第30話 永銀《えいぎん》

 僕たちは案内されたこじんまりとした家にいた。

 そこそこきれいにされていた。

 

蒼花仙そうかせんはこの国出身だったのですね。

 詳しいはずだ」   


「......ええ、帰ってくる気はなかったのですが......」 


「どうして?この国がおかしくなっていたからですか?」   


 そう聞くと、蒼花仙そうかせんはうつむく。


「いえ、私はここを捨てた、ゆえに来る資格はなかったのです......」 


「資格......」


「......紅花こうかと私はここで生まれ、

 親もわからない孤児でした。

 ここを牛耳っていた全于ぜんうというやくざものの下で、

 二人で町にいっては盗みを繰り返していました。

 その時はこの国からでていくことすら考えられず、

 生きていくことに精一杯でした」


 蒼花仙そうかせんは、

 このみすぼらしい家を懐かしそうに見渡す。


「八歳になったある日、こうと二人で夜空をみていると、

 一人の仙人が降りてきました。最初は化物だと思いましたよ」 


 そういって、何かを思い出すように左を見る。


「仙人は、お前たちには気を操る資質がある、

 私のもとで修行して仙人にならぬか、そういいました。

 それが我が師匠となる香花仙こうかせんでした。

 そこで私とこうは仙人となる修行をうけ、 

 才があったのか十二で道士となりました」


「えっ道士? でも紅花こうかさんは......」


「ええ......道士となって私と紅花こうかは一度ここに戻り、

 全于ぜんうを倒すとここを統括しました。

 貧しいものに金や食料を与え、最初から紅花こうかは、

 この国を変えたかったのでしょう......」


「だが、あなたは違った」


 僕がそう聞くと蒼花仙そうかせんが目を伏せた。


「ええ、人は変わらない......そう思っていたのです。

 そういう香花仙こうかせんの教えでもありましたが、

 私はこの国が変わるとは思えなかった。

 昔からみていた大人たちは、

 虚ろな目をしてなにもしなかったし、

 帰ってきてから、こうが手を貸しても、

 ただ不満をいうか、なにもせずいるかのどちらかだった......」


「だから仙人になるためにここを出た......」


「生きていても意味がない、そう思っているような、

 ここの人たちのようになりたくはなかった......」


 そう言いながら、

 蒼花仙そうかせんは何かを思うように沈黙した。


 次の日から二日、僕と蒼花仙そうかせんは、

 この区画を回って病人の治療にあたった。  


「ふう、陸依りくい先生から、

 手当ての仕方を教わっていて良かった」


「とりあえず、重体のものはもういないですね」


「ええ、それにしても、

 紅花こうかさんへの信頼はすごいですね」


「そうですね......しかし、だから危うい」


「えっ?」


紅花こうかに盲信しすぎている。

 あいつが間違った選択をした場合、

 彼らも同じ様に進んでしまう......そんな気がしてならない」


 蒼花仙そうかせんは真剣な顔をしてそういった。


 僕たちが家に帰り暗くなったあと、

 紅花こうかさんのところにいた若い男がやって来た。


三咲みさきのアニキ、そうのアニキ、

 こうのアニキがお呼びです」


「きましたね」


「ええ......行きましょう」


 僕たちは紅花こうかさんのもとに行った。


「用意はできてる。俺とお前たち二人は交易商として、

 王宮へ向かい王にあう。

 そこに宰相、永銀えいぎんがいるだろう」


 僕たちは交易商の衣装に着替え、

 区画の裏にある通路から外にでると、

 王都に入りなおし、王宮へと馬車に乗った。


「それにしてもよく王に会える算段がついたなこう


「この国の全てのやつが、

 国のやることに忠実に従ってる訳じゃねえからな」


「腐敗役人ですか......」


 そう僕がいうと紅花こうかさんは、にやっと笑う。


「どんなにきれいに繕っても、必ずほつれってのはでるもんだ......

 さあ王宮だ、お前ら交易商らしくしろよ」

 

 王宮の前の門を潜り馬車を降りる。 

 待っていた従者にうながされ衛兵が並ぶ王宮に入る。


 白い王宮はチリひとつなく、

 従者たちは微動だにせずたっている。

 あまりの静かさに歩く音だけが響く。

 正面に大きな部屋が見える。

 

「王、銅鉛どうえんさまがお会いになる。

 粗相そそうのないようにな」  


 その部屋の前で従者はそういって止まった。

 部屋の真ん中に玉座があり、そこに太った王が座っていて、

 そのそばに銀髪の老人がたっている。

 周囲には大臣や衛兵たちが囲んでいた。


 僕たちは膝をつき座った。王とはかなり距離がある。

 銀髪の老人が前へと進みでた。


(これが永銀えいぎんか......でもこの人かなりの気を感じる)


 大仰な服のせいで首は見えない。

 

「私は宰相永銀えいぎん

 お前たちがエンの交易商だな。

 ここでの交易許可を得るため参ったそうだな。

 だが、この国は今以上の交易を必要とせぬ。

 こたび、エンの王族の紹介ゆえあったが、

 すぐに帰るがよい」


 そう厳しい顔で永銀えいぎんははっきりと言った。

 

「そうおっしゃいますが、ここでは作物もあまり育たず、

 外からの作物に、頼っていらっしゃいますよね」


 紅花こうかは商人のようにそういった。


「ぬう......」 


 その言葉に、いまいましそうに永銀えいぎんがうなる。


「しかも今年は外の国も干ばつが続き、作物が不作とのこと、

 私どもエンは肥沃な土地ゆえ作物も多くあります。

 取引しても損はしますまい」


「......足元を見るなら、エンとの関係も終わるぞ」


「その様なつもりはありませんよ。

 それに、この果物をひとつ口にしてみられれば、

 良質なのはわかるはずです」


 そういって荷物から果物を取り出した。

 

「要らぬ......わかった取引ならしてやる。

 使いのものを寄越すゆえ、帰るがよい」


「......その前にこちらを差し上げます」


 そういうと紅花こうかさんは剣をうやうやしく掲げた。


「それは!?」


 永銀えいぎんは驚いている。


「はい封宝具ふうほうぐ

 樹界剣じゅかいけんでございます」


「十二大仙、香花仙こうかせん封宝具ふうほうぐを、

 なぜ貴様が!」


香花仙こうかせんさまは亡くなられ、

 その弟子から売られたものでございます」


 そう紅花こうかが答えた。


香花仙こうかせんが死んだ!?」


 永銀えいぎんは、初めて聞いたかのように驚いている。

 

(驚いている!?香花仙こうかせんを、

 殺してるなら驚かないはず、

 灰混仙かいこんせんとはやはり違うのか......)


「クックックッ、はっーはっは」


 突然永銀えいぎんは笑いだした。


「これは愉快!あの香花仙こうかせんが死んだのか!」


(あの?香花仙こうかせんを知っている!?)


 その瞬間、紅花こうかさんが、

 樹界剣じゅかいけんを抜き、

 永銀えいぎんを斬りつけた。


「!!?」


 永銀えいぎんは一刀両断される。

 そして紅花こうかさんは一瞬で、

 王の側にいて剣を振り上げた。


翔地しゅうちくっ! 間に合わない!)


樹壁幹じゅへきかん!」 


 そう蒼花仙そうかせん叫ぶと、

 王と紅花こうかさんのあいだに、大きな木がはえた。


「くっ!」 


 僕と蒼花仙そうかせんは飛び、

 紅花こうかさんの前にたった。


「軍を呼べ!」


 周囲の家臣たちがいい、衛兵が槍を構え囲んだ。


「何のつもりだこう!」 


 蒼花仙そうかせんがそう叫んだ。


「知れたこと、王を殺してこの国を解放するのさ、

 お前たちもどかねえと殺す」


 紅花こうかさんはそういうと剣を構え、

 その目は殺気をたたえていた。

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