第19話 寺子屋にて

 よろず屋の中を少し見て回り魔導書らしきものが無いことを確認した後、来た道を戻る。

 

「美心ちゃ……様、寺子屋に何の用事があるんですか?」


 道中、後ろを付いて歩く美心におどおどしながらも慎之介は話しかける。


「慎之介くん、敬語は止めてね。あと、美心ちゃんって呼んでくれなきゃヤダ」


「は……う、うん」


「寺子屋で早く勉強したいから行きたいの」


 美心は笑顔で慎之介に対応する。

 先程の背筋が凍るほどの恐怖を美心から感じたのもその笑顔を見ると徐々に薄れ消え去っていく。

 その笑顔が可愛いからなのか、以前から一目惚れしていたからなのか慎之介の心情は自分でも分からなくなっていた。


「あのお寺だよ、美心ちゃん」


 着いたのは長屋の近くにある寺だった。

 

「師匠、居ますか?」


 2人は寺の縁側からふすまを開け中に入る。

 いくつもの長机が置かれていた。

 子どもたちは畳の上に座って学習に取り組むようだ。

 

「おや、慎之介どうしたんだい? 今日の指南は終わって帰ったんじゃなかったのかい?」


 奥の間から1人の僧が近付いてくる。

 小さなこの寺の住職であり、見た目は坊主頭に作務衣を着ている。


「もしや、何処か分からない所でもあったのかな?」


「え、えっと……この子が」


 慎之介は美心を住職の前に立たせる。


「美心ちゃん、どう言えば良いのか分からないから自分で言って」


 小さな声で美心に話す。

 美心は真剣な眼差しで住職に話しかける。


「先生! 魔法をあたちに教えて下さい!」


「まほ……え、何だって?」


「魔法!」


「??? 何を言っているか分からないね」


(こいつ、まさか恍ける気か! 慎之介や他の生徒にも魔法を教えれるほどの力を持っているのに俺がまだ幼すぎるから適当にあしらうつもりだな?)


 美心は迷った。

 無理矢理にでもして教えてもらう方法はないだろうか、必死に脳内をフル回転させ考える。


「ねぇ、美心ちゃん。さっきから言っているまほおってなぁに?」


(慎之介ぇ! さっき、お前が指から出した火のことだよ! まさか、こいつも住職とグルになって俺に魔法を教えないつもりか? それも俺が女だからか? くそっ馬鹿にしやがって!)


「そうだ、慎之介。今日の指南で『水』が上手く出来ていなかったね。私も時間が出来たから少し付き合ってあげよう」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます、師匠」


 寺の縁側から境内に2人が出ていく。

 その様子を見て美心は憤怒した。


(俺には教えないくせに慎之介には教えるだと! なんて野郎だ! だったら俺も関係無しに割り込んでやる!)


 美心も2人の後を追い境内に向かう。

 慎之介が後ろから付いてくる美心に気付く。


「美心ちゃん、危ないから縁側で見ていて」


「そうだね、暴発したら危ないし離れていなさい」


「やだ!」


 ふてくされている美心に何を言っても無駄だと住職は悟る。


「仕方ない。拙僧の後ろに居なさい」


 住職の後ろから指南を見学する美心。


「さて、慎之介まずは復習だ。陰陽術の……」


「えっ……陰陽術!?」


 突如、美心が大きな声を上げる。

 それも当然のことでこの世界の不可思議な術は魔法と呼ばれず陰陽術と呼ばれていることを今になって知ったためである。


(なんてこった! 魔法と思っていたものは陰陽術だったのか。だが世界が違えばそれもおかしくはないか? ラノベによっては精霊術とかが魔法の代わりになっている世界観も多数ある)


「美心ちゃん、今指南中だから静かにしてて」


 慎之介の注意を潔く聞き入れ住職の後ろから彼を見る。


「こほん、慎之介。陰陽術の『火』を出してみなさい」


「はい……『火』」


 ポッ


 町人が使っていたものより弱々しいが小さな火が慎之介の人差し指から蝋燭の炎のように点く。

 

