Ep11. Jolly devotee

 デュシス地区主要都市テミリアは、あかるい。

 地区長の性格がそのまま反映されたかのようなおおらかな空気──逆にこの空気のなか育ったゆえの性格だろうが──。三十歩おきに独特な音楽にのって踊る人間のすがたがある。いったいなにがそんなにたのしいのか、フェリオにとっては理解しがたい感覚だ。

 リベリオが外套を脱いだ。

「どう? テミリア」

「陽気な町だな」

「みんながみんな、ああだと思わないでね。どっちかというとオレは馴染めない派だから」

 と、あきれ顔のリベリオに対してラウルはたのしそうである。

 聞こえくる音楽にのってリズムを刻みだした。

「デュシスの人はね、あんまりむつかしーこと考えないの。いつもその日暮らしなのさ」

「へえ」

 デュシスのおもな産業は畜産と農産だという。

 たしかにセント・フランキスカからここテミリアまでの道中、左右いたるところ牧農場ばかりだった。牛や羊、豚などが広い牧草地に放し飼いにされて、元気よく走り回る。リベリオによればデュシスの人口は動物よりも少ないのだとか。

 さらに目を惹くのは、地区兵団の行進である。

 騎馬民族と言われるデュシスの民らしく、みな乗馬して町を練り歩くのだ。馬たちはストレスフリーゆえか艶やかな毛並みを振りかざして悠々と町を闊歩する。

「リベリオとラウルは士長と副官だろう。あの行進に混ざらなくていいのか」

「あれはべつに規定でやってるわけじゃなくて、ただのパフォーマンス。仕事の合間に民をたのしませようっていう、ユーモアだよ」

「平和だな」

「表向きはね」

 リベリオはつまらなそうに言った。

 どういう意味だ、と尋ねるも彼は肩をすくめるばかりでくわしく話そうとはしない。代わりにラウルがくちびるを尖らせてぼやいた。

「きのうもあったんでしょ。ノトシスで、暴動」

「……ああ、アルカナ」

「そうっ。アイツらホントに意味わかんないよ、えらそうなこと言っちゃってさぁ。レオナ様以上の力を持つ人間がいるもんかってんだい!」

「彼らの目的は──アルカナ教祖であるシオンを、レオナの後釜に確立させたいってんだろ」

「そうだよ。でもそんなシオンなんて名前、どこの地区長だって聞いたことがないんだ。民もそう」

「聞いたことがない?」

「この島のどこにも、存在しないことになってるってこと」

 と、リベリオが口を挟んだ。

 はじめて『シオン』の名が出てから、当然中央閣府はその人間について情報収集をおこなった。しかし各地区民にくまなく聞き取りしたり強引な家宅捜索をおこなったりしても、けっきょく手がかりはなにひとつ得られなかった。

 出生記録と地区民ひとりひとりを照らし合わせることまでしたというが、シオンなる人物が出生した記録はおろか、存在不明の出生記録すらなかったのだと、リベリオは言った。

「シオンが仮に偽名だったとしても、そもそもそいつが本当に存在するのなら、生まれた数が合わなくなる。当時の地区兵団たちはそこまで徹底して調べ上げたんだとさ」

「へえ。……」

 フェリオは口ごもる。

 町の人々はコロコロとわらう。まるでそんな闇の部分など存在しないかのように。これまで覗いてきたどこの地区より楽観的なデュシス地区民は、果たしてレオナの啓示をどこまで必要としているのだろうか。

 フェリオが疑問を投げる。

 どういう意味、とリベリオに返された。

「見たところデュシスの人たちは──ほかの地区ほどレオナの啓示なんざ必要なさそうじゃねえか。みなその日暮らしなら、未来を憂いて啓示をもらう……なんてことも、なさそうだ」

「だからこそだよ」

「?」

「レオナの啓示って根底があってこそ、ここの民はなにも心配せずに生きることができる。この将来、少なくとも近いうちには大きな事は起こらない。明日、明後日の幸せは確立されている──ってね」

