1-4

「ちょっ……ガチで言ってんの、陽向!?」

口に含みかけた食後のコーヒーを真正面に噴射してハデにムセかえりながら、千影は叫んだ。

1年半近くにおよぶヒキコモリ生活のせいで透きとおるような白さを保つ顔を、真っ赤に染めてイキオイよく立ち上がり、

「"蠱毒のユーレイ"が、夢なんて見ると思ってんの!?」


かたや、清らかに日に焼けた伽羅色きゃらいろの顔に、申し訳程度のアセリを浮かべた双子の弟は、

「夢を見るかどうかは分からないけど。呪術者の"思念"は投影されるかもしれないから」


「"かもしれない"って、オマエ……無責任すぎるぞっ!?」


「ごめんね。でも、鈴くんの実家を訪ねる前に、少しでもヒントを集めておきたいんだ。鈴くんが、どうしてこんな禁忌きんきの呪法に手を出したのか、その理由を……」


「理由なんかどーでもよくね!? そんなヤバい呪いの邪霊なんて、サッサと調伏ちょうぶくして解呪かいじゅしちまえよ!」

千影は怒鳴って、500ミリリットルサイズの透明なペットボトルに移し替えられた水をいまいましげに指さした。


陽向は、もともと口角のキュッと上がった綺麗な唇に、アルカイックスマイルともいうべきアイマイな微笑みをひとりでに浮かべた。

双子の兄の短絡的たんらくてきかつソリッドな思考が、とても大好きな陽向ではある。愛しているといっていいほどに。


いかんせん、蠱毒を生みだしたのが鹿秋かしゅう 鈴で、呪いの矛先ほこさきが星尾であると察せられる以上、その理由をハッキリさせないわけにもいかない。


鹿秋かしゅう 鈴は、およそ2週間ほど前に故郷の鹿児島を1人で出てきて、この榛名はるな 月御門つきみかど神社に飛び込みで出仕しゅっしを願って以来、奥殿に起居するようになった18才の少年だ。

一方の星尾は、2年あまり前まで都内のホストクラブに勤めていた異色の経歴を持つ、25才の青年であり。

2人の間に、とうてい接点は見いだせない。


星尾自身にも、鹿秋かしゅう 鈴とは、ここ以外では出会った記憶がいっさいないというのだ。

だとすれば、鈴が残した蠱毒そのものに、ダメモトで手がかりを求めるのは、たしかに一興だろう。


それに、

「蠱毒は絶対必殺の呪法だからね。呪った相手を仕留められなければ、呪いは術をかけた当人にハネ返ってしまうんだよ」

と、陽向は、かんで含めるように言った。


「だったら、なおさら。そんな物騒ぶっそうな呪いの虫は、早いとこ消しちゃうべきじゃねーの?」

と、千影は、ペットボトルを片手に持った。

無造作にボトルをサカサマに振って、キャップの閉まり具合を確かめる。


同じテーブルを囲んでお茶やコーヒーをすする権禰宜たちは、ヒヤヒヤしながらそれを見つめた。


瑠璃色の虫は、コップの中より水カサが増えたのを喜んでいるように、細長い体を上に下にクネらせながら、ボトルの中を泳ぎまわっていた。

そればかりか、みずから発光して、メタリックな輝きをキラキラとまたたかせてさえいる。


しかし、神職ではない千影には、その姿はまったく見えないのだ。


陽向は静かに椅子から立ち上がると、テーブルの反対側から手を伸ばし、千影からペットボトルを取り上げた。

「さっき聞いたでしょ? この蠱毒は幽体にすぎなくて、実体は別のところ……おそらく、鈴くんの実家の近くにまつられてるはずだ」


「だから?」


「実体を残したまま幽体だけを調伏すれば、呪いは即座に実体に戻り、その近くにいる鈴くんに殺意がハネ返ってしまうんだよ」


「なるほど、それが絶対必殺の呪いかぁー。……ったく、しゃあねぇなぁ、鈴のヤツ!」

ハデに舌打ちをもらした千影は、紫紺しこんはかまのスソをはずませて食堂を出ていく陽向の姿勢のいい背中を追って、パタパタとスリッパの音を響かせながら、

「ほら、ホッシーもなよ。早く!」

と、口早に言い捨てた。


「は、はあ……」

星尾は、顔面に直射したコーヒーを拭いて茶色く染まったオシボリを、テーブルの端に折りたたむと、あわてて椅子から立ち上がった。

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