7-2

星尾は、視線をしっかり前に向けたまま、ハッと息をのんだ。

亜母礼女あもれおなぐ……?」


「"亜母礼あもれの女"と書いて、"亜母礼女あもれおなぐ"って読むんじゃ。亜母礼女あもれおなぐが島におりるたんびに、いっしょに雨もふってくる。因果な女の妖怪じゃ」


「ホタルちゃんから、聞いたことあるよ。白い風呂敷をかぶって、天女みたいに空から降ってくるって……」


亜母礼女あもれおなぐのせいで、亜母礼島あもれじまは雨ばっか降る。いい日も悪い日も、たいてい雨が降ってっじゃ。うちのお父オトウお母オッカンが、オレとお姉ネンネェを捨てて出てった朝も。お婆アンマァが息をしなくなった晩も。それに、お姉ネンネェが死んだって警察から電話が来た日も……。じゃっで、オレは雨が好かん。大っキライじゃ!」

鈴は、ナゲヤリに吐き捨ててから、また苦しそうにセキこんだ。


姿勢よく後部座席に座っていた陽向は、脇に置いたリュックの中を探り、蠱毒の水を満たしたペットボトルを取り出すと、

「……よくない日より、いい日のほうが増えたら、雨を好きになれますよ。きっと、これから。大丈夫」

涼やかに屈託なく言ってから、水の中をゆったり浮遊する瑠璃色の虫を目の前に掲げてジッと見つめ、

「ああ、やっぱり。ボクは、大変なことをしちゃいました」

と、深刻な口調とはウラハラに、ノンキに小首をかしげた。


星尾は、ルームミラーごしに聞いた。

「どうしたんですか、祭守?」


「じつは、……今朝、コップの中から移し替えるときに、うっかり、蠱毒の邪霊を調伏してしまってたみたいで」


「そんな、まさか……!」

星尾は、ポカンと口を開けて絶句した。


えりぬきの神職者たちが戦々恐々として"悪鬼"だなんだと騒いでいたものを、朝食の膳についていた竹の箸でつまんで神水にくぐらせただけで、退治していたというのか。

それも、"うっかり"とは……。


「どうりで。こんなに早く鈴くんに"呪い返し"があらわれるのは妙だと思ってたんです」


「だ、だ、だって、……それじゃあ、今そこにいるペットボトルの中の虫は、なんなんです!?」


「2年前からずっと星尾さんにいていた、女性の"想念"の一部が乗り移ったようですよ。おそらく、これはホタルさんの……」

陽向は、悪びれもせずアッサリ言った。


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