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ホストをしていた約2年間、星尾は、自分にオトセない女はいないと思っていた。

はじめの1、2か月ばかりは毎晩呼び込みキャッチばかりさせられていたけれど、新規客ビジターは、間違いなく常連メンバーになってくれた。


ボックス席のテーブルが20くらいと、パーテーションで仕切ったVIPルームもどきの個室がある、いわゆる「中箱」規模の店だったが、成績上位ナンバークラスに成り上がるまでに半年とかからなかった。

「これは天職だ」なんて、ハタチそこそこの若さで思い上がらないほうがムリだったろう。


たいていのホストクラブが『永久指名制』がお約束の新宿の界隈かいわいにありながら、客が自由にホストの指名替えをすることをОKとする意欲的な新規店だった。

そのせいで、入店から2年もたてば、もともとは怠惰で向上心も乏しかったはずの星尾が、「下剋上げこくじょう上等」とばかりに調子にのっていたことは否めない。


いかんせん、他のホストたちの常連客の指名を1週間連続で奪ったことは、決して星尾の本意ではなかったから、

「……っても、お客さんが勝手にオレを指名してきただけなんで。こっちからお断りするわけにはいかないでしょ?」

と、いささかフテクサレ気味に弁明したことが、当時のナンバーワン売れっ子ホスト紫苑シオン逆鱗げきりんに思いっきり触れてしまった。


「ヒトの太客ふときゃくに手ぇ出すヒマがあったら、テメェんとこの細客ほそきゃくをブットく育てんのが一流のホストなんだよっ!」

と、紫苑は、もっともらしく怒鳴ったあとに、トートツに理不尽な賭けを申し出てきた。

「ほら、あの辛気臭しんきくさ雨女あめおんなに、飾りボトルの1本でも入れさせてみろや。それくらいのことが出来ねぇんなら、今日かぎりで店やめろ」

金色のスクエアリングが輝く人さし指の先には、星尾を目当てにたまに通ってくれる若い女性客が、誰もいないホールにポツンと座っていた。


はかなげで線の細い、かなりの美人なのだが、服装が地味で飾りけもなく、1人でホストクラブに通うタイプには見えない。

はじめは学生だと思いこんでいた。当人いわく「アニコス系のコンセプトカフェコンカフェで働いている」そうだったが、星尾は、あまり意味が分からないまま適当なアイヅチを打って受け流した。

ホスト仲間によれば、「アニメのキャラクターのコスチュームを着て接客するのをウリにしている、ソフトめのガールズバー的な」店らしい。

してみると、彼女が来店するたび欠かさず身につけている愛用の白いストールも、そのキャラクターのトレードマークか何かだったんだろうか。


どのみち、まるで売り上げに貢献してくれない"極細客ごくぼそきゃく"には違いないのだが、星尾にとっては、ホストになって初めて呼び込みキャッチした記念すべき客なので、ゾンザイに扱うと運気が落ちるような気がしていた。

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