4-5

「ホタルちゃんの故郷って、どこなの?」

ようやくつかんだ"ブナンな話題"の糸口を逃すまいと、楓が口早に聞いた。


ホタルは、ふっくらしたローズピンクの唇のすき間に、お通しチャームのキスチョコを放り込んでから、

亜母礼島あもれじまっていう島。奄美大島のほうにあるんだよ。……知らないでしょ?」

と、甘やかな高い声を少しくぐもらせて、聞き返した。


楓は、首をかしげた。

「アモレ島? 聞いたことあるなぁ」


「ウソばっかり! 300人くらいしか人がいない、ちっちゃいちっちゃい島なのに」


「いやいや、最近、SNSでバズったもん。"アモーレ"って、イタリア語で"愛"って意味らしいじゃん? だから、アモレ島は"愛の島"だ、って」


「ホントにぃー? あやしいからなぁ、楓くんは」


「ホントだってば。なんてったって、オレがガチ推ししてる"ヒサメ"がバズらせたんだから、そのネタ。間違いないって!」


楓が得意満面にそう言ったとたん、ホタルは、急にキュッと口をつぐんでしまった。


不思議に思いながらも、星尾は、会話を引っぱるために楓に聞いた。

「ヒサメって、誰?」


「オマエ、知らないの? SNSアカウントの登録者数フォロワーが200万人を超えてる、大人気インフルエンサーだよ」


「インフルエンサーって、具体的に何やってんだよ?」


「まあ、オシャレな写真とか動画をSNSにあげて、バズらせんのが仕事だろ? とにかく、ヒサメの自撮り写真セルフィーは神だから。オマエもフォローしといたほうがいいぞ、"女ゴコロをくすぐる男の魅せ方"の勉強になるからさ!」


「ふうん……?」


キョトンとする星尾を放置して、楓は、子供っぽくハシャいだ。

「てか、ヒサメもアモレ島の出身なんだってよ。ホタルちゃんと同じ年くらいだろうし、……会ったことあるんじゃないの? 知り合いだったら紹介してよ!」


「…………」

気まずい沈黙こそが、このうえなく雄弁な答えだった。

ホタルは、シンプルなフレアスカートに包まれた自分の薄いヒザを見下ろしながら、かすかに震える下唇を強くカミしめていた。


星尾と楓は、彼女と男性インフルエンサーのヒサメの間に、思いがけないツナガリがありそうなことを、すぐに察した。

過去形なのか現在進行形なのかは分からないが。ホタルにとっては、現状、そうとう好ましくない関係のようだ。


人口300人前後の小さな離島なら、同じ年代の若者同士で面識がないほうが不思議かもしれない。

共に思春期を過ごした異性なら、それなりの深い仲に発展していた過去があっても、少しもおかしくない。


ここで星尾は、二択に迫られた。

いつもどおりの楓とのコンビプレイで、明るく場をはずませるか。

それとも、傷心の乙女心にツケこんで、今までカタクナに避けてきた色恋営業を気取ってみるか……


ふっとなにげなくカウンターに目をやると、脚長のスツールに腰かけている紫苑が、「いつまで手こずってんだ」とでも言いたげに、鈍く光るオーデマ・ピゲのゴールドの腕時計をもう片方の手で指さしながら薄笑いを浮かべた。


星尾は、聞こえないように小さく舌打ちをもらしてから、ホタルの方に顔を戻し、

「たまには思いっきり呑んで、ウサ晴らししてみない、ホタルちゃん? オレが朝まで面倒みるから……」

と、熱っぽく耳元にささやいた。


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