「……もし、もしもだ。レオナがいなくなったら……この島国の民はどうする」

「えーッ。そんなの、想像したこともないよ!」ラウルが頬を染めてさけぶ。

「そんな事は起こらない」

 対してリベリオの声は冷静だった。

「いや──起こさせない。中央閣府、あるいはその上位の司教様たちが意地でもね」

「…………」

 そんなことを言ったって。

 なにが起こるか分からないのが世の常である。人はそのなかを生きるのが、運命であろうに。おそらくこの島の住人たちは、逆にそんな世の常を知らないのである。この先に起きることをつねに神へ問いかけ、答を聞き、どうすべきかを神に乞うのであろう。

(そんなのは──)

 この先につづく言葉は、口内にとどめた。

 生まれたときからそんな世の常のなかを生きてきた者たちの気持ちなど、フェリオがとやかく言う筋合いもないとおもった。

 リベリオはしかし、気力の足りない顔に微笑を浮かべた。

「まあ分かるよ。アンタの気持ち……これが普通じゃないっていうのは、すくなくとも兵団員はおもってるんだろうな」

「リベリオもか」

「──まあね。だからといって、レオナ教を否定するつもりもない。なんであれいま平和なのは間違いなく啓示のおかげだから」

「…………」

 民の、レオナに対する信頼と期待は、あまりにも重い。

(重すぎる──)

 この先。

 唯一信じていたものが突如消えたとき。人々はいったいどうなってしまうのか。フェリオは杞憂にも、テミリアを回るあいだずっと、そんなことを胸に病んでいた。


 ────。

 テミリアのとなり町は、ビスパーニャという。

 となり町と言っても、テミリアの中心からは四里ほども離れた牧草地である。この町の名には覚えがある。

(レオナの後継、ルーニャがいた場所)

 リベリオとラウルもその伝承は知っていた。

 どうやら現代では、かつてルーニャが力を継承するまで住んでいたと言われる生家が観光地になっているとか。観光といっても来るのはエンデランドの民だけだが、彼らは自地区からすらもそうそう出ないという。

 にも関わらず、『ルーニャの生家』は毎日数十人の来訪があるそうである。人の流動がすくないこの島では、かなりの数と言えるだろう。

 フェリオもまた、ルーニャの生家へ行くことを希望した。リベリオとラウルは

「案内はテミリアだけ、って約束なのになぁ」

 と言いながら楽しげに馬車の目的地をビスパーニャに変更した。

 景色はみるみるうちに牧草地へ変わってゆく。人より家畜の方が数が多いというのも、納得する光景であった。


「始祖レオナが死んだあと、この国も混乱したんじゃないのか」


 ぽつりとフェリオがつぶやいた。

 純粋な疑問である。きっとレオナ存命当時、誰しもの胸に『千年生きたのだからこれからも生き続けるだろう』──という確信があったはずである。それが崩れゆくなど、だれが考えたことだろう。

 しかしラウルは首をかしげた。

「レオナ様が死んじゃったの、大陸のせいなの。だけど大陸が攻めてくるっていうのはレオナ様が前々から言ってたんだって。ね、リベリオ」

「らしいよ。だから少なくとも当時のスカルトバッハやグレンラスカたちはレオナが死んじまうかもしれないって危惧は、あったとおもう」

「…………」

 アンタが越えてきた魔の海峡、とリベリオがにやりとわらう。

「あれ、その大陸襲来のときにレオナが海をそうしたって噂があんだ。もう大陸から敵が来ないようにってさ」

「はあ、まあ天気をこんな風に分けちまえる神さまだ。そのくらいも出来るんだろうな」

「でも、諸々で力を使いすぎたせいで限界がきた。それからルーニャに力を継承して、息を引き取ったんだと」

 そこからが地獄だったんだよ、とラウルはまるで見てきたように言う。

「当時の地区長たちがホントにダメダメだったの。いろいろあって、ノトシスとシャムールが戦を始めちゃって、アナトリアとデュシスも巻き込まれて──セントを除く四地区での全面戦争!」

「な、内戦があったのか……!?」

「もちろんそんなに長くは続かなかったけどね。あ、ほらあれだよ」

 リベリオが指をさす。

 いつの間にか入っていたビスパーニャの町。町の入口からほどない場所に、それはあった。


『ルーニャ生家』


 石造りの無機質なそれには玄関扉もなく、口を大きく開けて、我々を出迎えている。

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