Ep7. Chasing ”Endeland familiar”
暴動鎮圧にはそう時間はかからなかった。
浩然や虞淵の迅速な対応と、そもそも暴動を起こした当事者がすぐに立ち去ったこともあって、現場には逃げ遅れた数名の青年たちがころがるばかりであった。
彼らはみな顔に面のようなものをつけている。
なんのグループだ、と汐夏に尋ねると、彼女はぎゅっとフェリオの手を握ってつぶやいた。
「狂信集団アルカナ」
「──狂信集団?」
その問いに答えたのは、こちらに戻りながら地面にころがる暴徒を蹴っ飛ばす浩然だった。
「反レオナ教徒だ。十数年前からすがたを現すようになった。奴らは国教であるレオナ教を軽視して、代わりとなる組織をつくりやがったんだ。──正教アルカナ、ってな。それをオレたちは狂信集団アルカナって呼んでんだ」
「彼らの目的は」
「さてね。たしか第一次アルカナ制圧の際に聞いたやつらの言い分はこうだった。【神託の不確実性や生の不自由さによって、レオナ教に対する不信感を募らせた。いまやレオナ以上に力を持った者を立てるべきである】」
「…………」
「やつらは言ったよ。『わが教祖シオンのお力こそ本物である』とね」
シオン。
ぽつりと口に出す。
直後、ふたたび背筋がふるえた。陽気は燦々とふりそそぎ汗がにじむほどだというに、肚の底がひやりと冷える。シオンという名など聞いたこともないというのに。
まもなく、捕捉したアルカナ団員を部下へ引き渡した虞淵が、こちらへもどってきた。彼の表情はすっかり落ち着いている。
「とんだ時間を食った。すみません、フェリオさん。お怪我は」
「いや」
「ワタシがそばにいた。問題ないヨ」
「そうか。──ハオさん」
「ああ。捕捉した団員は近衛師団に引き渡す。またチアキが尋問に入るだろうから、野次馬で見てくらァ。お客人への案内行程に変更はない。引き続きたのむぜ」
「承知しました」
「じゃあフェリオさん、またのちほど。フランキスカで」
「ああ。……気をつけて」
一行に見送られたハオは、ニヒルに口角をあげると、まばたきのあいだにそのすがたを消した。いったいどんな術を使ったのだ、と慌てるフェリオに、汐夏はケタケタわらいながら上を指さす。
指先がさす方へ視線を向けると、彼は身軽にも屋根から屋根へ飛び移り、地上の人混みを横目に颯爽と駆けていくところだった。
「ノトシスの人間はみんな、あんなに身軽なのか」
「みなではないです。ノトシスであれほど軽足なのは彼と、シーシャくらいのものだ」
「シーシャも?」
「コイツはこんなですが、ノトシス兵団最大の逸材と持て囃されるくらいには、実力があるんですよ」
兄貴分にイヤイヤ褒められた汐夏は得意げに、
「えっへん」
と胸を張る。
見たところ十二、三才といったところか。一見するとそれほどの実力者には見えないが、戦闘民族で構成される兵団においてそう宣われるのだから、実際の力はかなりのものなのだろう。フェリオはすごいじゃないか、と汐夏の頭を撫でた。
彼女はますます得意げに胸を張り、
「えっへん!」
と頬を染めてにっかりわらった。
ノトシス地区蓬莱は商店街を見回るだけでも丸一日を要する。とにかく出店が多いのである。おまけに街中は、赤と金を基調とした装飾が絢爛と飾られ、見ているだけでも飽きない。
一日中歩き回ったおかげで、身体は草臥れたものの、フェリオはすっかりノトシス地区民と仲良くなった。彼らは戦闘狂よろしく血気こそ盛んだが、ひとたび仲良くなれば家族のように愛をもって接してくる。
アナトリアとは距離感がちがうな、と虞淵にこぼすや彼は、
「向こうは神経質ですからね」
とわらった。
※
日も暮れるころ。
ノトシス地区兵団ふたりの案内でセント地区フランキスカへとやってきた。冬の寒気が肌を刺す。つい先ほどまで摂氏二十八度を超えていた気温が、一気に十度を下回り、フェリオはぶるりと身をふるわせた。虞淵が馬車荷から外套を引っ張り出す。
用意がいいなとおどろくと、ノトシスの荷馬車にはつねに外套が積んであるらしい。
「寒さはなによりノトシス民の天敵なんです。着込まずに三十分、寒空の下に立とうものなら凍えて死んじまう」
いつの間にか汐夏もふくふくの赤い外套に身をくるんでいた。
コートを着て街中を歩く。
