第21話 江戸城にて
「さて……と、それでは私はこれで」
少しばかり八兵衛と酒を酌み交わした後、明晴は立ち上がり縁側から外に出る。
「おっと、もう行くのかい?」
「ええ、少し野暮用があるので」
美心は退屈な会話だったため途中で寝入ってしまっていた。
「美心、お礼は言ったの? ほらほら、明晴様が行ってしまうわよ」
突如、母に手を引っ張られ共に明晴の後を追う。
(なんだよぉ、良い感じで寝ていたのに……ん、おっかあの目が♡のままだ? まさか、俺を利用して少しでも話題作りを確保しようとしているのか? まぁ、俺は明晴から教わる約束を取り付けたし、さっさとその用事とやらを片付けて戻ってきてくれればいいだけなのだが……)
美心は少し考えた。
このチョロい母と明晴がくっつけば、それだけ陰陽術を指南してもらえる時間が増える。
そして、用済みとなれば消すのも容易そうだと……。
だが同時に父と離れることにも抵抗を覚えている。
美心の前世である男は父が幼い頃に死別し、ずっと母の手で育てられてきたため父親の居る家族と言うものに無意識ながら憧れを持っていた。
「あのっあの……明……晴様」
「ああ、お義母さん。さっきの漬物美味しかったです」
キュン
(おっかあ、完全に明晴に惚れているじゃねぇか。俺も初めて見た瞬間は確かにときめきを感じてしまうほどのイケメンだが……中身は女子高生なんだよなぁ。ああ、だからこの時代の男性と違って肌の手入れなどをしっかりしているのかもしれないな)
「ま、ま、ま、ま、またいらしてください。美心も貴方に懐いているようですので……」
(おっかあ、がちがちじゃないか。それに俺は明晴に懐いじゃいないぞ。勇者候補はすべて消す! こいつも利用価値がなくなれば……くーくくく!)
「ええ、また来ますね。美心ちゃんもそれまで待っててね」
少しでも早く陰陽術を覚えたい美心は明晴に聞いてみる。
「お兄ちゃん、いつ用事終わるの?」
「今日は江戸城へ行って……明日がアレだし……」
「えっ、今なんと!?」
沙知代が明晴の言葉に愕然とする。
美心は驚きはしなかったが、明晴が江戸城に入れるほどの大物だったことに再び嫉妬する。
(この兄ちゃんが江戸城に入れるのは何故だ!? 江戸城と言えば異世界ファンタジー風で言うところの王城だ。王城に呼ばれるなんてそんなの……そんなのまるで物語の主人公みたいじゃないか!)
「はっ!」
美心は激しい動揺の中で自分の言葉で気づいた。
そして動揺で極端に視野が狭くなっている状態である時に1つの結論が浮かぶ。
(王城に呼ばれるイベントと言えば1つしかない。王に謁見した時に魔王の退治を任される……イコール勇者!! ……な、なんてことだ! この世界の勇者になる者は目の前のこいつだったんだ。これはいかん、今すぐになんとかしないと……)
「明晴様は……その……お侍様なのでしょうか?」
「いいえ、私はしがない流れ者。お義母さん身分など私には関係ありませんよ」
「そう……なのですね、よかった」
「お義母さん、今度来た時には私に味噌汁を作ってくれませんか?」
「えっ……」
絶望と憤慨に我を忘れかける美心を置いて沙知代と明晴は話している。
良い雰囲気?になっていようが美心には関係ない。
運良く明晴の目は沙知代に向いている。
その瞬間を美心は見逃さなかった。
(勇者になるのは俺だぁぁぁ!)
ガッ
素早く明晴に肩車し頭を掴む美心。
(首の骨を折りゃ大抵の生物は逝く! 勇者の座を俺から奪おうとするならず者めぇぇぇ!)
