第20話 浜辺にて

「う、うう……こ……こは?」


 美心が目覚めたその場所は何処かの倉庫のようだ。

 外へ出ると砂浜が広がり海が見える。

 

(こんなに流されてきたのか? 江戸からってことは、ここは東京湾? ってヤベ。おっとうとおっかあが心配しているぞ早く帰らないと……)


 ダッ……グラ……


 すぐに走り出そうとするが身体が上手く動かず転けてしまう。


(あ、あれ……どうして?)


「やぁ、目が覚めたか? でも、もう少し休んでいなさい。身体がかなり冷えていたんだ」


 何処からともなく目の前に現れたのは立派な狩衣を着た男。

 顔立ちが非常に美しく美心もうっかり我を忘れてしまうほどの美男であった。


(ポ――……はっ!? 何をやってんだ、俺は! 俺は男なんかにゃ興味無いんだよ! それよりもこのあんちゃん何処から現れた?)


「え……えっと……」


「昨晩、川で溺れていたところを助けた者だよ。どうして、あんな真夜中に川で溺れていたのか、それも何も着ないで……うん、大体のことは分かる。いつの時代になっても悪人は居るからね……怖かったろう」


 涙を流し美心を介抱する。


(うん? ああ、そう言えば炎に包まれた時に着ていた服は全部燃えちゃったんだよな。それよりも兄ちゃん、どうやら俺が悪党に襲われ逃げた時に川で溺れたと勘違いをしているようだ。説明するのも面倒くさいしそういうことにしておこう)


「うぇぇぇん……怖かったよぉぉぉ! おっとう、おっかあぁぁぁ!」


 そして、美心は演技する。

 1人で帰るにしてもここが何処だかよく分かっていない。

 それに1人で帰ったら帰ったで親に叱られる可能性も高い。

 いつの年齢になっても叱られるというのは苦痛だ。

 だが、この男を上手く使うことで長屋へ帰り両親からの注意を逸らせることができると美心は考えた。


「うんうん、怖かったね。分かるよ、私も転生前は……こほん」


「へっ? 今、何つった……転生?」


 男は美心から目を逸らし無知を装う。


「な、何でも無い……よ」

 

(今、絶対に転生って言った。この兄ちゃん姿格好も平安時代の狩衣なんて衣装を着ているし、そもそもどうしてこんな倉庫で住んでいる? 怪しい、怪しすぎる。それに転生者なら俺にとっては勇者の座を奪われかねないライバルだ。早い目に潰しておかないと……)


 美心は美心で命の恩人に対して下衆な考えを持つ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。ここって東京湾?」


「うん? ああ、そうだよ。どれくらい流されたのか分かるかい?」


「ふぅん、昔はこんなに砂浜が続いていたんだ。転生前は工場ばっかり……でも、お台場は綺麗だし楽しいものも多いよねぇ。レインボーブリッジなんかもあるし」


「ふぁっ!?」


 ニヤッ


(かかった!)


 美心は自分もさり気なく転生者だとバラすことで相手の隠している内容をあぶり出そうとしたのだ。

 男は美心をまじまじと見つめ1つの質問をする。


「えっと……お嬢ちゃんは……」


「美心だよ」


「ん? ああ、美心ちゃんね。美心ちゃんは……えっと、その……生まれた前の記憶を持っているのかい?」


「ホットトールフォーミースターバックスラテウィズキャラメルソースが好きだったんだよねぇ。もう一度飲みたいなぁ……」


「ス……スタ……バだとっ!?」


 男は驚愕する。

 続けて美心が話す。


「タピオカはブーム終焉しちゃったけどぉ、今はノムチーが最高なんだよねぇ」


「えええっ! タピオカって終わるもんなの!? めっちゃタピったし! あーし、めっちゃ好きだったし! ってかノムチーって何!? めっちゃ気になんだけど!」


 美心が話しているのは転生前の会社で女子社員が話していた内容である。

 目の前の男が転生者だと想定すると江戸時代には存在しない話題を振り、その反応を見るのが手っ取り早く確実だ。

 そして、予想通り食いついてきた。


「終わるって言えばめちゃイケもこち亀も終わったんだよねぇ。てか、テレビがもう終わりかけて見る人も減ってるしぃ」


「マ!? テレビ見ないとかありえないっしょ!? あーし、スマスマだけは毎週欠かさず見てたんだかんね」


「それはもうとっくに終わってる。てか、解散した」


「はぁぁぁ!? 嘘……嘘よね? SMAPが解散とか……ありえないっしょ」


 この男は平成の時代に亡くなり転生した者だと美心は確信する。


(くっくっく、こいつは確実に転生者だな。相手もチート能力を有していると考えると消すにしても油断しないほうが良い。さて、どうやって仕留めるか……いや、その前にこの兄ちゃんから情報を色々と得るのもありか。他にも転生者が居る可能性だってありそうだしな)


「お兄ちゃん……大丈夫?」


「ハッ……つい、取り乱してしまいかたじけない」


 男は我に返ったようで背筋を伸ばし美心の前であぐらをかく。


「いいよ、同じ転生者みたいだし。話し方も転生前と同じでいいよ」


(こっちは演技で騙させてもらうがな……くーくくく)


「そう? 美心ちゃんって転生前は何歳でタヒったん?」


「10歳」


「10歳かぁ、小学生だよね? ……え、流石に早すぎね?」


(ヤバい、サバを読みすぎたか?)


