7-5
「やっぱり、
そう言って陽向は、おもむろにペットボトルのフタをひねろうとした。
星尾は、あわてて叫んだ。
「ちょっと待ってください、祭守! そ、相殺するだなんて……」
「……?」
「だって、それって……ホタルちゃん、なんでしょ?」
「いいえ。ホタルさんの遺した"想い"にすぎませんよ。安心してください」
「でも……」
星尾は、思いつめた顔でボトルの中の虫を見つめた。
キラキラと表皮を点滅させているのが、今では、親愛のささやきに思える。
「心残りですか?」
と、陽向は小首をかしげて、ペットボトルを持った手を突き出した。
「じゃあ、お別れをどうぞ」
「そんなトートツに、どうぞって言われると……」
星尾は戸惑いながら、ペットボトルを受け取った。
瑠璃色の虫は、水の中を楽しそうに、上に下に泳ぎはじめた。
星尾は、奇妙な懐かしさと愛着を感じるとともに、深い罪悪感を胸によみがえらせた。
ホタルの死亡現場に遺されていた婚姻届けに、自分の名前が記されていたと知ったとき、なにもかも捨てて逃げ出したくなるほどの恐怖を感じてしまった。あの瞬間の自分の小ささに。
内気な女性が秘めていた一途な情熱の発露を、どうして、美しい思い出として、おおらかに受け止めてあげられなかったんだろう……
ずっと後ろめたさをぬぐえなかったのは、そのせいだった。
「ごめん、ホタルちゃん……ごめん」
星尾は、てらいもなく、ペットボトルの中の虫に向かって声をかけた。
「さよなら、ホタルちゃん」
――ホタルちゃんのその"想い"、今度こそ真っすぐ受け止めたから、オレ……
「……雨の夜が、また、恋しく思えるよ」
瑠璃色の虫は、いっそうまぶしく発光しながら、水中を優雅に踊った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます