Ep20. Ability flowering
サンレオーネ南側セントリオ門から南北に伸びる主軸の道、ヴィオラ通り。
この道が伸びた先には反対側に設けられた黒門、『シャムーリア門』が見える。現在は閉じられているが、かつてはそちらを通って北側地区──現在のシャムールへ抜けられたと言われる。
ヴィオラ通りから東西に伸びる幾本もの道のなかで、町の中央に位置する広場を基点に東西へ伸びるのがステファン通り。このステファン通りを東に進んだ先にあるのが、レオナの神殿となる。
「西側は『ビートルの森』があって、居住区はそう多くないです。おもな公共施設は中央から東側が多い。あとおどろくべきは地下がよく使われていたことでしょうかね。いったい当時どれほどの人員を割いて地下を掘り進めたのか──あるいはそれも、レオナの助力があってのものか。そこはいまだに解明されていません」
ロードの案内がつづく。
誘拐されたレオナ十世を追うべく、三人はヴィオラ通りを北上し、中央にあるファー広場から右手に折れて、東側へ進む。
ベージャに乗ってくればよかった、とフェリオは腰をとんとんと叩いた。
「サンレオーネがこんなに広いとは」
「なに。もう一、二キロも歩けば神殿ですよ」
「二キロ⁉」
「一キロ、一キロ」
「おフェリ。動けない、ワタシおぶるヨ。ダイジョブ!」
「なんにも大丈夫じゃねえよ」
と、フェリオは気合を入れ直す。
たかだか小遺跡とあなどっていた。考えてみれば、ここはかつて都市だったのだ。ひとつの町として機能していた以上はそれなりに広さがあってしかるべきである。一刻も早くレオナを救出するためにも進まねばしようがない。
さいわいに周囲は古都の空気に満ち溢れている。
地震によって多くの家屋が倒壊し、当時のようすは見る影もない。しかしところどころに見かける釜戸や寝床らしき高床。一方では立ち飲み用とおぼしきカウンターなど、人々が密に生活していたとおもわせる残滓の数々が、フェリオを悠久の一幕へいざなった。
時折、汐夏の足がにぶる。
一キロほど歩みを進めたころからだろうか、彼女はびくりと肩をふるわせて立ち止まることが増えた。どうしたのかと尋ねてみても、顔をひきつらせて首を振るのみでなにも言わない。が、その眼球がきょろきょろとせわしなく周囲に向けられていることは明白だった。
あんまり挙動不審なので、フェリオとロードはおもわず足を止めた。
ここはファー広場から一キロメートルほどいった場所にある、スキャバストラ浴場跡地だという。その名の通りここはサンレオーネ唯一の大浴場で、当時の人々が男女入り混じって入浴をたのしんだとか。
ちょうどいい段差があったため、フェリオがどっこいと腰かける。
「どうした、シーシャ。体調わるくなったか?」
「…………」
「どうしました。なんにも言わないならここに置いていくことも検討しますよ」
ロードの口調がわずかに尖る。
すると汐夏はハッと息を呑み、くりくりの大きな目をいっそうかっ開いて、フェリオの背後を指さした。
「ハダカのおっちゃんがいる!」
「はあ?」
フェリオがゆっくり振り向く。
当然、なにもいない。うしろは段差を境に深い溝──浴槽になっており、むかしはここに湯が溜められていたことを想起させた。
「なんにもいないぞ」
「いっぱいいるヨ。みんなハダカ。タオル持って……そのなか、入ってるネ」
うえ、と汐夏が不愉快に顔をゆがめる。
とつぜんどうしたというのか。フェリオが心配のあまりロードを見ると、彼は眼鏡の奥の瞳を輝かせて、興味深く汐夏を観察している。
「おいロード。どうする」
「これは……いやはやまさか」
「なんだ。もったいぶるな」
「これも、サンレオーネの力とでも──いうのでしょうかねえ」
というやロードは汐夏の顔前でパンッと手を叩く。
すると彼女はぱちくりと二、三度瞬きをしてから、ゆっくりとロードを見上げた。
「……ロード?」
「戻ってきました?」
「あ。──いなくなった」
「なるほど、なるほど」
何度もうなずき、浴槽を覗き込む。
フェリオは立ち上がって汐夏の頭を撫でた。
「だいじょうぶか」
「男のヒトたちはみんな病気だった。股からへんなのぶら下がってたモン」
「…………」
それは。
なんと言ったらいいものか、フェリオがおもわず閉口する。
代わりに口をひらいたのはロードであった。
「フェリオ。今朝がた私は貴方に、サンレオーネは少々おそろしい場所だとお伝えしましたね」
「え。あ、ああ。ふつうじゃ理解し得ない、人智を超えた力を見るって」
「そう。じつはですね、聞いた話じゃごくまれに、人間の能力が開花することもあるんだそうです」
「能力?」
「人によってその能力はさまざまのようですが──今回にかぎっては、そうですね。フェリオは聞いたことありませんか。『過去視』って能力」
「…………」
過去視──かつてその場所で起こったできごとを見る能力のことであろう。いわゆる超能力、霊能力と言われるたぐいのものである。フェリオはどちらかというと懐疑的な印象だ。
フェリオは汐夏を見た。
すっかり通常の元気を取り戻したか、彼女はどこから出したかタンフールの飴菓子を口に放り込み、口内でころがしている。
「シーシャが過去視を? まさか」
「人間というのは本来、そういった第六感的能力をみな秘めているそうです。しかし肉体を得、この世界を生きるうちにそういった力はすっかり内に秘めてしまう」
「おい、本気で言っているのか」
「本気も本気、大真面目ですよ。いいですか。サンレオーネという場所のふつうは、われわれの普通じゃないんです。こちら側の非常識が起きてもおかしくはない」
「…………」
まさか、とおもう。
サンレオーネという場所がどんなところであれ、人は人。この両の目で見えるものだけが真実である。だからといって汐夏が軽々しくそんなウソをつくとも思えない、のだが。
「なら、なぜシーシャだけが」
「さて。それは分かりかねますが、年齢もあるんじゃありませんか。長年この腐った大地に生きてきた大人と、あの世から降りてきてまだ十年と少ししか生きていない子どもなら、力が開花するのも大人よりは容易かもしれません」
「なるほど」
納得はしていない。
が、頭ごなしに汐夏を否定するのも気が引けた。
無心でタンフールを食べる彼女を見るかぎり、いまは妙なものも見えていないようである。いったいなにがトリガーとなって引き起こるのか──とりあえず、彼女にかけるべきことばはひとつだ。
「シーシャ」
「うん?」
「男の股はもともと何かしらぶら下がってるものだ。病気じゃない」
「そうゆうモン?」
「ああ」
と。
肩をすくめてくそ真面目に訂正を入れるフェリオに、ロードはひとり吹き出した。
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