第二章

Ep19. Fortress San=Leone

 事件発生からおよそ六時間後の深夜一時、フランキスカ・スカルトバッハ邸。

 家主パブロの私室に詰めるは、司教クロウリーとセント地区長のクレイ。つい先刻のレオナ誘拐の報を受けて集合した。

 おおきな卓を囲む三名の表情はいずれも険しい。煙管をくゆらせるクレイより、先ほどの緊急招集会にて交わされた内容をひととおり共有されたところである。

「……と、近衛師団と地区兵団の動きは以上のとおりです」

「アルカナが大陸のマレビトを求める理由は?」パブロが唸るようにつぶやいた。

「不明です。彼のようすを見るかぎり、アルカナとのつながりは本当にないみたいですし」

「それはそうでしょう。潮流を越えてやってきた英雄ですよ、疑念を持つ方が酷です」

 クロウリーは苦痛な顔をしてみせた。

 胸の前でぎゅっと手指を組み合わせ、全身をふるわせる。

「レオナ様、どうかご無事で……」

「このことはシークレットリベレーションにあったのですか?」

「……レオナ様が記した黙示録のなかに、このような報告はなかった。年始に託された秘匿黙示には大陸から人間がやってくるということだけだ。それによってなにがどうなる、などという話はいっさいお話しされなかった」

「ただ──その者は決して島にとっての不利益にはならぬ、と」

 パブロの不遜な態度ゆえにクロウリーの気弱さがいっそう目立つ。クレイは首を横にふった。煙管の煙がほそくたち昇る。

「レオナ様がお話されなかったのならば、われわれが知るべきことではなかった、ということなのでしょうね。しかし、」

「いや、これまでどんな黙示であれわれわれにすら共有されないことはなかった。レオナ様も知らなかったはずです。まさか、黙示ですら予言できなかったことを起こす人物──とすると、やはりアルカナの教祖シオンとは本物なのでしょうか!」

「おろかなことを軽々しく口にするな、クロウリー。われわれにとってのレオナ様はいま十世ただおひとり。なにか仕掛けがあるはずだ」

「あるいはサンレオーネの力……」

 クレイが低くつぶやいた。

 がたがたと身をふるわせるクロウリーは肩を縮める。

 が、パブロはその冷静さをそのままに立ち上がり、大きな窓枠へと歩み寄った。

「であれば、これからそこに突入するあのマレビト。やはり彼に任せるが近道であろうな」

「フェリオにすべての責を負わせると?」

「負わせるのは責ではない。あの地におけるすべての常識、さ」

 パブロがゆっくりとほほ笑んだ。

 この男の顔に笑みが浮かぶところなど、長い付き合いとなるこのふたりも見たことがない。クレイとクロウリーは互いに顔を見合わせ、閉口する。パブロはレースカーテン越しに外のようすを眺めてから、

「いずれにせよ」

 とふたりに向き直った。

「あの男のいのちひとつでレオナ様がぶじに戻られるなら安いものだ。どう動くか、とくと拝見させてもらおう」

 パブロは部屋を出ていった。

 残されたクレイとクロウリー。司教として崇められるこの小心者は、なおも身をふるわせてつぶやいた。

「フェリオどのに、レオナの加護を……」

「…………」

 クレイは忌々しげに煙管を吸って、細く煙を吐き出した。


 ※

 サンレオーネはかつておよそ千年の歴史を持つ町であった。

 全体像は横に長い平地であり、シャムール地区境がある北側には大きな剣山がそびえたつ。町の周囲は人工的に掘られたような湖に囲われ、そこから東に伸びるかたちでアナトリアの川とぶつかる。主軸となる道路は細く、手入れのされていない森林が町のいたるところに点在する。

 かつて、島の人々は多くがこの都市内にて居を構え、レオナを中心に生活していたと伝わっている。周囲にそびえる城塞はサンレオーネの町が機能してから五百年ののち、大陸から流れ着いた罪人が、大陸侵攻を恐れて築き上げたものとされ、建立から現在まで崩れ落ちたことはないほど強固なものである。