「ふむ……火力を上がられないか?」


「む、無理です……これ以上は……」


 2分ほどじっと慎之介の火を見ている住職。

 火がガス切れで消えていくライターのように小さくなっていく。


「はぁはぁはぁ……」


「なるほど慎之介は『水』の陰陽術の前にもう少し『火』を強く長く発生できるように練習しようか」


「はい」


 ポッ


 再び指先から火を放つ慎之介。

 それをじっと見る住職。


「くぅ!」


「まだ早いよ慎之介。体内にある陰陽をゆっくりと陽の気へ傾けて……」


 2人の会話を注意深く聞いていたが、どうすれば火が出るのかヒントさえ得られない美心は苛立っていた。


(ラノベでたまにある練習シーンではどうやって魔法を放つのか具体的に説明している先生が登場するものだ。今、俺が陰陽術を使えられるようになるためにはこの住職から聞き出すしか無い。慎之介の指南から何か得られるものが無いかと思ったが、それもさっぱり分からない。くそぅ、3歳児は母ちゃんのおっぱいでも飲んでおけっていうことか、ふざけるな!)


「わわっ、師匠!」


「良いぞ、その調整を忘れるな!」


 慎之介の火が町で見た団子屋さんほどに強くしっかりとした火になっている。

 だが、とても攻撃に使えそうな感じの炎ではない。


(ああっもう! 体内の陰陽とか調整とか訳わかんぇぇぇ!)


 美心は我慢の限界に達し住職に何が何でも教えを請おうとしたその時だった。


「師匠~」


「遊びに来たよ」


 数人の子どもが境内にやって来る。

 どうやら慎之介と同じ寺子屋で指南を受ける生徒のようだ。

 

「おやおや、今日はここまでにしようか。みんなと遊んでいなさい」


「は~い」


 これは美心にとってチャンスだった。

 慎之介は子どもたちの元に駆け寄り何で遊ぶか話している。

 手の空いた住職に美心が声をかける。


「先生、陰陽術わたちにも教えて」


「美心くんだっけ? 君にはまだ早いから……」


「教えて」


「いや、陰陽の気がまだ整っていない年齢じゃ暴発の危険が高くなるし……」


「お・し・え・て」


「慎之介の『火』を見たでしょ? 体力を使い切って意識を失う危険性もある」


「お・し・え・ろ」


 ゾクッ!


 鋭い威圧感をつい無意識で放ち住職に言い放つ美心。

 それを肌で感じながらも相手が子どもなら抗うことができるのが大人である。

 だが、住職が生まれてこの方感じたことのない威圧感に抵抗する気さえ覚えることが出来ず二つ返事で返答してしまう。


「は……はい」


「やったぁ、先生大好き」


 住職は顔を真っ青にしながら美心に陰陽術の基礎だけ話す。


「陰陽術はですね、誰にでも体内に陰と陽の気が備わっており……」


「陰と陽?」


「陰は闇・柔・水・冬・夜・植物。陽は光・剛・火・夏・昼・動物などですね。これらは一方がなければ、もう一方が存在し得ない互いに相反するものであり、森羅万象のありとあらゆるものはこの2つから……」


