6-2

「お姉さんのケータイですか?」

陽向は、そう聞きながら、ちゃぶ台の前に正座をした。


鈴は、うなだれるようにコクリとうなずいた。

「ホタル姉さんネンネェが住んでたマンションから引き取ってきた遺品のひとつです。遺書でも残っちょかもしれん思って、ずっと契約を解除しちょらんのです」


「そうですか。……どうして勝手に電話が発信したんでしょうねぇ? 星尾さんの電話に向かって」

陽向は自問自答するようにつぶやきながら、鈴の手からスマホを取り上げると、ロック画面に無造作に指を触れた。


鈴は、あわてふためいた。

「ま、待ってください、祭守さいしゅ!」


「……?」


「それ、ロックを解除しようと思って、心当たりの数字かたっぱしから押して試したんじゃけど、全部エラーんなってしまってん……」


「ああ、なるほど」


「あと1回パスワードを間違って入力してしまうと、もう二度と解除できんことなってしまうんです。だから……」


「じゃあ、慎重に数字を入力しないと」

と、陽向は、伽羅色きゃらいろの美貌に深刻な表情をのぞかせて、

「星尾さん! 誕生日って、いつですか?」


「え? 11月30日ですが……」

星尾は、ケゲンな面持ちで答えた。


「ありがとう」

アッケにとられる2人におかまいなしに、陽向は、ディスプレイに軽やかに指をはずませた。

『1・1・3・0』と数字を入力すると、あっさりロックが解除される。

「ほら、やっぱり。こういうのは、"推し"の誕生日を設定するのがセオリーでしょ?」


「…………」

星尾と鈴は、お互いの顔を気まずく見合わせた。

それから、急いで陽向の左右を囲むと、ちゃぶ台の上に置かれたスマホをのぞきこんだ。


ホーム画面にはアプリやフォルダのアイコンが整列していたが、いちばん右下に、「雨」という変わった名前のフォルダがあった。


星尾は、ホタルの言葉をハッと思い出した。

――スバルくんのおかげで、アタシ、雨の日が大好きになれたんだよ……

可憐な白い顔に、泣き笑いのようなオオゲサな表情を浮かべて、そう言っていたことを。


そういえば、あのあとホタルは、同郷の有名人の名前を耳にして、ひどく動揺していた。


「"雨"って、もしかして、インフルエンサーの"氷雨ヒサメ"のことかも……?」

星尾は、戸惑いがちに言った。


鈴は、星尾を横目でニラみつけた。

玄武者くろむしゃ 氷雨ヒサメんことか? アイツは、昔っから姉さんネンネェにしつこく付きまとっちょって、ケムたがられてたんに。そんなんに関わるもんを、姉さんネンネェがケータイに残してたはずなかじゃろ!」


「…………」

2人の会話を左右の耳からステレオ放送のごとく聞いた陽向は、無言のまま、フォルダのアイコンを端正な指の先でタッチした。

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