第8話 噂

 コウショウさんと別れて三日、

 僕は銘真めいしんの国の隣、

 羅現らげんという国に入り、

 人々の暮らしぶりをながめつつ旅をしていた。

 風はとても穏やかで肌に心地いい。


「なんだろう?文明レベルが低いのかと思ったら、

 下水や上水が完備されてたりして比較的に衛生的だし、

 かといって法が古かったり、

 不完全だったりアンバランスだな。

 色んな時代の国の人がいたからこうなったのか?」


 そんなことを考えながらある村に着いた。


(さて、これからどうしよう......何も思い付かない。

 したいことも特に......)


 そうだった。僕は元々何かを積極的に行う性分でもなかった。

 やりたいことも、やるべきことも見つからずに、

 無為に時を過ごしていたからだ。


「だけど昇天して仙人になったんだ......何か意味があるはず......」


 公尚こうしょうさんたちとの出会いで、

 そう思うようになっていた。


公尚こうしょうさんたちに感化されたのかな)


「なあ、知ってるか、仙人さまが現れたらしいぞ」


「ああ、聞いた、聞いた」


 そう話している村人たちとすれ違う。


(仙人......まさか僕のことかな。

 さいの所でやりすぎたから)

 

「なんでも、病に侵されている村々を救っているんだと」


(僕じゃない!他にも仙人がいたのか......)


「へえー、さすが仙人さまだ。」


「おれはその仙人さまの薬をもらったぞ」


「あ、あの!その仙人ってどこにいるんですか?」


 僕は止まり村人たちに話を聞いた。


「ん? ああ、この先の容亰ようきょう

 って町にいるらしいが......」


「ありがとうございます!」


 僕は礼をいって歩きだす。


(よし!何をすべきか、仙人に会えば何かわかる気がする!)


 はやる気持ちを抑えられず足早になる。

 

 すぐに容亰ようきょうという町に着いた。

 かなり大きな町だが、人が少ない。

 店の前で暇そうに店主が猫と戯れている。

 

(この町の大きさにしては人が少ないな......ん?)


 通路を塞ぐように、町の一角に黒山の人だかりができていた。


(なんだこの人たち)


 後ろにいる人に話を聞く。


「ああ、僥儀ぎょうぎさまがいらっしゃるんだ」


僥儀ぎょうぎさま?」


「知らんのか?今噂の仙人さまだ」


「仙人!?あの噂の!」


 僕は隙間をぬって前に出てみる。群衆の前までくると、

 少し高い台の上に高価そうな衣をまとう、

 顔の整った利発そうな青年がいた。


「あれが仙人か......」


「こちらにおわすは、

 数々の村の病を治してまわる偉大なる仙人、

 僥儀ぎょうぎさまである。

 この町にもいずれ疫病が流行り、

 多くの者が苦しみによって死ぬだろう」


 そう僥儀ぎょうぎのとなりにいる、

 背の低い鼻の大きなギョロ目の初老の男が、

 はっきりいいきった。


(そんなはっきりといいきるなんて......)


「ど、どうすればよろしいのですか!」


 群衆の一人の女性が言うと、他の者も次々と声をあげる。


「お助けください!」


「お慈悲を!僥儀ぎょうぎさま!」


僥儀ぎょうぎさま!」


 目をつぶり無言の僥儀ぎょうぎに代わり、

 隣の男が手を叩く。


「静まるがよい!この僥儀ぎょうぎさまは、

 お主たちを救うため、自ら気のいれた仙人の薬、

 仙血薬せんけつやくをお作りくださった」


 男はそうやって小さな瓶の中に入る青い液体を見せる。


「おお!それは、

 あの村に流行った病を防いだという仙薬ですか!

 ぜひ、一ついくら払っても構いません!譲ってくださいませ!」  


 そうさっきの女性が叫ぶと、

 群衆が我も我もと薬を買っている。

 

 薬が全て売りきれる。僕も一つ買った。


(本当に効果あるのかな、毒とかじゃないよね。

 たった一貫だから買っといたけど)

 

僥儀ぎょうぎさまありがとうございます!」


「安く良いものが買えた。これで病も怖くないな」


 群衆は次々とそう話しながら、歩いていくのを見送ると、

 僕は薬を見る。


(ん?これは?)


 台をかたずけているギョロ目の男に話しかける。


「あ、あの」


「うわっ!ビックリした。なんだまだ残っていたのか......

 気配がなくて気づかなかった」


(僕って存在感そんなないのか......)


 ちょっとショックを受けたが、気を取り直す。


「薬なら売ってやっただろ。一家に一つで十分だよ」


「あの僥儀ぎょうぎさまに、

 少しお聞きしたいことがありまして」


「ダメだ、ダメだ。僥儀ぎょうぎさまは集中して、

 気を練っておられるから、私が代わりに話しているのだ。

 これから次の村へと行けねばならん。

 薬が必要なものがいるからな」


 そういって僕を横目に歩きだす。


「あの......」


 僕はどうしても話をしたくて、

 僥儀ぎょうぎさまに話しかけようとする。


「こらっ!僥儀ぎょうぎさまは仙人だぞ。  

 気安く話しかけるでない!」


 ギョロ目の男は僕を追い払おうとする。


「あの、僕も仙人なんです」


「はっ?そんな嘘で取り入れるわけがなかろうが!」


(仕方ないな......)


 水如杖すいにょじょうを地面に突き立て伸ばし、

 空高くまで上がって見せた。

 

「おわっ!なんだ!?」


「わかりましたかー」


 上から下にそう伝えると、

 向こうから周囲を見回しながら女性がやって来ている。


「ああ、どうしたの陸依りくい?遅いわよ。早く次の町......」


「まて!鳴那めいないまは!!」


 ギョロ目の男か慌てている。


「あれ? その人、

 さっき一番最初に薬が欲しいって言ってた人だ......」


「なっ!なんで人が!空に!!」


 降りていくと若い女性が驚いている。


「なるほど......そういうことか」


「あ、あの仙人さま!ちょっとお話を聞いてください!」


 ギョロ目の男が頭を下げ、すがり付いてくる。

 その時、涼しい顔をしていた僥儀ぎょうぎが突然声をだす。


「ととをいじめるな!」


 顔に似つかわしくない幼い言い方をしたので、驚いた。  


「違うんだ僥儀ぎょうぎ

 あの仙人さま、お願いしますこの町から外に!」


(まあ、色々気になることもあるし、

 とりあえずついていくか......)


 必死にそう言うギョロ目の男に付いていくことにした。

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