6-1

鈴の両親は、10年前に、新天地を求めて島を出て行ったきり、消息をたっていた。

置き去りにされた鈴とホタルの姉弟は、それ以来、父方の祖母に育てられていた。


5年前に上京していたホタルが、危険ドラッグの過剰摂取で死を遂げたのは2年前。

鈴のたった1人の身内となった祖母も、半年前に老衰で亡くなっていた。


鈴は、天涯孤独の身になっていたから、家は無人で空虚に静まり返っていた。


星尾は、失神しっしんした鈴を両腕に抱きあげて家の中に運び、玄関のすぐ先の10畳敷きの居間に寝かせた。


陽向は、その傍らに片ヒザを落とすと、カーゴパンツのポケットから取り出した笹の葉の護符に向かい、

神火清明しんかせいめい神水清明しんすいせいめい神風清明しんぷうせいめい

 ……急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

そう唱えて「フッ」と息を吹きかけてから、鈴のヒタイをひとなでした。


鈴は、少しタレ目がちの、クルミ色の大きな目をボンヤリと開けた。


こうして改めて見ると、柔らかな赤毛や、ポッテリしたマブタと唇が、やはりホタルによく似ていると、星尾は思った。

左の目尻の下に小さなホクロがあるのが、鈴だけに目立つ特徴だった。


「くそっ……オマエのせいで姉さんネンネェは……ホタル姉さんネンネェは……っ!」

鈴は、イキオイよく頭をハネ起こしざま、横に腰をかがめていた星尾の胸ぐらにツカミかかった。

しかし、急に激しくゲホゲホとセキこみはじめ、再び崩れ落ちそうになった上体を逆に抱えられる格好になった。


つい今朝がた月御門つきみかど神社の奥殿でチラッと見かけたときは小麦色のすこやかな肌が輝いていた鈴の顔色は、ホコリまみれの古い蛍光灯の明かりも手伝ってか、今は蒼白になっていた。

蠱毒が標的を仕損じたときは、呪いが術者に返ってしまうと陽向が言っていたが。その影響が早くも出ているのか。


星尾は、罪の意識に打ちのめされた。鈴とホタルの2人ともに対して。


そのとき、沈鬱ちんうつな空気を切り裂くように、スマホの呼び出し音が鳴り響きだした。

星尾はハッとなり、パンツの尻ポケットから自分のスマホを取り出すと、ディスプレイに表示された発信者の名前を見て、ガクゼンとなった。

「え、ホタルちゃんのケータイから電話……? どうして……」


「そんな、まさか……っ!?」

鈴は、星尾のスマホをのぞきこむと、ムセ返りながら叫んだ。

そして、星尾の腕を力なくふりほどき、よろめきながら部屋の中央のちゃぶ台に這っていく。


ちゃぶ台の上には、別のスマホが置いてあった。

大小のラインストーンがゴテゴテと散りばめられたピンク色のケース入りのスマホだ。

そのディスプレイに、ひとりでにライトが発光していた。


ちゃぶ台に寄りかかりながら鈴がスマホを手にした瞬間、ディスプレイはパッと暗くなり、星尾のスマホも鳴りやんだ。


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