Ep12. Disappear

 特別なものはなにもない。

 どころか、物すらほとんど置かれていない。まるで石室のようだ。ルーニャの生家というわりには少女がいた痕跡も、生活感も、なにもない。『生家』という冠がなければだれもが素通りするにちがいない。

 なぜルーニャだったのだろう。レオナはなぜ、彼女を後継として指名したのだろう。ルーニャとはいったい何者だったのか──。

 リベリオが石壁に触れる。

「ルーニャが後継に指名されたのはほんの子どもの頃だったらしい。だから実質、ここに住んだ年数なんてたかが知れてんだよ。レオナ二世になった以上、中央のやつらがこんな辺鄙な田舎に住むことを許可するわけがない。きっと始祖レオナの生活をなぞるように言われたはずだ」

「さぞ窮屈な暮らしだったろうなぁ。ルーニャ」

 ラウルも哀れみをあらわした。


 ビスパーニャからテミリアへもどる馬車の道中、リベリオから以前起こったという内戦について説明がなされた。


 ──時はレオナ崩御から十数年、レオナ暦一三八年。

 少女ルーニャがレオナの名を継ぎ、レオナ二世としてこの島国をけん引。彼女はまもなく二十歳を迎えようとしていた。当時の中央人事はここ数年、変革の年であったという。始祖レオナ存命当時のスカルトバッハ、グレンラスカ、ランゲルガリアの各代表は年齢を理由に引退し、次世代へとその座を譲った。

 おなじく各地区統治貴族である蒼月、欧、ローレン、クロムウェルの代表もまた、エンデランド建国から数えて三代目が引退、続々と四代目へと世代交代がおこなわれていた。就任当初の彼らは偉大なる初代から三代目までの地区長を尊び、忠実に任をこなしたそうだが、その年数が二十年とつづくにつれて次第にその様相は変化した。


 現代において、四代地区長は歴代地区長のなかでもっとも『愚候』であったと語られている。


 絶対軸であるレオナをうしなった彼らの統治は手探りであった。

 レオナ二世が積極的な啓示をおこなわなかったこともあり、彼らは見えないところにある豊かさから目をそらし、目に見える豊かさを求めるようになった。そう、これまでレオナの統治によってバランスをとっていた土地争いがはじまったのである。

 戦のきっかけ、というのはいずれの世もたいそうなものはない。

 ノトシスとシャムールの地区兵団が、あいだに挟まるセント地区内にて起こした喧嘩から端を発した火種は、二年という歳月をかけて着実に燃え広がり、もはや中央が抑えきれぬほどまでに炎上してしまった。

 しばし静観状態であったアナトリアとデュシスも次第に巻き込まれ、全面戦争が勃発。島内は混沌にまみれた──。


「内戦はどうやって終わらせたんだ」

 と、フェリオが問う。

 そりゃあもう、と。

 これまでめずらしく喋り通しだったリベリオに代わって、ラウルはまたも見てきたかのように興奮を隠さず答えた。

「伝説と名高い五代目地区長たちの力だよ!」

「五代目」

「おろかな親父どもに腹を立てた息子たちが、みんな平等にその首を斬り落としたの。それで戦は平和的に解決されたんだよ!」

「へいわてき……?」

「痛み分けってこと。でも、その戦によってこの島がうしなったものはあんまりにも大きかったんだ」

 もっとも大きな喪失。

 ──それはレオナ二世の死であったという。

 まさか、とフェリオは眉を下げる。

「レオナ二世って、ルーニャか。ルーニャはその戦によって死んだのか!」

「戦が直接の死因ってわけでもないみたいだけど」リベリオがつぶやく。

 馬車はまもなくテミリオの町に入る。


「ともあれルーニャはしょせん、人間だったってことさ」

 

 諦めにも似た笑みを浮かべて、リベリオは言った。

 彼はそのあとを続けるつもりはないようで、手のひらで顔を仰ぎながら「こんなにしゃべったの久しぶり」と疲労を見せる。

 明日の行程は五地区さいごの場所、シャムール探索。

 常冬の北地区へ行くにはデュシス経由よりも、セント地区の北側──サンレオーネ遺跡の先にある剣山トンネルから行った方が早く着くという。つまりフェリオはこれからふたたびセント地区のランゲルガリア家へ戻るわけである。

