Ep18. Waiting for you

 会議室がざわついた。

 一同の視線が蓮池からフェリオに移される。その目におなじ心情を浮かべて。この据わりのわるい視線は直近でも感じたことがあった。そう、数日前にこの島へ降り立ったときに浴びた、アナトリア地区民からの侮蔑的な──。

 待ってくれ、とフェリオは声をあげた。

「いったいなんの話だ。おれが、アルカナとなんだって?」

「アルカナからの犯行声明文には先ほど申し伝えた要求のほか、つぎのようなことが書かれています。【教祖シオンを国王とした暁には、大陸からの訪問者フェリオ・アンバースを総督に据える。総督とは現在の閣府長・司教に代わる新役職である。もはやレオナを下げた以上、スカルトバッハ、グレンラスカの存在は必要なし。こちらも辞任を要求する】……」

「無茶苦茶だ」

 フェリオは吐き捨てた。

「向こうさんがおれになにを期待しているのか知らんが、おれはそんなものいらん。ましてこの島に骨を埋めようとも思っちゃいない。こんな戯言ひとつで、濡れ衣を着せられちゃたまったもんじゃねえよ!」

 初めて聞く彼の怒号に場はシンと静まり返る。

 各地区長たちの顔色はいまだ浮かないが、だからといってフェリオを問答無用に糾弾するつもりもないらしい。自然と視線は言い出しっぺの蓮池へと注がれた。

 失礼、と彼は眼鏡を押し上げる。

「気をわるくされたなら謝ります。とはいえ、この緊急事態です。一応いろんな想定を立てておかねばなりませんので。それにこう言ってはなんですが、実際あなたがこの島に来てから暴動は増え、このような事件まで発生している。なにかあると勘ぐられても仕方のないことでしょう」

「そんなのはおれの知ったことじゃない。だいたい、アルカナが監視対象として以前からあったのなら、さっさと対処してりゃよかったんだ。さっきハオが言ったみたいに」

「黙示録には、アルカナについての記述はありませんでした。あるいはシークレットリベレーションにはあったかもしれませんが、そこまでわれわれ事務方と地区長レベルでは勘案できません」

 と、いう蓮池のことばにフェリオはいよいよ堪忍袋の緒が切れた。

 ドンッとテーブルを拳で叩き、ぎろりと一同を見渡す。各地区長も、各地区兵団員も、みな閉口したままフェリオを見つめている。

「だったらそのシークレットリベレーションってのを知る人間、閣府長か? 司教か? レオナか? そんなのはどうだっていい。そいつらがどうにかすりゃよかったんじゃないか。だいたい、現場レベルで放置することが危険と判断していたのなら、啓示なんかなくともてめえの頭で考えて動けというんだッ。仮にも地区長、兵団員の上役なんだろう。民や部下のいのちを預かる立場という自覚があるならば、危険を認知した時点で一手を講じるべきだとおれはおもうね!」

 まくしたてたが、フェリオも冷静をうしなっているわけではない。

 これまで各地区を見てまわり、文献を読み、話を聞いてきたなかでずっと感じていた違和感。人間としてこの世に生まれ、地に足つけて、自身の頭で考えて生きてきたフェリオにとって、この島の人間たちすべてに対する疑問が溢れた結果の発言であった。

 この場にいる彼らがわるいわけではない。それは先刻承知である。

 なにせこの島はレオナ降臨からずっと、そのようにして生きてきた。生まれたときからその土壌が常識であった彼らにはきっと酷な言い分だったことだろう、とフェリオは閉口してからおもった。

 自分は終始冷静だったつもりだが、少なからず彼らとおなじく動揺しているのだと気付かされる。

 会議室にただよう重苦しい沈黙。

 が、まもなくその空気は、突如開け放たれた会議室のとびらによって破られた。扉を開けたのは近衛師団長レオナルト・ウォルケンシュタイン──。

 雄々しく鎧を着込んだ彼の手には、一枚の羊皮紙が握られている。ふてぶてしい表情をさらにゆがめて、男は一直線に会議室中央へと突き進んできた。

 レオナルト、とクレイがつぶやく。

「どうしました」

「たったいま報告が入った。凶報だ」

「…………」


「レオナ十世が誘拐された。首謀は教祖シオン、追加の犯行声明がこれだ」


 テーブルにたたきつけられた羊皮紙には、流れるような筆記体。


 ──レオナを返してほしくばオレのもとへ来い、フェリオ・アンバース。

 ──オレはサンレオーネの深層にいる。

 ──そこでおまえを待っているぞ。


「…………」

 わからない。

 なぜ、アルカナのトップがこれほどまでに会ったこともない自分を呼ぶのか。

 おまえを待っているぞ。

 待っているぞ。


 ──待っているぞ。


 ぞくりと背筋が冷えた。

 大陸にいたころ、頭のなかでこだまし続けた声を思い出した。

 エンデランドがいつもフェリオを呼んでいた。

 はやく来い。

 待っているぞ、と。

 しかしあの声は──。

 手のひらにじわりと汗がにじむ。

 アンバース、と。

 背後から呼ばれて我にかえった。

 呼んだのは師団長ウォルケンシュタインだった。

「どうする」

「どうするって、……」

 一瞬、断ってしまおうかとおもった。

 いつものフェリオならばこんな面倒ごとからは逃げるが勝ちだ。が、しかしいまのフェリオにはいつもの冷静さが欠けていた。だからか己の口はおもってもないことを言っていた。

