Ep13. Buddy Beja

 テミリアからセント・フランキスカまでの道を往く。ルカとともに。

 フェリオに宛がわれた馬は毛並みのうつくしいピンクゴールドの雌馬、ベージャといった。彼女はデュシス兵馬のなかでもっとも美しく、駿馬であると評価が高いらしい。その代わり気性が荒く、ふだんから慣れた兵団の人間でさえ、鞍に足をかけると彼女の機嫌次第で蹴られることもしばしばあるとか。

 が、フェリオとは初対面時からちがった。

 兵団員に手綱で引かれるあいだは首をふるって必死の抵抗を見せたのに、紹介されたフェリオがベージャに一礼した瞬間、彼女はこれまでのじゃじゃ馬っぷりを内に隠して、辞儀を返すようにゆっくりと頭を下げたのである。

 それからはフェリオが頬を撫でようがからだを触ろうが、彼女は身じろぎひとつせず、その濡羽色の瞳でフェリオを見つめていた。

「ベージャめ、すっかりフェリオに一目ぼれしたようだね」

 と、ルカは声を弾ませた。

 ──かつて傭兵時代、騎馬戦闘員として戦に参加した経験を持つフェリオ。

 彼は大陸において「妻の扱いは最悪だが、馬の扱いはもっともうまい」と傭兵仲間にいじられるほど、馬の扱いには自信があった。きっとベージャも、そんなフェリオの素質に一目で気づいたのかもしれない。

 彼女の変貌ぶりは、ひらりとフェリオが乗馬した瞬間に贈られた兵団員からの拍手にすべてが込められていた。

「どうする、フェリオ」

 ルカは笑いを含んだ声でつぶやいた。

 なにが、とフェリオが返す。

「ベージャさ。馬車移動もいいけど、自分でこの島を見て回りたいのなら、君に預けることも検討したいんだ」

「まさか。ベージャがいやがるだろ」

「どうかな。フランキスカでの、ベージャの気分次第でどうするか決めようじゃないか。僕は彼女が残りたいと主張するのに金貨三十枚をかけるよ」

「ずいぶん大きく出たな」

 と苦笑しながらも、その申し出はフェリオにとってありがたかった。

 明日までのシャムール案内まではいいとして、その後各地区をめぐるのにいつまでも兵団員の案内に甘えるわけにもいくまい。いちいち馬車を手配するのも手間だとおもっていたからである。

 ベージャのたてがみを撫でる。

 彼女はいやがるそぶりは露ほども見せず、一定の足取りで道を往く。

 だんだんと空気が冷えるのを感じた。セント地区のまとう冬の気配が徐々に近づいているのだと思い知らされる。彼の愛馬である黒馬ロザリオに乗ったルカは、フェリオのとなりを並走しながらいつもの微笑みを浮かべた。

「デュシスはどうだった?」

「いい地区だった。明るくて、おおらかで。自然も多い」

「そうだろう。秋は実りの節だからね、ほかの地区民にくらべても苦労はすくないかもしれない。とくにフェリオがあした行くシャムールは常冬だ。あそこの地区民はうちとは対照的でとても静かなのだけれど──みな心はとても温かいよ。おまけに勤勉家だ。きっとフェリオも気に入る」

「シャムールはどうやって生計を立ててる? ずっと冬じゃ農作もむずかしかろう」

「あそこにはゆいいつ資源がある。鉱山がね。おまけに勤勉家ゆえに資源をどう生かすかも考えられる民たちだから──ものづくりに力を入れている。うちの兵団員が使う銃や武具馬具一式はぜんぶシャムールが作っているんだよ。お返しに食べ物を分けているんだ」

「みなそれぞれ、長短所があるわけか」

「うん。こうして各地区で支えあって、この島国は日々を重ねているのさ」

 ──まもなく一行はセント地区へと入る。

 地区境を超えると、ぴりりと肌を刺す寒風。冬に来た。

 すこしスピードをあげよう、とルカがロザリオの横腹を蹴って合図する。彼はいななきをあげて駆けだした。つづいてフェリオも、外套の首元をしっかり閉じてからベージャの横腹を蹴る。彼女もまた農場地を駆け抜けてゆく。

