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結局、星尾はホタルに、150,000円のクリュッグ・ロゼを1本、クレジットカード払いでオーダーさせた。

そして、約束どおり朝まで一緒に過ごした。


その秋は、あまり雨がふらなかった。


次に雨が降ったのは1週間後だったが、ホタルは店に姿を現さなかった。

かわりに翌朝、新宿警察署の刑事から個人携帯に電話があり、任意で出頭を求められた。


ホタルが、危険ドラッグの過剰摂取オーバードーズで死亡したため、参考人として呼ばれたのだった。


界隈では『ファイアフライ・エフェクト』と呼ばれていた。ハデな蛍光イエローの液体リキッドで、シャレたラベルとポップな見た目が警戒心のユルい弱年層の好奇心をあおる、卑劣な悪意に満ちたデザイナーズドラッグの一種だった。

ホタルは、それを電子タバコで気化して吸引しているうちに、ドラッグの薬効で思考能力がいちじるしく鈍化してしまった状態で、もっと強烈な高揚感を追い求めて原液をそのまま口に含んでしまったらしい。


ドラッグの過剰摂取による死因といえば、たいていは心臓発作を思いつくが、ホタルは、毒性の強い液体を飲んだせいで激しく嘔吐し、吐しゃ物を気管につまらせ、もがき苦しみながら窒息ちっそくして亡くなったのだ。23才の若さだった。

刑事いわく「違法ドラッグの危険性を啓発する見本になる」ような、痛ましく悲惨な死亡現場だったらしい。


警察は、ドラッグの入手ルートとして星尾を疑っていたようだった。

その疑いはすぐに晴れたが、それでも、ホタルとの"関係"を執拗に詮索された。


というのも、マンションの自室の床に倒れていたホタルの遺体のそばに、クシャッと握りつぶされた"婚姻届け"が1枚落ちていたからで。

女性向けのウェディング情報誌の付録に付いているような可愛らしいデザインの婚姻届けで、いかにも若い女性らしい丸っこい文字が、黒いボールペンを使って丁寧に書き込んであったそうだ。

妻となる者の欄にはホタルの氏名、夫となる人物の氏名の欄には苗字はなく、カタカナで「スバル」とだけ。

あたかも、ダイイングメッセージのように。


星尾は、その事実を刑事から聞いた瞬間、背スジがゾッと寒くなった。


星尾にとっては多くの常連客のうちの1人でしかなかったのに、ホタルにとって星尾は、こっそりと婚姻届けの相手に見立てるほどの存在だったということだ。たとえタワムレだったにしろ。


ホストクラブに通うような女だから……と、心のどこかでタカをくくっていたのだ。

気まぐれで軽率な一夜を、彼女のほうが望んでいるとさえ思いこんでいた。


自分にとっては気まぐれで軽率な一夜も、彼女には、重く濃密な記念日だったにちがいない。

それを考えると恐ろしくて、逃げるようにホストクラブを退店した。

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