Ep41. Ambition raids

 知らなかったの、と。

 汐夏がロードを見た。

 由太夫の口から一通り語られた話は、フェリオとロードの口を重くするには十分なものであったが、汐夏はそこまで衝撃を受けてはいないらしい。話を振られたロードは、戸惑いながらもうなずいた。

 無理もねえ、とシオンがわらう。

「ヴィンスはあくまでも、クロムウェルだけが知っていればいいと言ってた。歴代のシャムール兵団員は知らないだろう」

「しかしシリウスは、此度の狂言誘拐については知らないと言っていました。また、きのうラルバで起こったアルカナ暴動についても。すべてシリウスと共有しているわけではない、と?」

「アルカナとクロムウェルはまた別だ。そもそもアルカナとは、オレが主体となって出来上がったわけじゃない。血気盛んな若人どもが世直しを掲げてつくったハリボテにすぎないのさ」

 アルカナ発祥のきっかけは、なんてことはない。

 エンデランドのなかで『サンレオーネ神殿』への探究が盛んな時期があった。勇猛果敢な青年がひとり、近衛師団の監視を掻い潜り、サンレオーネの石舞台へ侵入した。

 近年、眠ることが多くなったシオン改めフィンは、そのときも地下神殿にてぐっすりと眠っていた。ここサンレオーネ遺跡のなかに青年が侵入したことは、すでにフィンの知るところであったが、まさかこの神殿近くまでたどり着くとは──と、すこしいたずら心が沸いたという。

 あえて青年を神殿の部屋へ呼んだ。

 青年は戸惑いながら、神殿の祭壇に腰かけるフィンを見つけた。フィンが指を鳴らすと、神殿内の燭台に火がついた。揺らめく炎が妖艶に彼を照らす。その美しさたるや、青年は息をのみ、武器を構えることも忘れて立ち尽くしたという。

 フィンはその際、

「わが名はシオン。即刻サンレオーネから立ち去るがよかろう」

 と、気取って言い放った。

 ついでに怖がらせてやろうという心意気から、神殿内の至るところから音を出し、しまいには一瞬だけ『洗脳』の力を押しつける。

 すると青年は、いよいよ人知を超えた力であると確信。ワッとたちまち逃げ出して、自地区へ戻るなり『レオナを超える力を見た』と言いふらし始めたのだとか。

 いやなに、とフィンは頭をかいてわらう。

「そんなつもりはなかったが、あの青年があんまり熱心なもんで。好きにさせていたらこうなった」

「冗談じゃありませんよ。いまやアルカナは、もっとも危険度の高い犯罪者集団となっています。だいたい、その青年ひとりが触れ回ったところで、ここまでの組織にはなり得ない。あなたいったいなにをしたんです!」

「そう怒るなよ。ヤツはちょっとひねくれただけの、家出青年だったんだ。あれからたびたび仲間引き連れてサンレオーネにやってきちゃ、オレに語りかけてきた。あんまり健気なもんだからつい」

「つい?」

「奴らの頭にテレパシーを」

「…………」

「現状が変わるなにかになれば良いと思った。言ったろう、オレはこのかけ違えている現状を良しとはしていない。それはアスラもおなじく、だ」

「それで、奴らがアルカナを」

 ロードは深くため息をつく。

 しかしフィンは悪びれもせず、天井を仰ぐ。

「──別邸占拠については、アスラから王家の人間たちの意識をそらすことができれば良かった。が、やつら興奮してふたりほど殺ったようだな。まったく、根っこが馬鹿なんだろう。やっていいことの限度をすぐ忘れちまうんだから」

