Ep2. Voice calling
『レオナ』。
不思議な力で島を作り出し、この島に四つの節をもたらした創造神──と言われている。かつて、神でありながら人々とともに共生し文明を築き上げた。現在のエンデランドはレオナいてこその世界であり、民にとっての絶対的な信仰対象なのだという。現在のエンデランドファミリアはみなレオナの系譜で、とくに代々国王はレオナの力を継承しているため、現人神として民からの尊敬や畏怖は篤い。
エンデランドの民にとって、レオナの言葉こそ人生の道しるべ──なのである。
具体的にいうと、とムラクモが刑部をちらと見る。
「自分は名を“叢雲”と名乗っておりますが、この名もレオナの啓示によるものです」
「名前が? 親がつけるものじゃないのか」
「自分は親を物心つく前に亡くしており、だれもその名を知りませなんだ。
「その、啓示を受けるというのは」
「セント地区に大聖堂があります。そこで司教様に相談すると、司教様の口から現代レオナである国王様の啓示をいただくことができるのです」
「はあ。……」
フェリオはぼんやりと相槌を打った。
子どもの名付けを神に委ねるという感覚は、フェリオには理解できない。生まれた瞬間から世に蔑まれるような貧民窟で育った彼にとって、神など信ずるに足るものではないからである。ほんとうに神がいるならば、なぜ自分はあれほど惨めな人生を歩んだのか。神による救いなど、願うだけ無駄なこと。
フェリオの動揺を察したらしい。
叢雲はあいまいに笑んだ。
「無理に納得することもありますまい。ただ、そういうものだと理解いただければ」
「あ、ああ。いや否定したいわけじゃないんだ。自分のなかにない感性だったもので、新鮮な気持ちだよ」
「フェリオどのは柔軟ですな。大陸の人間はもっと残忍で身勝手なものと聞いていたのですが」
「残忍で身勝手か──たいがい正しいよ。あるいはおれもそっちかもしれん」
と、自嘲する。
いっしゅんの沈黙。
叢雲は気を遣ったかパン、と手を叩き立ち上がった。
「茶を入れましょう。今後のことについて、お頭にも相談せにゃァ。ねえお頭」
「そうさな。大陸の人間を拾って連れてきたなんていったら、地区長様がなんとおっしゃるか」
という刑部の瞳は、なぜか爛々とかがやく。
それほどまでに大陸の人間は嫌われているのか──とフェリオがつぶやくと、刑部はぼりぼりと頭皮を掻きむしってわらった。
「むかーしむかし、大陸の人間が攻めてきたことに対して、大なり小なり根に持っているのさ。とくにアナトリア地区の人間は神経質で、やられた恨みはいつまでも忘れない質なのでね」
「大陸の侵攻があったのか? いつ」
「まだレオナが生きていたころの話さ。言ったろ、むかーしの話だってよ。千年の時を生きたと言われる不老不死のレオナが、その侵攻を食い止めるために力を使い果たして死んだ──。民は、大陸がレオナをころしたのだといまだにおもっているのよ」
「…………」
「もう数時間のうちに島につく。まだ身体が万全じゃないだろうから、到着するまでゆっくりするといい」
といって、刑部は叢雲とともに操舵室へともどっていった。
グロリオーサの港を出航してから六日。とんだハプニングこそ発生したものの結果的にはよいところに落ち着いた。
(やっと。やっとたどり着くことができる。彼の地に。……)
エンデランドが呼ぶ。
頭のなかでこだましつづけている。
──はやく来い、フェリオ・アンバース。
──待っているぞ。
──待っているぞ……。
※
エンデランド東側アナトリア地区『
フェリオが大地に降り立つや、港の人間はざわついた。
異端のものを見るような目。怪訝、侮蔑、憎悪──。居心地がわるくてもぞりと身じろぎする。するとまもなく船乗りたちがフェリオをかばうように前に立ちふさがり、大きな声でさけんだ。
「見せもんじゃねーぞッ。道を開けろォ!」
彼は船でイナサと呼ばれていた。
小柄な体躯ながらその男気は人一倍で、いまもまた人波を乱暴にかき分けていく。人々も彼に一目置いているのかぞろぞろと道を開けた。
となりを歩く刑部が肩を叩く。
「気にするなフェリオ。アナトリアの奴らはみな警戒心が高いんだ。アンタがわるいヤツじゃねえと分かったら、手のひらひっくり返してやさしくしてくれるぜ。本来はエンデランドの中じゃいちばん親切な地区民なんだ」
「水軍のみんなを見ていれば分かる。せいぜい敵意がないことをアピールするさ」
本心である。
エンデランドに戦を仕掛けにきたわけじゃない。地区の人間と仲良くするにこしたことはないだろう。フェリオの心意気を感じたらしい刑部はがっはっはと豪快にわらって、フェリオの肩を強くたたいた。
港から主要都市『
移動手段は馬車で、フェリオに随行するのは刑部と叢雲、イナサの三人に決定した。聞けば刑部はもちろんのこと、叢雲とイナサも水軍のなかでは偉い立ち位置にいるという。
そんな人間が三人も抜けて大丈夫か、とフェリオが問うと、イナサは快活に笑い飛ばした。
「ワシらが役立つのはあくまで海上よ! 地上に帰って来さえすらァ、よっぽどあいつらの方が有能だ」
「偉そうに言うことでもないだろ、
「それだけ後進が育っているってことよ。なあカシラ」
「まあ、良く言えばそうなるか」
刑部はふたたび豪快にわらった。
馬車のなかではもっぱら引佐と刑部の掛け合いばかりだった。ときおり叢雲がズバッと正論を突っ込んでふたりを黙らせる。身体の痛みや居心地のわるさから渋い顔だったフェリオも、しだいに緊張が解きほぐれ、葦原につく頃には頬をほころばすほどまでになった。
馬引きが馬車の戸を開ける。葦原の地に降り立つ。
麻賀港から景色は一変した。人々は麻や木綿でできた着物をまとい、女はくちびるに紅を差し、男は髪に香をつけている。港の屈強な男たちとはまた異なる、都会的な雰囲気である。
変化は人々だけではない。
港の町では気づかなかったが、気候がとても穏やかなのである。冬の只中で航海に乗り出したはずだが──ここアナトリアが常春の地区というのはまことらしい。道端のあちこちに花が咲き、青々とした新緑がまぶしく映る。
「アシノハラというのはうつくしい町だ。ここに地区長様がいるのか」
「ああ、もう話は通してある。この
アオツキ。
地区長の名前だろうか。
フェリオは手のひらにじっとりと汗がにじむのを感じた。警戒心の高い地区民の長というくらいだ、大陸からの迷い人など話を聞く前に追い出されてしまうかもしれない。
まして、来訪の目的がただの衝動というのだから、なおさらであろう。
フェリオは叱られる五歳児のような顔で叢雲を見た。
「アオツキというのは、怖いか?」
「ふっ、いやいや。とても思慮深い方ですよ。フェリオどのが心配するようなことにはなりますまい」
「…………だといいが」
話すうちに見えてきた。
日向大路の先、重々しい門扉を中心に左右に伸びる白漆喰の塀。その奥にちらりとうかがい見えるは見慣れぬ建築様式の建物である。
刑部と叢雲、引佐の顔から笑みが消える。
いよいよ本丸突入である。
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