Ep40. Forge peace
とって成り代わる──とは。
どういう意味だ、とハオが問う。
つまり、とシリウスはごきりと首を鳴らした。
「ヤツはレオナに成り代わってこの国を治める気だ、ってことだ」
「レオナに代わって、って。ただの人間がつとめるには無理があるだろ。それになんだっててめえにそんなことが分かる?」
「……俺が、幾度もこの地に足を踏み入れているのはもうわかっているだろう。発現しているんだよ、俺にも。『人心解読』って力がな。この力はサンレオーネにいるときしか出ねえから、ふだん過ごす分には分からないだろうが」
と、彼はひどくだるそうな顔をしてつぶやいた。
それに対して虞淵が首をかしげる。
「俺にも?」
「ああ、レオナルトと一戦やりあって分かった。ヤツもすでに発現している」
「な、」
「おそろしい力だった」
と言ったのは、ノアである。
彼女はめずらしく顔を歪めて、シリウスの肩に手を添えた。
「シリウスじゃなかったら死んでた。あれは……なに?」
「俺はあの力を知ってる。──フィンも持つものだ。もっともフィンはすべての力を発現させていやがるが……あれは、洗脳だ」
「洗脳!?」
と、ハオの声がひっくり返った。
洗脳について、シリウスはことば少なに説明する。マインドコントロールと近しいものではあるが、あの力はそれよりも一瞬で、身体に触れた人間に対して自身の意思を押しつけて、乗っとり、意のままに操るというものだという。
先ほど、シリウスも肩を掴まれた危機があったが、突如割って入ったヴィンスに助けられたとも。
「ヴィンス? それって……」
「いや、名前はおなじだがうちのヴィンセントじゃねえ。ネコ科の獣だ。あれは、フィンの言うことをきく。たぶん俺はフィンに助けられたんだな」
「おい虞淵、ネコ科の獣って」
「おれたちを道案内してくれたヤツかもしれませんね。もしかしたら、あれもシオン──いや、フィンが手をまわしてくれていたのかも」
「……フィンは遠視も出来るからな。すべての画を見ていたんだろう」
「それも──サンレオーネの力だっていうのか」
と、ハオは舌を巻く。
そこでようやく、比榮は先ほどノアに助けられたのだと思い知った。比榮の武器は近接であり、どうしたってレオナルトの懐に飛び込むかたちになる。腕の立つレオナルトを相手に、無事に済むとはおもえない。
比榮は複雑な面持ちでノアを見た。
「助けてくださったんですね」
「……おまえがヤツの傀儡になったら、厄介」
「ありがとうございます」
ありがとう。
と言われるには、その代償はあまりに大きすぎた。ノアは目を伏せる。シリウスもまた由太夫の遺骸へ目を向けた。あのとき、シオン──いや、フィンが「いやな画が見えた」と言った瞬間から予感はしていた。なにが起こるかはわからずとも、その真意がこのような結果を示していることは分かっていたのに。
項垂れる。
ふと、蒼月が立ち上がった。シリウスのもとへ歩み寄る。すかさずノアが構えるも蒼月はそれを手で制し、ゆっくりとシリウスのとなりに腰を下ろす。たくましい腕がシリウスの肩を抱く。
「これでわかったな。ひとりで負うには、この責はあまりに大きかろう。おなじく秘密を抱えていた身としてどうしてクロムウェルを責められようか。気持ちは痛いほどよくわかる」
「…………」
「ルカ、おまえの言うとおりだ」
といって、蒼月は各地区長の顔をひとりずつじっくりと観察した。
ルカはおだやかに微笑み、蒼月のことばを待つ。
「このエンデランドが五つの地区として分かれてから四百と数十年。我々はいい加減、ほんとうの意味で同志となる時がきたようだ」
東の地区長は立ち上がった。
「環境も、地区民性も、すべてにおいて異なろうがなんだと言う。いまこの時より、われら四地区は一蓮托生。互いに本気で手を取り合い、肚を割り、支えあうと誓いたい。異論はあるか」
石舞台の上。
彼は輪をつくって座るほか地区の面々を見下ろして、一同の反応を待つ。シリウスとハオは蒼月につられて立ち上がった。が、こういうときたいてい一番に発言するルカは石舞台のむこうへ目を向けたままうごかない。
ルカ、とハオが問いかけてようやく、彼はゆっくり立ち上がった。
その視線は石舞台のむこうへ向けられている。