「まってフェリオ、戻る前にルカさんに顔見せてあげてよ。きっと兵団の兵舎にいるだろうから──」

 と、ラウルが馬車からぴょんと降り立ったときである。


 ヒヒィ、と声を荒げて馬車の馬がどうと倒れた。

 同時に馬車引きが悲鳴をあげて逃げ出す。


 いっしゅんなにが起きたのか分からなかった。

 が、リベリオは即座に目の色を変えて周囲を見渡し、ラウルはすばやくフェリオをかばうように前に立つ。そのようすで初めて、この馬車が狙われたのだ──ということを悟ったフェリオである。かつて傭兵時代に研ぎ澄ましていたはずの警戒心はどこへやら。

 倒れた馬の顔には右方向から放たれたとみられる弾痕があった。

 フェリオが「右だ」とつぶやくと、すかさずリベリオが右方面へと目を凝らす。フェリオの目には特段あやしいものは映らないが、彼はまもなく背中に提げていた狙撃銃を構え、撃った。

 パン、という乾燥した音ののち、ワンテンポ遅れて聞こえてきたのは何かがどこかに落下する音。すぐさまリベリオが駆けだす。町は騒然となった。

 ラウルはフェリオのそばから動かない。

「馬さんかわいそう」

 と、憐れみを含む声色でつぶやくのみだった。

 そう時を経ずに兵舎の方から馬のひづめが駆ける音が聞こえた。おなじくしてリベリオが戻った。彼は手についた赤黒い血をハンカチでぬぐう。

「リベリオ──」

「殺してない。腹に当たったから、血を止めないと危険だけど」

「よく見えたな。ここから……どこにいたんだ?」

「奥、赤い屋根の家があるだろ。そこの煙突を盾に隠れてた」

「リベリオはデュシス兵団一のスナイパーなんだよ」

 と、ラウルが得意げにわらった。

 

 騒然とした空気は一頭の馬が駆ける音とともに消え去った。いつの間にか、地区兵団は騎馬のまま両脇に整列し、道を開けている。その奥から蹄の音がくる。白を貴重とするエンブレムに装飾された黒馬に乗るのは、地区兵団のまとめ役でもある地区長、ルカ・ディ=ローレンである。

 彼は表面的にほほ笑みを浮かべ、左右の兵団員や聴衆に手を振る。しかし事件現場となったフェリオらの元にたどり着くや、険しい顔で馬を降りた。

「フェリオ、無事かい!」

「ああ──リベリオとラウルが守ってくれた」

「そう。良かった、大陸人の乗った馬車が襲撃されたと報を受けたときは生きた心地がしなかった」

「なに、おれだってこんなところでくたばるタマじゃあねえさ。それで実行犯はどうした。リベリオが撃って、捕まえたんだろ」

「消えた」

「なに?」

 消えたよ、と。

 ルカは険しい顔のまま首を横に振った。

「僕らの前から忽然と。まさか、レオナの時代に息づいていた妙な力が──現代いまに存在するとでもいうのかねぇ……」

「ほんとうに消えたのか、まさか!」

「複数名の兵団員もともに見ていたのだもの。気のせいやらなにやらで、片付けられやしないよ。残念ながらね」

 でも彼の所属は分かってる、とルカはようやくその顔に笑みを取り戻した。

「あの袖章のマークはまちがいない、アルカナだ」

「…………」

「きのうはノトシスでも暴動が起きていたというじゃないか。まったくやんなっちゃうね」

「アルカナはこうも毎日、暴動を起こしているのか」

「そうでもない」

 と、リベリオは不可解な顔でつぶやく。

「きのうの暴動だって数か月ぶりくらいだった。おまけに、こんな直接的になにかを狙うなんて手口は、いままでではじめてだ」

「これまでだってイミフメイだとはおもってたけどさっ。ますますわかんないよ、頭おかしーんじゃない?」

「…………」

 狂信集団アルカナ。

 彼らの目的はひとつ。

 “現代レオナを排し、シオンを新教祖へ”──。

 いったいシオンとは何者なのだ。

 人を煙のように消すことが出来るのも、シオンの力とでもいうのだろうか。

 この島国にはいったい、なにが隠されている?

 フェリオはぶるりと背筋をふるわせた。

 それにしても、とルカは息絶えた馬車馬を見下ろす。

「これじゃあセントへ戻れないな、フェリオ。仕方ないからこの僕が直々にセントまで送ってあげよう。君、馬には乗れるかい?」

 その顔には、うれしそうな笑みがこぼれていた。

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