確信のない現状ではすべて美心の妄想である。
だが、美心として生まれた男は転生前から妄想で動けてしまう人間であったことに変わりはない。
「し……」
ゴキッ……
「? 肩車してほしかったの美心ちゃん?」
「こ、こら美心!」
美心は確かに力を込めて明晴の頭を180度回転させようとした。
だが、まるで大岩のように重くまったく動かすことができない。
そして、沙知代によって明晴の肩から降ろされ抱きかかえられてしまう美心。
美心は呆気にとられていた。
(全力の力を込めたのに……どういうことだ? 力が何かに吸収されたように……そんなことよりも勇者……勇者の座が取られちまう)
じわぁ
「ぐすっ……」
美心の瞳から涙が零れ落ちる。
今回は演技ではない。
勇者が自分で無い他の者に取られるという悔しさが彼女の全身を襲い、自然と涙が溢れてきたのだ。
「うわぁぁぁぁぁん! やだやだやだやだぁぁぁ!」
「美心っち……あーしと離れるのがそんなに……ぐすっ」
明晴は究極のお人好しだった。
その中でも同じ転生者であり尚且つ10歳という若さで交通事故に遭い転生した(ということになっている)美心には今までに出会ったどの友人以上に運命的な何かを感じていた。
「美心、明晴様が困ってしまうでしょ」
「お義母さん、美心ちゃんを私に少し預けてくれませんか? もちろん、危険な目には遭わせません。私が全力をかけて美子ちゃんをお守りします」
明晴の優しい目つきで見つめられる沙知代は完全に思考力を停止した。
彼と一生一緒に……ただ、その想いだけが沙知代の全身を支配した。
「はい……」
泣き崩れる美心を明晴の腕に渡す沙知代。
「ありがとう、お義母さん。数刻ほどで美心ちゃんを送り届けるので」
「はい……」
そして、美心を抱え長屋を離れる明晴。
(日の高さからして午後2時くらいかな? ちょっち早く行かないと)
ビュン
「きゃあ」
「えっ、何なに?」
「旋風?」
神速の速さで江戸城に向かう明晴。
美心は幼い身体でありながら必要以上に泣いてしまったためか疲れて明晴の腕の中で眠ってしまっていた。
そして、桜田門に到着する明晴。
(あと7年後にはここで……。ううん、今は先にすることあるっしょ、あーし! また歴史が繰り返されないようにしなきゃ)
「何奴!? 奇妙な格好をしよって!」
門番の侍に見つかる明晴。
だが、彼は落ち着いていた。
「将軍様は居る?」
「将軍様? まさか、武家でも無い者が将軍様に会えるとでも思っているのか? ほら、さっさと帰った帰った!」
(うーん、やっぱこうなるよねぇ。ま、いつもの展開だし分かってたけど)
桜田門から離れ人の少ない場所へ向かう明晴。
「美心ちゃん、寝ちゃってるし。あはは、寝顔も可愛いなぁ」
フワッ
陰陽術の飛翔を使い江戸城を上空から見下ろす。
「将軍様は天守閣に住んでいると思いがちだけど実は違うんだよね。本丸御殿は……あそこかな?」
明晴は地上に居る者に注意しながら本丸御殿を目指す。
「よっ……と、ちわー……将軍様居る――?」
本丸御殿の中庭に着地し辺りを見回す明晴。
「な、何者じゃ! まさか忍びか! こんな真っ昼間からやって来るとは……」
目当ての人物はすぐに見つかった。
当然ながら相手は驚く。
陰陽術の飛翔は大抵の日本人では使用できないためだ。
明晴は美心を抱きかかえたまま軽くお辞儀をする。
「突然失礼します。第12代将軍徳山家慶殿ですね? 貴殿のお耳に直接入れたい事案が有りまして……」
「よく見れば忍びの格好ではないの? そなたの名は?」
「ああ、申し遅れました。私、安倍明晴と申す者。『始祖』と申したほうがよろしいですか?」
「始祖じゃと!? そうか、そなたが。まさか朕の代でお目にかかれるとは、これは幸運と言うべきか、はたまた不幸と言うべきか……」
将軍は複雑な気持ちだった。
徳山家に代々伝わる人物が目の前に現れたためである。
疑う余地など無かった。
伝え聞いていた通りの人物であり、好き好んで自らその名を名乗る者など居ないことも理由の1つであった。
「ここでは他の者に聞かれぬとも限らぬ。明晴殿、こちらへ……」
将軍の後を付いて行き二三ある書院の一室へ入る。
「さすが江戸城、内装も豪華絢爛ですね」
「ご謙遜を。我らが幕府を確立させるのにご尽力いただいたことは先祖代々伝え聞いておりますぞ」
「それは何より。家康公とは暇川氏から独立を果たした頃からの付き合いですからね」
「ほぅ、10代の時からの旧知とは知らなんだ。とすると信長公が討ち取られた本望寺の変の際は家康公と堺に?」
「いえ、明智滅秀の謀反はすでに分かっていたことですので信長公の近くにおりまして……」
「ほぅ、だが救出に失敗したと?」
「本望寺から救出はできました。ですが数時間後、魑魅魍魎に襲われお亡くなりに……一瞬のことでした。魑魅魍魎を先に討伐せねば共に連れて逃げた濃姫様も危険だったため回復が間に合わず……」
「それが真実じゃったのか。世間に伝え聞く限りでは本望寺で討たれたと」
「歴史の修正力ですね……それで何度も失敗しました」
明晴は天井を見つめ物憂げに語る。
「先に逆賊滅秀を討たなかったのは何故ですかな?」