中央閣府前にあるパルック広場は、蓬莱に負けず劣らずお祭りムードで、フェリオのすがたが見えるやフランキスカに集まる島民たちは一気に沸いた。
今朝がた、セント地区長より大々的にお達しがあったという。直前での報せにもかかわらずフランキスカにはセント地区以外の人間も多く集まり、酒を酌み交わしながら会話を楽しんでいる。
しかし当のフェリオは渋面である。
「こんなに歓迎されちゃ、逆に居心地わりいな」
「どして?」と、汐夏。
「どうしてって、なんの得にもならねえ男ひとりにこんな」
「そう仰らず。みな海峡を越えてきた英雄を称えているのですよ」
と。
背後から声をかけられた。
振り返る。昨日の査問会にて見た顔だった。セント地区長クレイ・ランゲルガリアである。
「英雄って……」
「まことのことです。ここ数百年と、海峡を越えてきた人間はいません。ところで昨日はお疲れでしたでしょうに、査問会までご足労ありがとうございました」
クレイは恭しく頭を下げる。
ほかの地区長と比べると一回りほど年上だろうが、そのシャクナゲのように凛と伸びた背筋からは年齢を感じさせない。うすい皮膚に刻まれたシワもどこか高貴に映る。
あら、とクレイは身をかがめた。視線はフェリオのとなり、汐夏に向けられていた。
「あなたもいらしたのね」
「だめ?」
「そんなことないわ。お料理はいっぱいあるから、たくさん召し上がりなさい。もちろんフェリオどのの迷惑にならない程度にね」
「やったー」
ぴょん、と汐夏がとびはねた。
自分は違います、とはうしろに待機する虞淵のことば。
「クレイさん、ノトシス地区長は閣府にいますか。暴徒尋問で参内しているはずなんですが」
「ええ。チアキさんといっしょにいるのを見ました」
「ありがとうございます。ハオさん呼んでくるんで、フェリオさんはしばらくシーシャといてください。おいシーシャ、フェリオさんから離れるなよ」
「うい~」
気が抜ける返事に対して目くじらを立てながら、虞淵は中央閣府内へと去っていく。そのうしろ姿を見つめるうちにフェリオは気が付いた。
「セントには地区兵団はいないのか」
と。
クレイに目を向けると、彼女はゆったりとうなずいた。
「ええ。セントに限っては地区兵団ではなく、近衛師団が管轄となります。そもそもセント地区に住むのはほとんどが末端王族といっても過言ではありません。地区民総数もほかと比べるとかなり少ないのです」
「末端王族。というと、みなレオナの子孫ということになるのか」
「そうですね、血脈だけ見てゆけばそうなります。もっとも始祖レオナの力を持つ者は一代にひとりきり。王族とは名ばかりのただの平民ですわ」
「セントに住む貴女も──王族?」
「……よろしければ、すこしフランキスカをご案内しましょう。シーシャ、いいかしら」
クレイがやさしい声色で汐夏に問う。
少女はいつの間に買ったのか、屋台の串焼きを右手に持ち、左手でフェリオの手をぎゅっと握りしめると嬉しそうにうなずいた。
まずクレイが案内したのは、中央閣府にほど近い場所にある大聖堂であった。
「ここがプリメール大聖堂です」
「こいつァ立派だな。絶海の孤島にこんな建築技術があるとは」
「この大聖堂は始祖レオナが存命のころに建てられたものだそうです。おそらく、何らかの力を使って建立したと言われています」
「力。……」
大聖堂の扉を開ける。
中では、礼拝のため訪れた教徒たちがしずかに目を閉じる。
聖堂の真ん中には大きな卓が置かれ、清廉な装束をまとう男がひとり手のひらを合わせて、聞きなれぬ言語を説いていた。
「あれは?」
「クロウリー・グレンラスカ司教。彼が話すことばは、当時始祖レオナが話していたといわれる言語。いまは彼らに対しての啓示を読み上げているところでしょう」
「…………」
島に来る船上にて、叢雲から聞いた。
──セント地区の大聖堂にて司教に相談すると、司教の口から現代レオナである国王からの啓示をいただくことができる。
と。
このことか、とフェリオは唸った。
「始祖レオナには四人の子どもがいたそうです」
クレイは音を立てずに、大聖堂一番後ろの長椅子に腰かける。
その顔色はすこし暗かった。
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