「おれが行かなきゃ、この国の女王様があぶねえんだろ、行くよ」

 と。

「フェリオ」

 心配そうな声色でルカがつぶやく。

 するとすかさず汐夏がまっすぐ手をあげた。

「シーシャも行く」

「だ、だったら僕も!」

 あわててラウルも手をあげる。

 すると続々と地区兵団員たちが手をあげて「俺も」「私も」と名乗りだすので、蓮池はおおきく手を叩き、苦笑した。

「おやおや。フェリオさんはずいぶん慕われているようだ」

「チアキ、フェリオのことなんも知らない。おフェリわるいことしないヨ!」

「そうです。フェリオさんがアルカナの味方というのは無理があるとおもいますよ」

 汐夏と由太夫が声を尖らせて蓮池を批難する。

 彼はうなずいた。

「この犯行声明を見ればわかりますよ。フェリオさんが向こうの仲間なら、わざわざこうして呼びつけることなどしないでしょう。しかしレオナ様を人質にとるとは……師団長、そちらの動きは?」

「別邸の占拠は、中に潜入した団員の合図による一斉突入を指示している。レオナ様捜索についてはこれからだ。まずはアンバースの意思を確認する必要もあったゆえ」

「フェリオが交換要求に出向かうというのなら、オレたち地区兵団も黙っているわけにはいかねえぜ。ウォルケンシュタイン」

「ハオの言う通りだ。われわれも兵団をあげてフェリオを援護する所存」

 と、蒼月はいまにも噛み殺しそうないきおいで近衛師団長をにらむ。

 すくなくとも地区兵団と近衛師団の仲は良好とはいえないらしい。動揺のなかでも、フェリオはのんきにそんなことを観察している。

「アンバースの援護については勝手にすればよい。が、レオナ様についてはこちらも別途捜索させてもらう。アンバースひとりに任せるのは心もとないのでね」

「へたに第三者を介入させて、相手を逆上させたらどうするのさ」

 ルカが小首をかしげた。

 しかしレオナルトはフン、と鼻をならす。

「近衛師団をあまり舐めないでもらおう。言われなくとも、そのあたりは心得ている。……」

 アンバース、とレオナルトはぎろりとフェリオを見下ろした。

「くれぐれもレオナ様がご無事で戻られるよう、お願い申し上げる」

「……わかってるよ」

 控えめにつぶやいたフェリオのことばに、ふたたび鼻を鳴らした彼は、それから鎧を鳴らして会議室から出て行った。とり急ぎ別邸占拠事件についての収拾をとりに戻ったのだろう。

 さて、と蓮池はふたたび手を叩いた。

「ではフェリオさんに護衛をつけたうえで、サンレオーネに向かっていただきましょう。あとは各地区長のご指示でお願いいたします」

「おーちゃん、ワタシ! ワタシ!」

 と、すかさずアピールする汐夏。

 ハオは口角をあげてうなずいた。

「たのむぞシーシャ。戦闘民族ノトシス民としてしっかりフェリオを守れ」

「うい!」

「だったら僕も」

 と、言いかけたラウルを抑えて、デュシス地区長のルカがほくそ笑んだ。

「いや。リベリオとラウル、君たちには別件でたのみたいことがあるんだよ。フェリオの護衛は惜しいが、ほか地区にお任せしよう」

「えーっ」

 駄々をこねるラウルを横目に、蒼月もまた自身の部下ふたりへ

「お前たちにも別件依頼がある」

 とつぶやいた。

 由太夫と比榮はひどく残念な顔をしてみせたが、閉口したままうなずく。

 虞淵はハオがひとりになるのは心もとない、という理由から辞退し、残るはノトシス兵団のみとなった。シリウスは青白い顔でなにかを考えるそぶりをしてから、ロードを呼んだ。

「てめえが行ってやれ」

「私ですか?」

「サンレオーネは一筋縄じゃいかん。頭脳が必要だ」

「……わかりました」

 ロードはすこし含んだ言い方をして、ノアを呼ぶ。

 彼女はだまってロードのもとへ駆け寄った。

「シリウスのことをたのみますよ」

「…………うん」

 こうして、フェリオ、汐夏、ロードの三人がサンレオーネ特攻組に選出されることとなる。

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