ」
「! ……レオナ様、ロードも」
と、ノアがアスラのもとへ駆け寄る。
ロードと汐夏はぱちくりと周囲を見渡した。目の前にいるシリウスとノアのすがたに、ロードは困惑の表情を浮かべた。
「ここは──なぜ、シリウスとノアがここに」
「……それはこっちの台詞。フェリオは?」
「フェリオ。そう、フェリオ!」
汐夏がガバッと顔を上げる。
めずらしく青ざめている。
「あいつ、おもっきしレオナルトに抱きついてたネ──由太夫からダメって言われたばっかなのに!」
「由太夫!?」
こんどはシリウス。
もはや、困惑にまみれた現場であるが、これまでだんまりであったフィンがもぞりと身じろぎをした。
「……イカン。傷が、深すぎる。すこし休まねば──」
「すこし休む程度でなんとかなるものですか。明らかに胸を銃弾で撃ち抜かれていたんですよ、フィン」
「…………レオナ、の……力を、なめるな、よ。よう、シリウス……」
「治癒能力は持っていない。自分でなんとか出来るか」
「──ヴィンスを、呼べ。アレが、いれば……治る」
というや、そばについていたアスラがぴゅうと指笛を鳴らす。森の奥からたちまち足音が近づき、草影からネコ科の獣、ヴィンスが飛び出してきた。アスラは彼の背中をやさしく撫でてから、フィンを呼ぶ。
フィンはごろりと仰向けになった。
「ヴィンス……たのむ」
「グルルルルル」
獣はかなしそうに尻尾を垂れ、ペロペロとフィンの傷痕を舐める。するとどうしたことか、みるみるうちに傷が塞がってゆくではないか。汐夏はすげえ、と大興奮に立ち上がる。
ロードもまた、眼鏡をいじって傷口を覗き込んだ。
「これもサンレオーネの力なのですか、……なんということだ」
「フィンはひとまず問題ねえ。さあロード、その様子じゃすでにいろいろ聞き及んでいるようだが。なぜここにいるのか、フェリオはどうしたのか、手短に説明しろ」
「そんな無茶な。現状だっていまだに把握しきれていないというのに……ただ、ひとつだけ言えるとするなら、フェリオがいま非常に危険な状況に陥っているということくらいです」
「なに」
「神殿にレオナルトが来たのです。フィンの胸に銃弾をぶちこんで、彼はあのザマ。霊体となった由太夫とフェリオが、隙をつくってくれたことで──フィンは我々を巻き込んでここへテレポートしてきたというわけです」
「由太夫……そうか、サンレオーネの力で。で、いまは神殿にレオナルトとフェリオと由太夫が取り残されたと、こういうことか」
「話が早くて助かります」
「…………」
シリウスは眉をしかめて立ち上がる。
石舞台のほうへ意識を向ける。どうやらあらかた終結したのだろう。向こうからシリウスやノアを呼ぶ声が聞こえてきた。
シリウスが横たわるフィンを見る。
「フィン」
「あ……?」
「フェリオを助けにいく。石階段からの神殿入口を開けてくれ」
「…………」
しかし、フィンはゆるりと首を振る。
その口角はわずかにあがっていた。ひとしきり舐め終えたヴィンスの頭を撫でて、彼はゆっくりと身を起こす。おどろいたことに胸元の傷はほとんど目立たなくなっている。
フィン、とシリウスが怒気をこめて呼んだ。
焦るなよ、とフィンは切れ切れの息でつぶやく。
「ヤツは、大丈夫だ」
「なにを根拠に」
「いまに分かる。……」
ということばを最後に、フィンはぱたりと上体をヴィンスに預け、寝入ってしまった。からだは相当のダメージを負っている。アスラは泣きそうな顔でシリウスにすがり付く。
「シリウス。シオン……ううん、フィン死なないよね?」
「…………」
「わたしイヤよ……」
アスラは泣き出した。
※
一方その頃。
神殿内では、取り残されたフェリオが、レオナルト・ウォルケンシュタインと激しく刃を交わしている。この屈強な師団長を羽交い締めにした際、フェリオは正直もっと痛い目に遭わされるものと覚悟していた。
しかしレオナルトは、戸惑いの声をあげてフェリオを突き飛ばすと、憎々しげに睨み付けてきた。
「貴様──どういうことだ」
「なにがだよ」
と、いうわずかな会話のみを経て、レオナルトは腰の大剣をぶんまわし、フェリオを牽制しはじめたのである。
フェリオはその猛攻をかわしながら、気が付いた。確実に彼には動揺の色が見てとれる。いったい何に心揺らしているのか──と、神殿内を逃げ回る。唯一の持ち武器であるダガーナイフなど、あの大剣の前にはおもちゃにすぎない。しかしレオナルトも、それほどの大剣を振り回すのだから、体力が尽きてもいいようなものだが、そのような素振りは一切見られない。
(こいつ──化け物か!)
