3-1

お昼を過ぎるころには、星尾は、陽向の旅のお供として、奄美大島あまみおおしまへの空の直行便に同乗していた。


あいにくエコノミークラスにしか空きがなかったが、陽向は、まるでこだわらずに、小さな窓に顔を寄せながら、

「いきあたりばったりの"弾丸トラベル"で、羽田までの運転も疲れたでしょう、星尾さん?」

と、目線だけを向けて言った。

陽向のボキャブラリーには今朝までなかったはずの"弾丸トラベル"なんてワードは、双子の兄の千影からの、さっそくのウケウリだろう。


いつもは和装の上衣に銀糸の紋の入った紫紺しこんはかまをパリッと着こなしているが、こうした「出張」の旅路では、17才の少年にふさわしくロゴ入りのフードパーカーに、ポケットのたくさんついた実用的なカーゴパンツなんかを身につけている。

とはいえ、幼い日から絵本よりも経本きょうほんに慣れ親しんで育った神職のサラブレッドだけあって、いつでもピンと張りつめた姿勢のすがすがしさや、超然とした所作と声色が、浮き世ばなれした出自を隠しようがない。


一卵性双生児の千影とは、鏡で映したようにウリフタツの美貌と、均整のとれた肢体の造形もほぼ同じなのだが、声や表情や姿勢にシグサまで、まるで正反対だから、誰も2人を見間違える心配はない。


とりわけ、喜怒哀楽をめまぐるしく入れ変える赤みがかったトビ色の瞳の千影に対して、陽向の瞳は、静謐せいひつな夜の海のように深い漆黒しっこくの中に、紫水晶アメジストの結晶を散りばめたような神秘的な光をしっとりたたえている。


ともすると星尾は、ウットリその瞳に吸い込まれそうな気分になることがある。


「いや、オレ、車の運転は好きなもんで。ぜんぜん……」

我ながら、どうしてこうサエない返事しかできないんだろうと思いながら、シドロモドロに声をだす。

8才も年下の少年が相手なのに。


「そうですか。なら、よかった」

陽向は素直に受け止めて、また窓の方に目を向けた。

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