 町の中心地にはレオナが降臨後、住み着いたとされる神殿があり、かつての人々はレオナの啓示を直接受けるべく日夜足を運んだとか。

 多いときで三千人もの人々が暮らしていたが、レオナ死没後に起こった内戦と、その際の大地震によって多くの人間が死亡。サンレオーネは閉ざされた。以来三百年、時が止まったままと言われるこの城塞都市。ここの独特な空気感は一歩足を踏み込めばいやでもわかる。

 内戦、大地震による被害者の断末魔が、いまもこの都市内にうごめいているような──。


 翌日早朝。

 息苦しい町だな、とフェリオは息を吐いた。

 いつもサンレオーネ遺跡は近衛師団兵による厳重警備のため、観光も容易ではないというが、昨日の事件勃発から一夜明けた今日は、フェリオ一行を見るや拳を胸につけた敬礼をするのみである。ロードと汐夏はすっかり戦闘態勢をととのえてフェリオの両脇を固めている。

 サンレオーネが都市として機能したころ、この城塞には四つの門が設けられたという。現在ではそのうちのひとつ『セントリオ門』のみが開放されている。フェリオ一行もまた、この入口から遺跡内へと足を踏み入れた。

 ロードが町をぐるりと見渡す。

「外から見ると巨大要塞のように思えるサンレオーネですが、実際はそこまで広くありません。いや、広いんですが立ち入れる場所が限られていると言った方が正しいか──」

 といって、汐夏ににっこりと笑みを向けた。

「シーシャ、サンレオーネに来たことは?」

「入口だけネ。ノトシス兵団の慰安旅行で来たケド、奥まで行っちゃうとぜったいグエン迷う。だからアイツのお守りで、ここらへんぶらぶらしておわった」

 彼女はその背に双錘と呼ばれる武器を提げている。当たれば重傷必至であろう、重そうな打撃武器である。

 かわいそうに、とロードはまったく思っていない笑顔で言った。

「まあ、ノトシス兵団の兵士長は引くほど方向音痴らしいですからね。こんななかに放り込まれたらまちがいなく、一生彷徨って出られないでしょうな」

「ダロ? ワタシやさしいネ」

「グエンは方向音痴なのか。そいつァ初耳だった」

 と、フェリオは笑いをこらえてつぶやいた。

 ずいぶんと呑気な道行きである。これからアルカナの頭領に身ひとつで向かうというに。

 ロードが遠くを指さす。

「あの遠くに見えるいっとう高い円柱が見えますか。あれが、禁足地と言われるレオナの神殿跡地です。むかしむかしに始祖レオナが降臨し、千年ものあいだあの場所に住み続けたという。いまは、当時起きた大地震の影響でガワが崩落してしまって、むかしの面影を残すのは禁足地指定の地下深層なんですが。……」

「その、千年住んだってのは本当の話なのか」

「歴史に真偽を問うのは野暮ですよ。しかし少なくとも、数多くの文献資料がそのようなことを謡っている。各地区長の家に代々継がれてきた『地区別秘匿黙示』にも、われわれの知らない事実が書き残されていることでしょう。もちろんそれは秘匿事項ですから、ほかの地区長と共有されることもない。みながみな、皆の知らない何かを知っていて、なにかを知らないんです」

「つまり──けっきょくのところ、すべてを知る人間は直接黙示録を記したレオナのみ、というわけか」

「そういうこと」

「エー。じゃあおーちゃんもなんか秘密知ってるのカ」

「ああいやぁ、どうでしょうねえ。ノトシス地区長の家にかぎってはなんにもないかもしれません……」

 と、ロードはにっこにこの笑みを浮かべて言った。

 すると汐夏はぷっと頬をふくらませ、フェリオの腕をがっしと掴む。

「いまの顔、見た⁉ シャムールのやつら、むかしっからノトシス馬鹿にする!」

「ちがいますよう。欧家は代々、よくもわるくも単純明快で誠実な方ばかりでしょう。きっと秘匿事項なんかあろうものなら、隠さずおおっぴらに言ってしまうんじゃないかと」

「ほらッ、おーちゃんのこと馬鹿ってゆってる!」

「さ、さあさあ参りましょう。アルカナの要求はサンレオーネ神殿に来いということだけでした。レオナ様の身のためにもはやく探さねば。ね、さあさあ!」

 ロードはフェリオの背中をぐいぐいと押すかたちで、サンレオーネの主要道路とされる『ヴィオラ通り』を進むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る