第22話 川辺にて

 翌朝、美心は玄関で明晴が来るのを待ちわびていた。

 

(くっそぉぉぉ、もう日が明けてしまったじゃねぇか。いつになったら来んだよ!)


 訂正しよう。

 美心は真夜中から陰陽術の指南に心を踊らせ玄関でずっと明晴を待っていたのだ。

 

「美心、明け六つ時なのにもう起きたの?」


「はっはっは、早寝早起きは良いことじゃねぇか。美心も俺たちの仕事の手伝いをそろそろするか?」


「いや」


 美心は即答した。

 その返事に父である八兵衛は肩を落とし黙々と唐傘を作り始める。

 因みに美心の家は唐傘を作り、それを売って生計を立てていた。


「美心、今日もあの方は……その……来るの?」


 母の沙知代は頬を赤くしながら美心の耳元で小さく話す。


(おっかあ、あいつのこと完全に意識しているな? くっついてもらうのもやぶさかではないが、おっとうのことを考えるとなぁ……)


「来るけどあたちと遊ぶ約束してるの!」


「あらぁ、やっぱり来るのね。うふふ、急いでお味噌汁を作らなくっちゃ!」


 沙知代は台所に行き急いで朝食の準備をする。

 

(駄目だ、まったく意味が通じてねぇ。おっかあがあいつと逢い引きしないように俺が警戒しておかないと)


 そして朝食を3人で取っている時に何者かが玄関の扉を叩く。


「来た!」


 美心が玄関に向かい扉を開けようとするがそれよりも早く沙知代が扉を開ける。


「明晴様、お待ちしておりました!」


「おはようございます、お義母さん」


 沙知代は顔を紅潮させ落ち着き無く明晴に話しかける。


「明晴様、その……昨日仰っていたお味噌汁を……つ、つつつ作りましたので是非」


「沙知代さーん、ご飯おかわり」


 突如、八兵衛がちゃぶ台に座りながら沙知代に話しかける。


「そこにお櫃置いてあるでしょ。そんなことくらい自分でやって」


「えっ……ええ……はい」


 八兵衛は意表を突かれたような表情をしながら茶碗にご飯をよそう。

 

(おっとうが惨めだ。これはあまりにも惨め過ぎる)


 美心は八兵衛のもとに寄り肩を叩く。


「ん、どうしたんだ。美心」


「いつかいいことあると良いね、おっとう」


「いつかって……既に良い事は起きているぜ。美心が生まれてきてくれたことだ」


 八兵衛の意外な返答に美心は少し照れながら顔を隠すように座っている八兵衛の背中に抱きつく。


「おっとう、あたちに妹はいつできるの?」


「えっ? 美心は妹が欲しいのか?」


 美心はこの現状を解消するための策を思いついた。

 内容は単純である。


(今、玄関前で良い感じになって話しているあの2人を見るとおっとうが割って入っても勝ち目は無い。こうなりゃ、おっとうとおっかあに互いの愛を深めてもらうのが良い。それには俺から妹が欲しいと言い2人の夜を活性化させればおっかあの気の迷いも吹き飛ぶはずだ。う~ん、なんて親孝行な奴なんだ俺は。あとは明晴とおっかあを2人きりにさせないように俺が割って入っておけば良い)


「ささ、明晴様。こちらへ」


「あはは、美心ちゃんはお義父さんの背中に顔を埋めて仲良さそうだね」


 明晴は八兵衛の横に座り沙知代が持ってきた味噌汁をすする。


「うん、だっておっとうが妹を作ってくれるって言ってくれたもん!」

 

「ぶ――! ええっ!?」


 明晴は驚きを隠せず口に含んだ味噌汁を吹き出してしまう。

 

「あなた、美心だけで家計に余裕は無いのよ。まったく、なんてことを子どもに話しているのかしら」


 沙知代は動じること無くちゃぶ台にこぼれた味噌汁を拭き取りながら八兵衛に言う。 


「い、いや俺はまだ許可したわけじゃなくてだな……」


「おっとう、妹欲ちいなぁ」


 上目遣いで父親を見つめる美心。

 

「うーん……参ったな」


 八兵衛は美心に見つめられると断れないほどの親ばかである。

 

「ほら、明晴様。おかわりをどうぞ」


「ありがとう。とても美味しいですよ」


「美味しいって言われちゃった……うふ」


 横目で沙知代を見る美心。

 ちゃっかりと明晴の横に座り身体をくっつけている。

 この状況に美心は解決の糸口を探し出す。


(今、ちゃぶ台を囲む勢力は大きく三分している。俺とおっとうの乾いた愛を取り戻す派、おっかあの新しい恋にいざ往かん派。そして、おそらく自分が惚れられているとはこれっぽっちも思っていない能天気JK転生者。これは明晴もこちらの派閥に入れれば勝てるのでは無いか? 夫が居る相手を寝取る下衆野郎とは思えないし)


 何と戦っているのか分からないが家庭の崩壊を食い止めることに意気込んでいる美心であった。


「ふぅ、ご馳走様。それじゃ、美心っち行こうか」


「あら、どちらへ行かれるのですか?」


「美心ちゃんは陰陽術の素質が有りましてね、少し指南してあげようかと」


(あっ、そうだった! 家庭の崩壊より陰陽術! こうしちゃいられねぇ!)


