Ep4. Acceptance
無機質な内観と妙な緊張感に押しつぶされそうだ。
フェリオはまるで罪人のような心持ちで、だだっ広い会議室の中央席に浅く腰かけている。端の席に座る人間はみな顔貌がかすむほど遠い。唯一の救いは由太夫と比榮が比較的近くの壁際で待機してくれていることだろうか。
蒼月や刑部一行が閣府へ参上。
それと同じくして、ぞろぞろと各地区長とおもわれる男たちが入室してきた。おどろいたことに彼らの顔立ちはそれぞれまったく異なる。
髪をたくし上げるように布を巻き、独特の赤い衣装をまとう目つきのするどい男が、ふてぶてしくフェリオを見た。彼の顔立ちは蒼月らアナトリア地区民に近い。
「なんだ、もっと若者かとおもったらじーさんか!」
「あなどるなハオ。彼はあのデュシス海域の潮流から生き延びた御仁だぞ」
と、蒼月がにやりと口元をゆがめる。
ハオと呼ばれた男はフン、と鼻を鳴らした。
「タイマンじゃ負ける気がしねえな」
「お前ら戦闘民族といっしょにするなよ」
ねえ、と。
無遠慮に顔を覗き込んだ大陸寄りの顔立ちをした男は、なにが楽しいのか朗らかにわらう。白を基調とした服がまぶしい。ウェーブのかかった栗色の髪を揺らしてフレンドリーに手まで握ってきた。
「うちの地区の海域がわるかったね。ずいぶんひどい目に遭ったんだって? 渋くて素敵なジェントルマンじゃないか! 会議なんてひらくまでもないよ」
「貴様の私見は聞いていない。はやく席につけ、ルカ」
ゾッとするほど昏い声であった。
おもわずフェリオが振り返ると、最後の入室者として黒づくめの男が入ってくるところだった。その顔はおどろくほど白く、声色と同様沈んでいる。具合でもわるいのかと想像するも、ルカと呼ばれたフレンドリーな男がくすくすと肩を揺らして男を見た。
「相変わらずハライタのような顔だね、シリウス。まあそこが君の魅力でもあるわけだけれど──で、僕の席どこ?」
「デュシス地区長の席はこちらですよ」
さらに声。
発したのは、じつはずっと会議室にいた人間だった。フェリオの位置からは遠すぎて顔貌がわからなかった者のひとりである。目を凝らしてようやく、その人物が眼鏡をかけた薄い顔立ちの男性であることがわかった。
男はおだやかな笑みを浮かべて、自身から近くの席を示す。
「毎月会議やっているんですからいい加減おぼえてくださいよ」
「好きな席に座らせてくれたっていいじゃない。ホント、ケンジューローといい君といい、アナトリア地区民はかっちりした決め事が好きなんだから」
「なんとでもおっしゃってください。さあみなさまお席について、査問会をはじめましょう」
男はパン、と手を叩いた。
議題は『大陸からの訪問者”フェリオ・アンバース”の島内滞在について』──。
議長をつとめるは先ほどの眼鏡の男、名を
「……と、皆さますでにお聞きのとおり、大陸よりフェリオ・アンバースなる放浪者が入島しました。蒼月どのや刑部水軍の聞き取りによれば、これといって脅威もないと。相違ありませんか、蒼月さん」
「ない」
「おれたちからも口添えさせてくれ。フェリオ氏に他意はない。あえていうなら、見聞録の記帳くらいだと。そもそもあの海峡を越えてきた覚悟を認めてやらぬというのは、我らアナトリアの士道に反するというものだ。ついでに海峡を馬鹿にする者は、問答無用にわれら刑部水軍が海へ捨ててやる」
「たしかに、身ひとつで海峡を越えてきたマレビトを、邪険にするは人道にも反するかと──ほか地区長のみなさまのご意見をうかがいたく」
と、蓮池は会議室を見渡した。
初めに発言したのは、先ほどフレンドリーだった男──騎馬民族が住む常秋の地区デュシスの地区長、ルカ・ディ=ローレンである。
「僕は賛成だ。見聞録を書きたいなんてうれしいことじゃないか、みなが受け入れを拒否するというなら、デュシス地区で手厚く歓待するつもりだよ。どう?」
「オレはべつにどうでもよい。大陸が攻めてくるならくるで、その時はノトシス地区総出で戦に挑むまでのこと! むしろその方がうれしいくらいだ」
という目つきのするどい男は、常夏の地区ノトシスの地区長、
中央閣府へくる馬車のなかで、由太夫から聞いたところによれば、ノトシス地区は戦闘民族と言われるほど血気盛んで野蛮な地区民性ということらしい。物事の判断基準は強者か弱者か。ある意味わかりやすいともいえる。
蓮池の視線が、これまでずっとだんまりであった初老の女性に向けられた。
たしかここセント地区長、クレイ・ランゲルガリアといった。
「レオナ十世の御言葉のままに」