 飛ぶように過ぎ去る景色を横目に、フェリオはルカの背中へ声をかけた。

「ルカ!」

「なんだいッ、あんまりしゃべると舌を噛むよ!」

「やっぱりベージャ、借りるよ」

「いいとも! きっと彼女もよろこぶ」

「シャムールに行ったら、そのつぎはサンレオーネに行こうとおもってる。馬で行けるか?」

「…………中までならいけるよ! ただそれはひと言、シリウス辺りに伝えておいた方がいい」

 シリウスとはたしかシャムール地区長の名である。

 なぜ、とフェリオが首をかしげる。セント地区長のクレイならまだしも、なにゆえシャムール地区長なのかという疑問である。ルカはまっすぐ前を見据えたままあいまいな笑みを浮かべた。

「サンレオーネの裏はシャムールにつづく剣山なんだ。たまにシャムールの地区兵団が見回りをしている。君を敵だと見なされたら危険だからね」

「ああ、わかった」

 と。

 そういってフェリオは口をつぐんだ。いよいよベージャの足が速くなり、これ以上口をうごかすと本当に舌を噛みそうだからである。ルカもおなじくそれ以降はいっさいの軽口をやめた。

 およそ一時間、途中の休憩はほぼ取らずに一行はセント・フランキスカへと到着した。ほか地区からやってくる馬や人足のため、町の入口には宿場が設置され、併設する厩にはここまでひたすら走りつづけた馬を休ませる設備もととのっている。

 が、ルカはこのままランゲルガリアの家へ行こうといった。

 そこならばりっぱな厩もあるという。ベージャとロザリオにいま少しがんばってくれ、と樽から水分を補給させ、一行はスローペースで町のなかを馬で進んだ。

 道中にてすれちがう近衛師団は、みなルカに対して規律正しく、拳を胸にあてる敬礼をする。やはりフランキスカの空気はほか四地区とくらべて、つねにぴりぴりと張り詰めている。

「さあ、この通りをまっすぐ行けばランゲルガリアの家だ」

「ありがとう。ルカはどうするんだ、このままとんぼ返りか?」

「どうしようかねェ、ロザリオに無理はさせたくないし、どうせ明日もまた中央閣府に用事があるし……かといってランゲルガリアの家に泊まるのは気が引けるし。さっきの宿屋にでも泊まろうかな」

「なぜ気が引ける。部屋はいっぱいあったぞ」

「フフ。まあ、いろいろあるのさ。むしろ君がランゲルガリアの家でなくいっしょにこっちの宿屋へ泊ったってかまわないんだよ。そうだ、そうしよう。そして夜は酒でも酌み交わすんだ!」

 と、はじけるような笑みを浮かべるルカ。

 しかしフェリオはことわった。彼にはまだ、ランゲルガリアの家でやるべきことがある。さすがに、と自身のひげを撫でる。

「フランキスカの宿屋もあそこの文献量には敵うまい」

「ああ──そりゃあ。宿屋は寝泊りするところであって本を読む場所じゃないもの……仕方ないな」

 ルカの目に見える落ち込みようにフェリオは苦笑。

 フォローの意味で彼の肩を叩いた。

「ありがとう、ルカ。お前さんがあのとき率先しておれを受け入れる決断をしてくれた。おれがどれだけあの時のルカに救われたことか」

「なんだいそんなこと。あれもこれも僕の本心さ。君がここにたどり着いてくれてよかったと本当におもっているんだ。心から……」

 ルカは微笑し、親愛の情を込めてフェリオを抱きしめる。

 やがて身を離す間際のことである。

 ルカはフェリオの耳元に口を寄せてささやいた。


「ランゲルガリアには気をおつけ」


 えっ、と。

 意味を問おうにも、当人はひらりとロザリオにまたがるや、アディオスとさけんでふたたび駆けだした。ルカ、とさけぶもその声は蹄の音でかき消された。向かう先は町の入口にあった宿屋であろう。

 フェリオはしばらく立ち尽くすも、ベージャが鼻先で彼の頭をつついたことで我に返る。

「ああ、……行こうか」

 フェリオも彼女の背に乗る。

 ベージャはゆっくりとランゲルガリア邸へと歩みをすすめた。

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