フェリオの背中に汗が流れる。
さて、ともに取り残された由太夫である。彼は霊体ゆえ、物理的に加勢することは出来ないが移動も自由になる。つねにフェリオのそばにぴたりと寄り添い、反撃の隙をうかがう。
霊体なればこそ、絞る知恵は豊富になる。由太夫はここまでで知り得た情報を教えようと、フェリオの脳内へテレパシーを飛ばした。
(フェリオ、聞こえますか)
(…………由太夫?)
(彼はいま、動揺しています。そのわけはひとつ。貴方に──『洗脳』が効かなかったからです)
(なんだと)
(先ほど貴方が彼に触れたとき、たしかに彼は力を使いました。しかし貴方には一切効いていない!)
(…………)
「うぉああああッ」
レオナルトが咆哮をあげる。
フェリオは円柱の陰に身を隠す。
(つまりどうすりゃいいッ)
(先ほど私は、彼に近付くのは危険だと言いました。しかし貴方ならむしろチャンスかもしれません)
大剣が、円柱に叩きつけられる。
ビキビキとヒビが入る音がする。
フェリオはあわてて反対側の円柱の裏へ逃げ込んだ。
(だから、つまり……おれが頼りということか)
(小回りのきくダガーナイフで助かりましたね!)
(やってやるよ、クソッ)
フェリオは円柱から円柱へと軽快に逃げ回り、レオナルトの隙をさぐる。さすがの近衛師団長というべきか、一見すると彼に隙はない。
しかし、フェリオは待つ。
待つ。
…………。
レオナルトが大剣を振り下ろし、横になぎ払った。
(ここ!)
フェリオが飛び出した。
老体に鞭を打ち、ダガーナイフを胸前に構え、レオナルトの懐に飛び込む。彼は大剣をふたたび振り上げる。が、フェリオにとってはそこが最大の隙となる。
ボディアーマーの上、あらわになった彼の頚を、躊躇なくかっ切った。手応えはある。が、レオナルトはなおも大剣を振り回し、フェリオを振り払った。その勢いに押されて尻餅をつくが、フェリオはもはや勝利を確信している。
レオナルトの頚からはボタボタと止めどなく血が滴り落ちていたから。
「……はぁ、は、……ハァ」
「ぐ。……グぅ……ウ」
なおもレオナルトは倒れない。
けれど、戦意はすでに消失しているのか、ゆっくりと踵を返して祭壇の方へと歩いていった。その道々には彼の血痕がぱたた、と落ちる。
やがて祭壇前に立ち尽くした。
「レオナルト──」
フェリオが緩慢な動きで近寄る。
レオナルトは、両手を上に掲げ、動きを止める。
静寂。
────。
やがてカタカタと身体をふるわせるや、奇声をあげた。
「う、ううう……ッウワァアアアアアアッ」
彼は足をもつらせながら、森へとつづく石階段を勢いよく駆け上がる。体内の血液は致死量をうしなったであろうに、まるで健康体と言わんばかりのスピードだった。
フェリオは恐怖を感じて足を止める。これ以上、彼を追いかける勇気はなかった。
──彼が何を見たのか、フェリオはまだ知らない。
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