2-1

奥殿おくどのから渡り廊下をわたって、神聖なる竹林の結界に埋もれるように建つ六角堂。

神主たちは『夢殿ゆめどの』と呼んでいる、朱塗しゅぬりの大きなお堂である。


扉を開けば、すぐに外見どおりの六角形の板間が一間ひとまあるだけなので、秋も深まったこの時期は、ヒンヤリと肌寒い。

星尾は、スマートな長身を少しちぢめて、ブルリと肩をふるわせた。


すでに別の権禰宜が、部屋の中央に敷布団と竹編みの枕を用意してくれてあった。

寝て起きたままのパジャマ姿の千影は、ノリのきいた真っ白いシーツの上にすぐにゴロンと仰向けに横たわって、

「やるんなら、サッサと終わらせようぜ、こんなバカバカしいこと」

と、ボヤキながら、けぶるようなマツ毛にフチどられるアーモンド型の大きな目をギュッと閉じた。


陽向は、布団の横に美しく正座をした。

蠱毒きの水が入ったペットボトルを千影の枕の横に寝かせて置くと、ふところから護符の笹の葉を取り出し、

天清浄てんしょうじょう地清浄ちしょうじょう内外清浄ないげしょうじょう

 ……急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

そう唱えてから、呪符をしたためてある上に「フッ」と短く息を吹きかけた。


それをペットボトルの下にはさむと、水の中をたゆたっていた瑠璃色の虫は、長い体をめちゃくちゃに動かして身もだえた。

陽向の斜め後ろに正座して、遠慮がちに秘儀を見守る星尾には、虫がひどく苦しんでいるように思えた。


陽向は、両手を胸の前にあわせて、ゆるやかに呪印を結ぶと、

「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ、

 オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ

 …………」

と、素早く何度かささやき続けた。


そのうち陽向がピタリと口を閉ざしたとたん、あどけなく半開きになった千影の口元からは耳に聞こえるほどの深く安らかな寝息が聞こえはじめ、同時に、ペットボトルの中の虫もピタリと動きを止めると、水の底にスゥッと沈んだ。

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