「らしくない遠慮だね。そんなところに隠れていないで、出てきたらどうだい。ランゲルガリア」
と。
声かけに合わせて石舞台から顔を出したのはセント地区長、クレイ・ランゲルガリアだった。それだけではない。彼女のうしろには蓮池千昭と閣府長パブロ・スカルトバッハがいる。蓮池はクレイの手を後ろ手で縛って連行するかたちで、からだを寄せていた。
あれれ、とルカが目を見開く。
「なんてこった。スカルトバッハ閣府長までおられる」
「クレイ・ランゲルガリアにはクロウリー・グレンラスカ司教殺害未遂の嫌疑のため捕縛命令が出ております。ランゲルガリアの地位が地位なだけに、私がご同行願ったのですよ」
と、蓮池がつぶやいた。
殺人未遂、とハオと虞淵は絶句。
それらの話は、じっさいにクレイを問い詰めた西のデュシス地区のほか、西地区と合流した蒼月もすでに知っているところだが、南・北地区の者たちと比榮は初耳である。この場はいっしゅんで凍り付いた。
よかった、とラウルがのんきな声を出す。
「未遂ってことは司教さま死ななかったんだね」
「当たり前よ。もともと致死量は盛ってないわ」
「いや待て待て、なんだその訳知り顔は。そういやお前ら西地区はいったいなんだってここまで? オレたちノトシスはシャムールを追って来たが」
というハオに、ルカは肩をすくめた。
「とくに話すようなことはないよ。しいて言うなら、リベリオとラウルにランゲルガリアの監視を指示して、見事に司教殺人未遂の現場を押さえたってだけ。そっからランゲルガリアが興味本位でサンレオーネに行くというから、ついでにふたりに同行させたのさ」
「ちなみに自分がシリウスさんとノアの話を聞いたのはセント地区長監視業務の最中っすよ。たまたま見かけちまっただけですけど、あんまりに気になる話をしているんだから仕方ねー。任務そっちのけで聞きいっちまった。わるかったな、ラウル」
「ちぇッ。あとは任せた、って言ったきり一向に戻ってこないからムカついちゃったよ。ま、いまとなっては結果オーライでよかったんだけどさ」
といって、ラウルも口をとがらせてノトシスをにらみつける。
先ほどのシャムールに対する激昂について咎めている。あのとき、リベリオとラウルが事前にクロムウェル家の秘匿黙示について知っていなければ、ノトシスとおなじく『裏切者』としてシャムールの断罪を断行していた可能性が無きにしも非ずであった。
ハオと虞淵はわずかにバツがわるそうに閉口する。
つづいて蒼月が割って入った。
「俺は閣府で待機していたとき、ルカからクレイの話を聞いた。それから蓮池に報告してな。ルカもサンレオーネへ行くと……うちも比榮と由太夫がすでにサンレオーネへ向かっていたし、ついてきた。やっぱりフェリオのことも心配だったから。しかしまさか、由太夫がこんなことになっていようとは──露にも思わなんだが」
「それについては言葉もないよ、ケンジューロー。ほんとうに無念だった」
ルカは共感して首を横に振った。
あらためて由太夫の死を前に重苦しい空気に沈むなか、蓮池だけは通常どおりのテンションで口をひらいた。
「みなさんの話は先ほどから陰で聞いておりました。われわれ中央としては、早急に近衛師団の機能を停止させることを急務とします。なによりウォルケンシュタイン師団長の暴走……先ほどクロムウェル地区長が言ったとおりの力を彼が持っているならば、新たな被害者が出る可能性もある。中にはまだ、フェリオどのや地区兵の一部もいるようですしね。レオナ十世や教祖シオンについてはとりあえず、一連の問題が片付いてから考えることにします。それでよろしいですかな、閣府長」
「異存はない」
「というわけでクレイさん、貴女の身柄は中央が預かります。くれぐれも逃げ出すなど考えませんように」
蓮池が釘を刺すと、彼女はくすくすとわらって石舞台に腰かけた。
「いやだわ。わたくし、ここで逃げ出すような女じゃなくてよ。そんな心配よりもまず……周囲を取り囲まれた現状をどうにかすべきじゃないかしら」
と。
クレイがつぶやくのと同じくして、周囲から武装した青年がわらわらと集まってきた。これは近衛師団ではない。──狂信集団アルカナの信徒だ。
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