 美心は思い出すとすぐに明晴の手を掴み玄関から飛び出して行く。

 家族の未来よりも陰陽術を優先したのだ。


「わわっ!」


「ほぅ、そうなのか。美心、頑張れよぉぉぉ」


「夕餉も作っておきます明晴様ぁ!」


 明晴を引っ張りたどり着いたのは川辺だった。

 

「早く教えて! 早く早く早く!」


「あはは、美心っちワクドキしすぎっし。じゃ、まずはどれくらいできるのか見せて」


「暴発しそうになったら止めてくれる?」


「もち!」


 その言葉で安心したのか以前と同じ要領で陰陽術『火』を使う。

 

 ボッ……


 テニスボールほどの火球が美心の指先でふわふわと浮いている。


「さすが美心っち! その年で『火』じゃなく『炎』を発現させるなんてマジエグいって!」


「陰陽術では『火』と『炎』って違うの?」


 美心は素直な疑問を明晴に聞いてみた。


「うん、そだよ。『火』は普段の生活に必要な火力で第2境地の陰陽術だし、『炎』は第3境地で鍛冶師や鉄工業の家系に必須なくらいかなぁ?」


(なるほど単なる火力の違いか。魔王は無理でも雑魚を倒す程度の火力は『炎』ってところかな?)


「お兄ちゃん、これって攻撃にも使える?」


「そっか、この間みたいに悪党に襲われた時の護身術で覚えたいんだ? もちろん、攻撃にも使えるけど……ま、説明するより実践したほうが早いか。その火球を川に向かって放ってみて」


(以前はここから放とうとして放てなかった。ここからどうやってファイヤーボールを放つのだろう?)


 言われた通りに火球を川に向かって放とうとするがやはり指先から離れない。

 

「このっ! このこのこの!」


 何度、腕を振っても指先の火球は飛んでいかず先日と同じように徐々に火球が大きくなってくる。


「美心っち……まさか、その境地まで使えるのん?」


「どの境地? こっちは飛んでくれなくて……」


 美心は焦っていた。

 また以前のような感覚でいつ暴発するか僅かながら恐怖心さえ覚えてきている。


「第5境地陰陽術『業火』……そんなの川に放ったら水蒸気爆発を起こしちゃうって!」


「えっ、マジで……うわぁぁぁ、消えろ消えろ消えろぉぉぉ!」


 ボウッ


 火球の色が赤色から青色へと徐々に変化してきている。

 そして、前回と同様に美心を包むほどのサイズへと巨大化してきていた。

 

「美心っち、まさか暴発!?」


「うわぁぁぁぁ!」


 パァン!


 突如、美心の全身を包む火球が初めから存在しなかったかのように消滅する。


「美心っち、怖い思いをさせちゃったね。マジでごめん」


「ううん、お兄ちゃんありがとう。今、何をしたの?」


「美心っちの中にある陽の気を一時的に消したの」


(そんなこともできるのか。それって敵の術もすべて無効化できるってことだよな……おいおい、なんてチート能力を持ってるんだ。これじゃ、こいつが勇者候補で邪魔な存在になったら消す時に陰陽術はまるで役に立たないではないか)


「少しの間、陰陽術が使えないし座学でもしておく?」


「あ、そうだ。昨日、将軍様にあって何を話したの?」


 美心はふと思い出したかのように明晴に聞く。


「んー、美心っちは小学生でタヒったし歴史は詳しくないよね? そうだな……なんて説明したら……あ、今日なんだけど魔王軍がやってくるんだよ。それでね……」


 明晴はここで黒船来航の話をしても美心には理解できないと思い童話風に説明することにした。

 それが大きな過ちだとは露知らず。


(なっ……ま、魔王軍だとっ!? やはり魔法のようなものが存在するこの世界には魔王が居た! よっしゃぁぁぁ、来た来た来たぁぁぁ! これぞ俺の望んでいた世界! 待てよ、どうして明晴は将軍に謁見した? まさか、勇者として魔王軍討伐の依頼をされたのか!?)


 美心は慌てて明晴に聞く。


「魔王軍を倒す役目をお兄ちゃんが任されたの!?」


「違うよ、将軍様に釘を差しておいただけ。相手の口車に簡単に乗ったら駄目だよって」


「え、それだけ? 魔王なのに倒さないの?」


「あはは、何でも暴力で解決できるものじゃないっしょ。魔王軍と戦争にでもなったら面倒いし」


 美心は明晴が勇者として魔王の討伐を依頼されなかったことに安堵しつつも、どこか納得がいかないでいた。


(甘い、甘すぎる! 相手は残虐な魔王軍なんだぞ! それをまさか話し合いだけで解決しようとしているのか!? 明晴は勇者では無いのは良いが……そ、そうだ!)


 魔王軍が同じ人間であるとはまったく思いつきもしない美心。

 それもすべて前世でラノベを読み漁った結果であった。

 美心は何かを思いついたようで明晴に上目遣いでお願いする。


「ねぇ、お兄ちゃん。あたち、魔王軍が来るところ見てみたい……ダメ?」


(くーくくく、そうだ! 魔王軍が日本のどこへ来るかは知らないが明晴の空中移動なら絶対に間に合う。陰陽術が使えなくても俺には前世で極めた格闘技術がある。これでやって来る魔王軍を一匹残らず駆逐し手柄を得れば……俺は勇者として君臨できるかもしれない! なんて素晴らしい計画なんだ!)


「んーそうだなぁ。良いよ行ってみる?」


(黒船を見るだけなら危険は無いし構わないっしょ。それに転生前とは言え歴史の教科書に載るほどの出来事は美心っちとしてもいい経験になるだろうし)


「やったぁ、お兄ちゃん大好き!」


「んじゃ、行くよ」


 美心の手を繋ぎ『飛翔』で浦賀へ向かう2人。

 明晴のお人好しがここで最悪の事態を引き起こすことなど本人は当然ながら知る由もなかった。





 





 

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