彼女はしずかにつぶやく。
やがて一同の視線は、先ほどの黒い男へ向けられる。
常冬の地区シャムールの地区長、シリウス・F・クロムウェル。
「……シャムールもセントとおなじ。レオナ十世のご判断に従うまで」
「皆さまのご意見は相分かりました。一見すると反対派は皆無のようですね、あとはレオナ十世に託しましょう。以上のご意見はパブロ・スカルトバッハ閣府長へお伝えします。レオナ十世のご判断はのちほど閣府長より──」
「その必要はなし」
と。
とつぜん会議室の扉が開け放たれて重厚な男声がひびいた。会議室入口には、渋い顔をした老年の男とひとりの少女。
一同ががたりと立ち上がる。フェリオはつられて入口を見る。彼らはみな少女を見つめていた。この空気で察した。おそらくは彼女こそ──ここエンデランドの頂点、レオナ十世であると。
蒼月が眉をひそめる。
「閣府長。なにゆえここに?」
「大陸からの客人と聞き、レオナ様が会いたいと仰せられたため連れてまいった。レオナ様は『島をあげて歓迎したい』とのお気持ちであらせられる」
閣府長と呼ばれた男が言い終わらぬうちに、少女はずいとフェリオに近づいた。
「レオナ様──」
地区長のあいだに確かな動揺が感じ取れる。あとで聞いた話によれば、どうやら地区長会議にレオナが来ることはまずないどころか、一部の人間以外にここまで距離を詰めることをゆるすのは前代未聞のことであるらしい。
少女は可憐に服の裾を持ち上げ、膝を折る。
フェリオはあわてて立ち上がった。
「あ──いや。フェリオと申します。しかしわたしは、ただの放浪者です。そちらに益になるようなことは何も……」
あなたの来訪は、と少女がちいさな声でつぶやく。
「黙示にて予言されていた」
「え?」
レオナ様、と蒼月が声をとがらせた。
黙示の予言、とフェリオは眉を下げる。船上で聞いた『レオナの啓示』のことだろうか。なるほど、この女王のことばを神託として、島民たちは日々の生活への助言としているのだろう。
さらにレオナが口を開く前に、うしろの老君がずいと前に出た。
「わが島は大陸から『エンデランド(涯の島)』と呼ばれているそうな。以前はまれに流刑者が流れてきたようですが、時とともに現代ではまず見かけることはなくなりました。貴方のような存在はここ数百年を見ても初めてのこと」
「…………」
「申し遅れました、閣府長スカルトバッハと申します。地区長会議では反対派は皆無であったとか。十代目レオナも歓迎するとの意見にございます。それでよろしいな、ランゲルガリアとクロムウェル」
「無論です」
「異存はない」
ふたりは押し殺したようにつぶやく。
スカルトバッハはにこりとも笑うことなく、フェリオをぎろりと見下ろした。立ち上がって気づいたがおそろしいほど背が高い。
「レオナ様が歓迎すると仰せだ。明日にでも、セント・フランキスカにてわずかばかりだが宴をひらきましょう。報せは各地区長に」
「ど、どうも」
「まいりましょうレオナ様」
「…………」
一礼ののち、レオナはスカルトバッハに連れられて立ち去った。
ふたりのすがたが見えなくなったころにようやく、由太夫と比榮が止めていた息を吐きだした。その音を皮切りにノトシス地区長の浩然がぐっと伸びをする。
「はーあ。スカルトバッハが来ると堅苦しくって困る」
「レオナ様自ら来られるのもめずらしいよねェ。よほど大陸からのお客人が物珍しかったと見える」
と、ルカは能天気にわらった。
むっつりと口数の少ないセント地区長クレイとシャムール地区長シリウスは、挨拶もそこそこにさっさと会議室をあとにした。退出する間際、クレイは
「明日の宴では、わたしがご案内いたしますね」
と控えめに微笑んで見せた。
つづくシリウスも、笑みは見せなかったものの
「シャムールに来るときはうちの兵団員に案内させよう」
とひと言。
当初、査問会などと言われたときはさぞ怖い島かと思いきや、分かりにくくともみな総じてやさしいのかもしれない。フェリオは船上で目覚めてから今まで、張り詰めっぱなしだった緊張がようやく解けた気がした。
比榮は興奮したのか頬が紅潮している。
「ああびっくりした。僕、生のレオナ様を初めて見ました!」
「そうそう拝顔できる方じゃないもの。私たちは幸運だったね」
由太夫はほほえんだ。
幸運か。
そう、幸運だ。
なんにせよ滞在をゆるされた。
大陸からの放浪者フェリオは、ようやくこの島に受け入れられたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます