第29話 紅花《こうか》

 蒼花仙そうかせんについて町外れの区画まできた。

 奥には大きな門に鉄の格子こうしがあり、

 その前に兵士が四人いる。 

 門の向こうには下に降りる階段が見えた。


「閉じられている......しかたありませんね。

 三咲みさきどの翔地しゅうちで、

 門の上を越えましょう」


 蒼花仙そうかせんに言われるままに、

 兵士に気取られないよう、翔地しゅうちを使い、

 門を飛び越え奥の石の階段をおりる。


 下にあった区画は整然としていた中心部とは違い、

 掘っ立て小屋のような粗末な家が並ぶ。

 お世辞にも清潔とはいえない。


(......スラムか)


 暗くなる奥へと曲がりくねる路地があった。

 そこを蒼花仙そうかせんがどんどんと進んでいく。


(いくら人間なら大丈夫とはいえ、少し不安だな)


 路地には浮浪者や人相の悪い人々がたむろしており、

 子供たちも汚れた服をきていて、いい環境とはいえない。


「中央とは大分違いますね」


「ええ、この国は見た目こそはきれいではあるけど、

 貧しいものや、罪を犯したもの、障害を持つ者などを、

 この区画へ強制的に移住させています」


 表面だけの虚構の国ですよ。

 そう蒼花仙そうかせんはさめた口調で言う。


 そして少し歩くと奥の方に門がある家が見える。

 そこは少し他の家より大きく、

 門番のように大きな身体の男たちがたっていた。

 男たちは蒼花仙そうかせんを見かけると、頭を下げる。

 

「これはそうのアニキ、おひさしぶりです」


 そうヘコヘコしていた。


(アニキ......ずいぶん似つかわしくないな)

 

紅花こうかはいるか」

  

「へい、アニキなら奥に」


 そう言って家のなかに案内してくれた。


 家の奥に進むと、大勢の素行の悪そうな若たちがいて、

 中央の大きな椅子に座る着物を着崩した若い男がいた。


「おう、そうかどうした?

 お前が嫌ってるここに帰ってくるなんて」


(帰る......蒼花仙そうかせんはここが故郷だったのか)


こう、今日は聞きたいことがあってきた」 


「なんだ?」


曇斑疫どんてんえきがここから発生したとは本当か」


 蒼花仙そうかせんがそう言ったとき、 

 男たちがざわついた。

 紅と呼ばれた男は、何かを考えるように押し黙った。


「......ああ、ここには大勢の病人がいる......」


「なんだと!?」


「なら早く薬を渡さないと!」


 蒼花仙そうかせんについで僕も声を出す。


「薬なんて手に入るわけがないだろう。

 ここは打ち捨てられたごみ捨て場だ」


「いえ、ここに薬はあるから早く配布を!」


「なっ!?」


 紅花こうかといわれる若者は、驚いて目を見張る。

 僕は持ってきた薬を渡した。  


「お前ら薬を飲んでから、すぐ病人のところにもっていけ!」  


「はい!」


 そう紅花こうかに命じられて、男たちは薬を飲んで、

 外に慌てて持っていった。


「ふう......」


 ため息をつくと、紅花こうかはドカッと椅子に座った。


「すまないな恩に着る......あんたのお陰で助かった」

 

 紅花こうかは両手を膝につけ僕に頭を下げた。


「とりあえずあなたも飲んでください」


 僕が促すと薬を飲んだ。


「どうしてだ?なぜこんなことに......」


 蒼花仙そうかせんはそう聞いた。


「ああ、あの病気が流行ったとき、

 上で病人がでたら、ここに押し込んで閉ざしたんだ。

 だから上は病人がでてないのさ」


(ひどい......)


「前よりももっとひどくなっているな......」 

  

 蒼花仙そうかせんが呟く。


「ああ、前王の時も貧富の差はひどかったがな。

 宰相が新しくなってから状況はもっとひどくなった。

 一切の汚いものは排除して、きれいな国をつくるんだとよ。

 で、聞きたいのはそれだけか」


灰混仙かいこんせんという、

 銀髪で首にアザがある男を探している。 

 曇斑疫どんはんえきに関わってるみたいだ......

 それに香花仙こうかせんを殺した男だ......」 


「なに!?香花仙こうかせんを!」


 紅花こうかは驚いているが、すぐ落ち着きを取り戻した。


「......灰混仙かいこんせんは知らんが、

 銀髪の男は知っている。

 宰相の永銀えいぎんがそうだ。

 首にアザがあるかはわからんがな」


 僕と蒼花仙そうかせんは顔を見合わせた。


「あの紅花こうかさん。

 この国から曇斑疫どんはんえきが発生したのなら、

 大勢の人が亡くなっていて、もう誰ももいないはずなんですが」


「確かに......」


 蒼花仙そうかせんがうなづく。


「かなり前に、少しだが薬を渡していった男がいたんだ。

 そうだ、その男も珍しい銀髪だったと......」

 

「なっ!それは何者だこう!」


 蒼花仙そうかせんが驚いて聞いた。


「わからん......子供が薬を渡されたんだ。

 この薬を分けて飲めば病をかなり軽減できると、

 言われたらしい」


(銀髪の薬を渡した男......と宰相か、どちらだろう。

 もしくは二人とも違うのか)


「それで死人がでていないのか......」


 蒼花仙そうかせんはほっとしたようだった。


「お前たち宰相に会いたいなら、会わせてやる」


「本当ですか!」


「ああ、お前たちには恩があるからな」


こうどうやって忍び込むつもりだ。

 かなり警備に厳重な国だぞ」


「忍び込みはしない、真正面から行くだけだ。

 ここから外にでる秘密の通路がある」


「じゃあ何で、外にでないんですか。

 この町から出ればいいのでは」

 

 僕は浮かんだ疑問を聞いた。


「砂漠を越えるのは難しいのさ、

 老人や病人を見捨てては行けない。 

 見捨てるくらいならみなで死ぬ......」


 そう紅花こうかさんは一瞬、虚空をにらみ、

 せいぜい使うのは、町の物を盗んだりするぐらいだな、

 と言った


「なるほど......

 それで外にでられたとして、王宮にはどうはいるんてすか?」


「この国は自国には規制があるが、

 外国とは交易があるから緩いのさ、

 外国からきた交易商として、王宮への貢ぎ物があれば......」


「そうか、これか......」


 蒼花仙そうかせんは腰に差した剣を握る。


「そうだ。その封宝具ふうほうぐ

 樹界剣じゅかいけんなら、貢ぎ物としては十分だ」


 そう紅花こうかさんにいわれ、

 蒼花仙そうかせんは剣を差し出した。


「いいんですか?僕の水如杖すいにょじょうでも」


「かまいません。

 おそらくこの樹界剣じゅかいけんでないと、

 無理なのでしょう」


「そう、この樹界剣じゅかいけんは、

 十二大仙、香花仙こうかせん封宝具ふうほうぐ

 だからこそ、貢ぎ物の価値がある」

 

 剣を受け取ってそう紅花こうかさんはうなづく。


「あと二日、ここで待て、家は用意する」


 そう言って紅花こうかさんは剣を持ち、

 立ち上がり奥に行った。

 僕たちは、用意された家まで案内された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る