「羽柴秀猿に討たれるのは分かっていましたから。それに当時はまだ魑魅魍魎も多く信長公の側に居るべきだと思っていましたので」
(憧れの信長が近くに居たのに離れるわけ無いじゃん。ほんとなら信長に幕府を立ててもらう予定だったのに鬱陶しい修正力のせいで全部パーになっちゃったんだよね)
明晴の転生前であるJKは歴史が好きだった。
その中でも特に織田信長の大ファンであり、転生したからには彼が作る新たな世を見てみたいといった個人的感情がそこにはあった。
「なるほど……個人的に源平合戦やその他数々の戦でそなたが介入したこともいずれお聞きしたいものですな。じゃが、まずは本題に移るべきでしょう」
家定は真剣な顔つきになり話を聞く。
「ええ、家定殿は尊王攘夷という言葉をご存知で?」
「尊王は知っておるが攘夷とは?」
「いえ、良いのです。この世界において日本は最強。攘夷運動が起こらないことは今の世界情勢から見て予想が付いていました。千年前の効果がやっと出てきた。歴史の改善にはやはり長い時間が必要なようです」
「はっはっは、またまたご謙遜を。日本人に陰陽術を伝え広め今の裕福な生活を与えたのはそなたの功績でしょう」
「そう言ってもらえて喜ばしい限りです。話を進めますが問題は尊王論を唱える者についてです」
「幕府を倒し朝廷の復活を目論む者か……いずれ対策を考える必要が出てくると思っておるが」
その言葉を聞いて明晴の表情は何処か悲しげに変わる。
(そっか、やっぱ敵として見ちゃうよね。幕末の動乱は全国に波及し民に多大な損害を与える。戦国時代は個人的に好きだし、海外もそれほど重視する必要は無かったから防ぐつもりは無かったけど、これから起こる動乱は帝国主義国に隙を与えることになる。幕末の動乱は防がなきゃ、あーしの陰陽術だって万能じゃ無いし)
JKは歴史の授業が好きだったが理解度はそれほど高くなかった。
そのため安易な考えで帝国主義というものを嫌悪し、それに流されていく明治以降の日本史は見ているのも辛かった。
今回も今までと同様に個人的感情で歴史改変を行おうとしていた。
「そうですか。話は変わりますが家慶殿、昨年オマンダからとある国の者が来航してくることは耳に入っておいでですか?」
「アヘリカか……今年もすでに水無月。あと半年の間に長崎へ来るのか分からぬままだ」
明晴は真剣な顔つきで家慶に話す。
「明日、浦賀へやって来ます」
「なんとっ、それは確かか! じゃが、外国船は長崎にのみ限っておる。アヘリカはそれを知らぬのか?」
(そう言われても……あーしだってなんで浦賀なのか知んねぇし。まさか、ほんとに長崎限定っての知らなかったら情弱もいいとこ……ぷっ、アヘリカが情弱とかそれ笑える)
こみ上げてくる笑いを堪えながら話を続ける明晴。
「先程も申し上げましたが今の日本は世界最強。アヘリカの要求には一切答えないでください。日本人は皆優しいので相手の口車に乗り要求を受け入れると不平等条約を交わされることになります。そうなると手遅れ、幕府は内側から崩壊し時代は戦国の世に逆戻りします。私が今回お会いしに来た理由はそれを伝えるためです」
家慶は初めこそ驚いていたが冷静に話す明晴を見て落ち着きを取り戻す。
「そなたが申すのであるならば真実なのであろう。まさか、朕の代で幕府が窮地に立たされるとは……」
「悪い方の知らせでごめんなさい。良いことと言えば多くの民はそれなりに裕福で平和に暮らせていますよ」
「ははは、そうか。そうであるなら今の世を壊すわけにはいかぬな」
「むにゃ……勇者……」
家慶の視線は明晴の膝枕で眠っている美心に向く。
「先程から気にかけておったがその子は明晴殿の?」
「えっ!? 違うし! あーしの子じゃ……おっと、こほん」
「あーし?」
「何でも無いです。この子は……えっと……私の弟子です」
「ほう、それは心強い。ならば、その子には特例を設けねばならぬな」
「そうですね、まだ幼いので親の近くに居たいでしょう。3年程は私も近所で暮らし、この子を鍛える予定です。その後は京の陰陽術専門校へ入れてもらえますか?」
「相わかった、急いでそなたの屋敷を用意させよう。それと入学の件も手を回しておく」
(えっ、家まで用意してくれんの? さすが将軍じゃん、あざまる水産!)
「あざ……りがとうございます。では、この子を送り届けなければなりませんので私はこれにて」
「分かった、下町の奉行所に話を通しておく。屋敷の件などはそこでお聞きくだされ」
美心を抱え書院を出る明晴。
家慶に見送られながら中庭から上空へ飛び上がり美心の長屋へ向かう。
「いやぁ、やっぱ将軍だけあってオーラ強すぎだし。美心っちを連れてきて良かったぁ、緊張せずにすんだし。でも、勝手に話進めちゃったけど美心っちだって陰陽術に憧れていたし別に良いっしょ。明日から特訓しよーね、美心っち」
そして、無事に長屋へ美心を送り届け一旦去っていく明晴。
美心は起きたときに母から伝えられ深く後悔した。
(なんちゅう大事なイベントで寝過ごしてんだ、俺ぇぇぇぇ!)
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