 サバを読む以前の問題である。

 6倍も長生きをしていた以上サバを読むレベルではない。


「うっかり飛び出した時に車に轢かれたんだぁ……くすん」


 だが、男は人が良いのかすぐに信じ涙をこぼす。


「う、うぅぅ……そうなんだ。もっとあっちで生きたかったよね。うんうん、わかりみしかない」


「お兄ちゃんは何歳で?」


「あーし? めっちゃJKだったし。塾の帰りにいすゞのトラックに跳ねられてタヒったし。あーもう、思い出しただけでまじタピオカエンドレス!」


(いすゞの……トラック……だとっ! なんて……なんて羨ましい! 俺なんかタントだぞタント! トラックでも何でも無い普通軽自動車で異世界転生しちまったんだぞ!)


 JKやパリピ語にはまったく反応せずトラックという言葉に反応してしまう美心。

 男も男で車のメーカーだけは轢かれた瞬間に確認するといった不思議ちゃんだった。

 

「いすゞの……それは羨ま……辛かったね。よしよし、イイコイイコ」


 男の頭を撫でる美心。

 だが、その感情は何とも言えぬ悔しさで満ち溢れていた。


「み……美心っちぃぃぃ! もう可愛い! 可愛すぎ!」


 男は自分が男性だと言うことを忘れてか美心を抱きしめ頬ずりをする。


「そ、そりゃどうも……」


 その後も男は美心から離れようとはせず転生前の学校での話を美心にする。

 JKよりも勇者を選ぶ美心にとってはどうでもいい話だったが、これも情報を得るためと思い軽く聞き流した。

 そして、正午……。


「あっ、そろそろお別れの時間かな。美心っちの家はどこ? あーし、行くとこあんから、先に家へ送ってあげる」


(そうだ、長屋に早いところ帰らないと……歩きながら情報を聞き出せばいいか)


「んーと……川に沿って戻れば思い出すと思う」


「よし、じゃあ美心っち」


 男が美心の手を掴んだ次の瞬間、男とともに身体が宙に浮く。


「わっ、わわわ!」


「手を離したら落ちるから気をつけて」


 この世界に来てから空を飛ぶ者など1人たりとも見たことが無かったため美心は当然驚愕する。

 そして、同時に感動もする。


(うほぉぉぉ、舞空術だ! すげぇ、空を生身で飛べるなんて陰陽術って最高じゃないか!)


 他人にあまり見られたくは無いのか、かなりの高度まで上昇する。


「うわぁ、向こうに江戸の町が見えるよ。長屋もそこにあるの」


「りょ」


 美心を自身の背中に乗せ江戸城に向かって進む。

 その速さはまるで戦闘機のようでものの数秒で着いてしまった。

 下を向くと江戸の町が見える。


「どのへん?」


「えっとね、川の近く」


(ちっ、もう終わりかよ。この兄ちゃんから学べば寺子屋に通うより効率的に早く陰陽術を使えるようになりそうだ。そして、くっくっく……俺が陰陽術を習得した後は不必要になった兄ちゃんを仕留め俺が勇者になる! ひゃーっはっはっはっは!)


 ニヤニヤ


 美心は妄想で自然と口角が上がる。


 ゾクッ


「ご……ごめ、美心っち。こっからは歩いていこ」


 なにやら背中に寒気を感じた男は河川敷に降り徒歩で美心の長屋がある場所へ向かう。

 美心にも十分見慣れた場所で1人で帰ることもできるのだが、男はそのことを知らず長屋まで送っていってくれるそうだ。

 美心は美心で今を逃すと一生出会えないかもしれない男をどうやって引き止めるか思考を巡らせる。

 そして長屋がある通りに近付いたその時、美心が口を開く。


「お兄ちゃん、さっきの……」


「うん? ああ、あれは陰陽術って言ってね。空を飛べる術は第10境地陰陽術の『飛翔』って言うんだよ」


「あ、あたちにも教えてください!」


 美心は立ち止まり懇願する。

 情報もほとんど得られていない男に対し他に策が思い浮かばなかったためである。

 

「教えるって『飛翔』のこと? あれは美心っちには無理っしょ。第10境地って

 明王の領域なわけで……って言っても美心っちはまだ分からないか。そうだなぁ……美心っち可愛いし、あっしもやることが終わった後は少し退屈になるし」


「教えて……くれるの?」


「基礎からだけどね」


 美心は目を輝かせる。

 思ってもいなかった提案を男がしてくれたためである。

 その後、男と共に長屋へ向かう。


「美心!」


「今まで何処にいたんだ! この馬鹿もんが!」


 八兵衛が美心を引っ叩く。

 それを寸前で受け止める男。


「まぁまぁ、お義父さん。美心ちゃんは何者かに攫われて川で溺れていたのですよ」


「な、なにもんだ!? おめぇみたいな奇妙な格好をしてる奴にお義父さんと言われる言われはねぇ!」


「え、えっと……貴方様は?」


「私ですか? 安倍明晴と申します、お義母さん」


 キュン


「や、ヤダ……イケメン」


 男の爽やかで優しい笑みを見て虜になる沙知代。

 そんなどうでもいいやり取りを見ていた美心は放心していた。

 

(あ……安倍晴明だとっ!? いや、明晴だったか。名前が似ているだけだよな? 安倍晴明と言えば日本の陰陽師で最も有名な人物だ。この世界の陰陽術とも関係が深そうだし……だが、安倍晴明は平安時代の人間だ。ほぼ千年以上も前に生きていた人間が今、居るはずもないし名前が似ているだけだろう。もしかしたら偽名かもしれないし……うん、そうに違いない)


「いやぁ、美心の命の恩人とは知らず失敬なことを……ささ、もう一杯」


「いえいえ、美心ちゃん本当にご無事で良かったです」


「うふふ、良い人に助けてもらって良かったわ。美心もこれなら将来は安心ね」


 いつの間にか八兵衛とも意気投合し酒を飲み交わしている男。

 美心は叱られることは無く済んだが今の状況を見て思う。


(この両親……もしかしてチョロ過ぎんじゃね?)

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