第24話 調伏《ちょうぶく》

 一ヶ月後、未麗仙みれいせん先生と共に、

 湖のそばまで来た。


三咲みさきは陰の気を使えるようになりましたが、

 陽の気との陰の気を同時に使わねば、

 本当の術とは呼べないでしょう」


「陽の気と陰の気を同時か......

 一つでもやっとなのに難しいな......」


「そこで、陰の気と陽の気を合わせ、

 この湖にいる魔獣を調伏ちょうぶくしてください」


調伏ちょうぶくですか?」


「そうです。魔獣を倒さずに従えることを、

 調伏ちょうぶくといいます」


「魔獣を従えられるのですか!?」


「ええ、この霊獣れいじゅう元は魔獣です」


 そういって懐の小さな羊を見せた。


霊獣れいじゅうが魔獣!?どういうことですか?」


「陰の気の魔獣に陽の気を加えることで、陰陽が混ざり、

 霊獣れいじゅうへと変化させることができるのです。

 この子達も私が魔獣を調伏ちょうぶくして、

 霊獣れいじゅうに変えた子達なのですよ」


 そういって懐の子羊を撫でた。

 子羊は嬉しそうに顔をすり付けている。


「そうだったのですか......では王魔おうまも」


「残念ながら王魔おうまは不可能です。

 魔獣は少しながら陽の気を持っていますから、

 それを増幅することで霊獣れいじゅう化できるのです。

 ですが王魔おうまは、ほぼ陰の気のみの存在、

 ゆえに陽の気を増やしようがないのです」


「なるほど......」


「この湖の奥には、かなり強い魔獣がおりますので、

 気をつけて」


 僕は湖に飛び込んだ。湖は透明だが深く底が真っ暗で見えない。


(気を使って水を空気に変え呼吸はできる。

 まず魔獣を倒さずに捕縛して......)


 そう考えていると、

 下から何かが近づいてくるのが気でわかった。 

 

(大きい気だな。王魔おうま以外で、

 今までみた魔獣で一番だ)


 それは身体全身に鱗のある細長い青い蛇のようだった。

 

(蛇......いや手足があるから龍か......)


 こちらに強い陰の気を巻き散らしながら突進してくる。


(速い!!)


 口をあける龍から、気で変化させた水を放出しかわす。

 龍は横をすり抜けると旋回しこちらに向かおうとする。


(息ができても水の中じゃ、自由に動けない!)


 何度となく突進してくる龍に傷つけられながら、隙をうかがう。


(......倒すのは可能だろうけど、捕縛するのは速すぎて難しいな。

 わざわざ捕縛を命じたのは、

 陽の気と陰の気を同時に使えば捕縛できるということか)


 とりあえず致命傷になる攻撃をかわしつつ、

 陰陽の気を体内に巡らせ高め合わせる。

 

(陰と陽、創造と破壊......つまり作り変えられる......)

 

 陰陽の気を練り水の動きを変化させる。

 スピードは落ちたが、龍はまだ近づいてくる。


(水を操ってもあれほどのスピードは止められないか...... 

 それなら!)


 気を放つと、近づいてくる龍の体が白くなり、

 徐々に凍り始めた。


(水を凍りに作り替えて固める!)


 竜は口を開けたまま目の前で凍りついた。


(よし!!)


 凍った龍を上まで引っ張っていく。


「ぶはっ!」 


「どうやら、捕まえたようですね」


 龍を陸に引き上げる。


「なんとか、水を氷にして凍らせました」


 先生はうなづく。


「ええ、それが陰陽の気を使っての物質の変化、

 仙術の基本です。

 では、この龍を調伏ちょうぶくしてみなさい。

 気に意識を移してこの竜の中にはいるのです」


「気に意識を......」


 何となくだが、言われた意味を理解できた。

 今までも何度か気に意識が移ったような感覚があったからだ。


(気に意識を集中させて、龍に......)


 僕は意識を込め気を練ると、凍った龍の身体に触れた。

 

 真っ暗な所に僕はいた。

 

(ここは龍の意識の中か......暗いそして、何かいやな感じがする。

 怒りとか憎しみ、

 そう言う類いの暗い感情が流れ込んでくる......)


 その不快な感情に包まれる真っ暗な中、遠くに何かを感じる。

 近づくと、それは仄かに光る、

 まるまる猫のような幼い龍だった。


(これは、陽の気......陰の気に当てられ苦しんでいるのか......

 確かにこんな中にいたらおかしくなってしまう)


 陽の気を少しずつその震える龍に注ぎ込む。

 長い長い時間、意識がと切れそうになるのをこらえる。

 何日たったのかわからない......

 幼い龍は穏やかな顔をしてこちらに目を開けた。

 その瞬間、目の前が弾けるように光が包んだ。

 目を開けると元の場所にいた。


「どうやら成功したみたいですね。それをご覧なさい」


 そう未麗仙みれいせん先生がいい、指さすほうをみる。 

 すると!目の前にいた凍っていた龍は、

 小さな猫のような姿に代わり、

 不思議そうにこちらをみている。


「これがさっきの龍!?」


「ええ、陰の気が浄化され、陽の気の姿になりました。

 つまり霊獣れいじゅうとなったのです」


「これで僕も本当の仙人か」  


「ええ、これからが本当の仙人です」


 そういうと先生が微笑む。


 この後、更に地獄のような修行があることは、

 このとき僕はまだ知らなかった。

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