 美心はそれを聞いただけで直感する。

 あ、これは設定が複雑なものだと。

 前世の初老男性はラノベの冒険譚を空気感で楽しみ読書する派だった。

 今まで読み漁ってきた数々のラノベで存在した複雑な設定などは気にしなくとも読み進めるだけで主人公は進み続ける。

 そうやって楽しめ憧れた勇者だが現実となればそうはいかない。

 理解しなければ使えない以上は理解するしか無い。

 ここから美心の日常は大きく変わることになる。

 日が暮れ始めるまで境内で指南を請う美心。

 どのような技能でも実践する前に学習すべき知識は必要である。

 結局、その日は知識を頭に入れるだけで精一杯だった。


 カァーカァーカァー


「おっと、もうこんな時間か。みんな、今日はもう帰りなさい」


「は~い」


「美心ちゃん帰ろ」


「えっ、でも……」


「美心くん、急がなくとも陰陽術は日本人なら誰でも使えるものだから安心しなさい。無理し過ぎるのは身体に良くないよ」


 住職の言うことに渋々従い慎之介と共に長屋に帰る。

 そして夜が更け両親が寝静まった頃に再びこっそりと外へ出る美心。


(ふふんだ、せっかく魔法が使える世界に来てのんびりしていられるかっての。覚えることもまだまだ多いが陰陽術の火は慎之介だって放てている。あれが初級魔法なら今の俺でもいけるはずだ。でも、万が一火事にならないためにも河原で試してみるか)


 多少の配慮はあったものの住職の言っていた陰陽術の暴発に関してはまったく気にしていない。

 そして、河原で陰陽術の『火』を放つために気を指先に集中してみる美心。


「よぉし、いくぞ! ファイヤーアロー(仮)!」


 シーン


 何も起きなかった。

 何度もファイヤーアロー(仮)を放とうとするがただ時間だけが過ぎていく。


「はぁはぁはぁ、くっ! このままでは駄目だ!」


 美心は考えてみる。


(誰にでも体内に持つ陰と陽の気、それがまったくはっきりしねぇ。気を溜めるというのは人気少年誌漫画で描写されるから何となく分かるんだが、それが2種類になるとな。火は陽の気だから心の中を明るくしたら良いのかな? 何でもいい、楽しいこと嬉しいことを考えながら気を指先に集中……)


「バーニングフレイムアロー(仮)!」


 パチッ!


 指先から小さな火花が発生する。

 

「うほぉぉぉ! 出たぁぁぁ!」


 美心は歓喜した。

 まだまだ慎之介にも及ばない小さな火だが指先から出た火を振り回して大いに浮かれる。


 パチッパチッバチッ……ボゥ!


「ヒャッハーって……あれ、なんだか火の勢いが強く……」


 指先の火が徐々に強くなり火球に変化していく。


「うぉぉぉ、すげぇ! こんなん確実に攻撃魔法だろ!? どこかに投げてみるか?」


 ブンッ……


 火球が指先から離れない。


 ブンッブンッブンッ!

 

 何度も強く腕を振るが指先の火球は飛んでいかず、むしろ少しずつ巨大化していっている。


(あれ……ちょっとヤバくね? どうやって消せるんだ?)


 美心は少しずつ焦り始める。

 そして、その焦りが次なる災厄を招く。


 ボッ!


「うわぁぁ、火球に腕が飲み込まれ……ぎゃぁぁぁ!」


 住職の言っていた陰陽術の暴発である。

 火球は無慈悲にも美心の身体を飲み込んでいく。

 

(ま、まさか……俺はこんなので死ぬのか? そんな馬鹿なことがあってたまるか! ここは河原だ。川に飛び込めば……)


 常人ならばその暴発で既に黒焦げになっている。

 だが、美心は生まれついてのチート能力で体力は幼女でありながら成人男性を軽く上回る。

 そのため、焼けるような熱さでも何とか耐えられているのだ。


 ドボン!

 ジュッ!


 川に身を投げ入れる。

 凄まじい水蒸気を上げ火球は消える。

 だが、次なる危険が美心を襲う。


(うぷっ、川が予想以上に深くて速い……ちっ、なんて日だよ!)


 無惨にも川の流れには逆らえず3歳児の小さな身体は流されていく。

 泳ぐにも流れに身体の自由を奪われ上手く泳げない。

 彼女は完全に溺れてしまっていたのだ。

 呼吸もままならず川の水が口の中に大量に入ってくる。

 意識が徐々に遠のき始める美心。

 どれくらい経ったのだろうか、川底に沈んでいくのを薄っすらと感じたその時。


 ザブン!


「……い大……か……水をか……飲み……しっか……助……」


 何者かが美心を水中から助け出す。

 薄れゆく意識の中でただ助かったという事実のみを実感し、安堵する美心は水を吐き出し意識を失ってしまった。

 













 

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