「他人事のように言っていますが、首謀者が貴方なのに変わりはない。この一件が終わったら捕縛対象とさせていただきます」

「いいぜ。そんなことは、もうどうでもいい。だがヤツ──レオナルトは許されねえことをしたな」

 フィンの声に怒気がこもった。

 ふとロードが顔を上げる。

「許されないこと?」

「アルカナの若人たちを、生きたまま焼き殺しやがったろう。ここにいても聞こえてきた、彼らのさけびが」

「!」

「オレが思うより、ヤツの怨恨は深いと見える──」

 と。

 フィンがぼやいた瞬間、神殿内に発砲音がとどろいた。すかさず汐夏はアスラを、ロードがフェリオを庇う。霊体となった由太夫が「フィン!」とさけんだ。一同の視線が彼に向けられる。

 フィンは、心臓部を押さえて祭壇にころがっていた。

 フェリオが目で銃声の元をたどる。

「…………ッ」

「あ、れ、レオナルト」

 アスラのつぶやき。

 どこから入ってきたか、レオナルト・ウォルケンシュタインは銃を構えたまま、まっすぐこちらに歩いてくる。

 彼の顔に迷いはない。


「そこまで分かっているなら、話は早いな。教祖シオン……いや、真のレオナ三世」


 ハ、と息を切らすフィン。

 フェリオがロードを押し退けて前に出た。

「どういうつもりだ──あんたこそ、こいつの正体が分かっているならなおさら、こんなことは許されねえはずだぞ!」

「これはこれは、フェリオ・アンバースどの。だれよりもこの島の慣習に拒否を示していた方が、まさかそのようなことを言うとは」

「だからそれは」

「それに勘違いされても困る。俺は、レオナ三世の主張には賛成だ。この先、未来永劫レオナにすがり付いて生きてゆくなど冗談じゃない。こちらからお断りだ。教祖シオンと偽レオナが共謀して企てたというこの反乱は、むしろ称賛を与えたいくらいだよ」

「ならなぜ撃ったカ!」

 汐夏が眉をつり上げる。

 先ほど彼女が庇ったアスラは、レオナルトには見向きもせずに、被弾したフィンのもとへ寄っていた。

 なぜだと、とレオナルトは嘲笑する。

「もはやレオナ一族の導きは必要ない。が、しかし民はなおも導きを求めるだろう。もはや力のない偽レオナは王家剥奪。そちらのアルカナ教祖も、まもなく暴動主導容疑にて捕縛されるだろう。では──次代のこの国を担うはだれだ?」

「師団長……あなたまさか」

「トップに必要な力を手に入れたこのレオナルト・ウォルケンシュタインこそ、その器に相応しい。そうは思わんかね」

 レオナルトは恍惚の笑みを浮かべた。

 が、手中の銃口はいまも倒れ臥すフィンに向けられている。フェリオ、ロード、汐夏が戦闘態勢に入った。しかし彼は一分も怯まず、三人の前に迫る。初めに動いたのは汐夏だった。

 彼女は背の双錘を手に、飛びかからんと腰を屈めた。しかし、その前に由太夫が立ちふさがった。

『いけない、シーシャ!』

「!」

『レオナルトに触れてはならないっ』

「どけ由太夫ッ」

『彼にはもう発現していますッ』

「…………」

 汐夏がキロリとレオナルトを見る。

 彼はすでに汐夏へ詰めていた。腕をつかまれる刹那、その身軽さを生かして汐夏はバック転とともに距離をとる。

 由太夫はフィン、とさけんだ。

『貴方はまだ、死ぬわけにはいきますまいッ。はように移動を!』

 レオナルトがすかさず銃を構える。

 銃口はフィンとアスラを捉えた。

 ロードと汐夏がふたりを護らんと上からかぶさる。フェリオは──。


「よう、師団長とやら。この大陸人と一手お手合わせ願えんだろうか!」


 がっしりとレオナルトを背後から抱き込み、叫んでいた。

 フェリオ、というだれかのさけびが響く。

 しかしフィンはこのとき、息も絶え絶えにつぶやいていた。


 ──ラ ハ ポタラ アノ ヒューレ……。


 つぎの瞬間。

 フィンに触れる者たちすべてが、光に包まれ、消えた。

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