第9話 陸依《りくい》

 町から出て人がいなくなるところまで来ると、

 突然ギョロ目の男が膝をおると平伏する。


「すみません仙人さま!仙人を名乗るなどという無礼をして、

 何とぞ僥儀ぎょうぎ鳴那めいな

 この二人はお許しくださいませ!」


 先程止められたからか、

 僥儀ぎょうぎは何かいいたそうな顔をしていて、

 鳴那めいなといわれた女性は悲しそうな顔をしている。


(何かあるのか......)


「なぜ仙人を名乗り、薬を売っているんですか?」


 僕が問いただすと、

 そのギョロ目の男は怯えた目で話し出した。


「私は陸依りくいと申します......

 元々、西のさいという国に住んでおり、

 ある時、道士さまに出会い、その弟子となりました」


「道士......仙人を目指す人か」


「はい......そして私はその道士、

 蓮曜れんようさまの弟子となりましたが、

 仙術の才なく、唯一できたのは薬の精製だけ......」


(あの薬、この人が作ったのか)


「そこで、薬師くすしとなり、店を開いたのですが、

 この見てくれゆえ、誰も買ってくれず店はつぶれました」


(見た目か......まあ、お世辞にもイケメンではないけどひどいな)


「......夢破れ、いきる気力もなく日雇いで、

 方々をさまよっている時、

 この僥儀ぎょうぎと出会ったのでございます。

 この子は知恵遅れゆえ、両親亡きあと、

 貧しい村では引き取り手もおず、捨てられたようでした」


(障害が......それであんな幼い感じなのか)


 僥儀ぎょうぎをみると、話にあきたのか、

 地面に座ると木の枝で土に絵を描いているようだった。 


陸依りくいは悪くないのです!」

 

 その時、鳴那めいなという女性が頭を下げ話してくる。


「ある時、私の村は疫病が流行りました......

 そして私の身も病に侵され、身よりもない私は、

 死を待つだけになった時、陸依りくいだけは見捨てず、 

 助けてくれたのです!陸依りくいは人々を救うため、

 僥儀ぎょうぎを仙人に見立て、薬を売っているのです!」


「いいんだ鳴那めいな......実際に騙して売ってるのは事実......

 それにもうけようとした下心もあった......」


 陸依りくいはそう観念したように、

 鳴那めいなに微笑む。


「でも......」


「......この薬、ちゃんと作ってるの?」


「それは天命に誓って!」  


 陸依りくいははっきりと僕の目を見ていった。


(嘘をついてる感じでもないな)


「確かに気を感じるし......じゃあ、なんでこんなに安いの?」


「人を騙しているという後ろめたさと

 安くないと貧しい者は買えませんから......」


(この額と見た感じからみて、そんな儲かってそうにはないな)


「それで仙人さま!この二人のことは許していただけますか!」


 陸依りくいはすがり付くように必死にそういう。


(悪い人じゃなさそうだし、でも......このままじゃな)


「まあ僕は役人じゃないし、罪を問うことはしないです。

 もちろんあなたのことも」


「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 陸依りくい鳴那めいなは、

 地面につけるぐらい頭を下げた。


「でも......これからどうするんですか?」


「正直、もう続けはしません......バレたことで思いしりました。

 いずれバレて、この二人に罪が及ぶかも知れない......

 本当に申し訳ございませんでした......」


 そう陸依りくいは頭を下げると、二人を促し、

 立ち去ろうとした。


「待って少し話がありますから」


「はあ、は、話ですか......」


 不安そうに陸依りくいさんは言った。


「何処かに薬のお店を出したらどうですか?」


「えっ?薬屋を......いえ、でも、前に潰してますし、

 そんなお金もありません......」


「今度は、ほら鳴那めいなさんもいるし、

 薬だけ作って人を雇えばいいでしょう。

 お金は僕がだしますし」


「いいえ!とんでもない!!

 仙人さまにお金をいただくなんて!」


「このまま、二人を養えるのですか?

 あなたが亡くなったあとは、鳴那めいなさん、

 特に僥儀ぎょうぎさんはどうなります?」


 陸依りくいさんは、 

 枝についた虫をじっと見ている僥儀ぎょうぎさんをみて、

 不安そうな顔している。


(なぜだろう?ほっとけない......

 公尚こうしょうさんたちの影響なのかな......)


「それにお金をあげるわけじゃない、取引したいんです」

 

「取引?」


「ええ、僕は仙人になって日も浅くなにも知らない。

 あなたが師匠の道士から得た知識を僕に教えてください。

 それが取引です」


「私の知識を......そんなものでいいんですか?」


「ええ」


 陸依りくいさんは、

 鳴那めいなさんの方をみてうなづくと、二人は平伏した。


「よろしくお願いします!

 私の知りうることをお伝えします。

 薬で人を救いたいのです!私に力をお貸しください!」


「ま、まず頭をあげてください!あなたが先生なんですから!」

 

 僕は陸依りくいさんを先生とすることにした。

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