第17話 港にて

「今日の集会はこれでお開きよ。皆、ご苦労さま」


(えっ、次なるターゲットのことを話さないのですか?)


(どういうことだ、修行に行くのでは無いのか?)


(もしかしてアリエス様もギハナ高地の場所を探していらっしゃる?)


 特に目的など初めから無かったのだ。

 今日は静と巴も用事のため一緒に遊べなかったため、何となく隊員を呼び集めてみただけなのである。

 隊員たちが講堂から出ていき残ったのはゾディアックと美心のみになった。


「マスター、先程の願いを叶えてもらうのって妾達にも?」


「こら、ヴァルゴ」


「因みに皆はどんな願いをマスターに望むつもり?」


「わち、お菓子いっぱい買って欲しいです!」


「はっはっは、良いぞライブラ。今度一緒に買いにでも行くか」


(なんですって!? 二人っきりで買い物!?)


(なんてうらやま……だが、私も願いは考えてある)


「僕はマスターに叡智の書に書かれていないことをご教授願いたいです」


(えっ、勉強を教えてくれってことか? 嫌だなぁ面倒そうだし……)


「うむ、考えておこう」


「拙者はマスターの弟子にしていただければ……」


(レオは俺と2人で師弟ごっこがしたいのか? 以前に比奈乃とやったな……)


「うむ、何処が良い? 富士の樹海か? それとも100倍重力室か? ギアナ高地は遠すぎるから無理か……」


 その言葉を聞いてスコーピオン達は一瞬耳を疑った?


(ギハナ高地!? やはり、マスターは知っていらっしゃる!?)


(修行場というのは本当のことらしい……それにしても遠すぎる?)


(マスターがご存知ならアリエス様は既に知っている確率が高いですわね。やはりマスターの近くに居る者こそがすべての任務において優先権を得られる。ならば、妾の願いは……)


「妾はマスターのお側にずっと居させて欲しいですわ」


(なっ!?)


 周囲に居る者全員がヴァルゴを見て固まる。


(お婆ちゃんにずっと? 強欲……なんて欲深い子なんでしょ!)


(そうか、ずっと一緒に居れば聞きたいことをいつでも聞ける。その手があったか!)


(ヴァルゴ、以前から思っていたけど貴女はプライドが高すぎるのよ。マスターのお側にずっと居たいのも自分を優位に見せたいからなんでしょうけれど、それは今後他の隊員との間に確実に軋轢を生んでしまうわよ)


(えっ、ずっと一緒? ヴァルゴも甘えん坊だからなぁ。ま、一緒に寝るくらいならしてやれるか)


「仕事があるためずっとは無理だが一緒に寝てやるくらいはしてやれる。ヴァルゴよ、お前の望みをすべて叶えてあげることができない我を許してくれ」


「そ、そんな……マスター! 夜だけでも一緒に居られるのでしたら妾は満足ですわ」


「だ、駄目――! お婆ちゃん、女の子同士だからって毎日同じベッドで寝るなんてあたしが許さないんだから!」


(あーら、アリエス様も相当焦っているようですわね。これはいい気味ですわ)


「ふむ……なら、みんなで一緒に寝るか。俺のベッドはデカいからな」


 スコーピオン等が全員赤面する。


「やったぁ! それなら問題ないよね」


「ええ、私達も良いのですか?」


「ああ、いつでも良いから来なさい」


「うっうう……お義母様ぁぁぁ」


 あまりの嬉しさに泣き出すライブラ。

 だが、ヴァルゴは納得できない表情をしていた。


(アリエス様、考えましたわね。情報の独占をさせまいと妾の妨害を……いいえ、大丈夫。焦らなくても必ずチャンスはやってきますわ)


 最後にスコーピオンが願いを美心に告げる。


「マスター、ギハナ高地の場所を教えていただきたいのです」


(なっ!?)


(スコーピオン、貴女ならそうすると思っていましたわ)


 キャンサー等が目を疑いスコーピオンを見る。

 スコーピオンは誰よりも真面目である。

 唯一の願いを悪魔退治のために使ったのであった。


(ふぁっ? ギハナ高地……ああ、ギアナ高地の聞き間違いかな?)


 叡智の書は書き手としては初心者の美心が書いた設定資料集のため誤字脱字が至るところにある。

 ギアナ高地と書くところをギハナ高地と書いてしまっていたことに気がつくこともなかった。


(しかし、スコーピオンはどうしてそんな願いを……そ、そうか! ごっこ遊びに設定を付け加える気だな? ギアナ高地なんてマニアックな地名を出してきたってことは俺の設定集を読んで勉強したのだろう。修行イベント……むふふ、良い! 良いぞ、これは確かに比奈乃が喜びそうなイベントだ。スコーピオンは優しい子だな。願いを比奈乃の為に使うなんて、こりゃ大人になったら比奈乃の秘書にするのも検討しておこう)


 美心の中でスコーピオンの株が爆上がりした瞬間だった。

 そして、彼女に対してこう呟く。


「スコーピオンよ、向かうのか……その地に?」


「は、はい! すべてはマスターの願いを叶えるため」


(俺の願い……比奈乃と仲良くしてやってくれと言った時のことか。自らの願いを使って俺の頼みを聞いてくれるとはシリウス……なんて慈悲深い子なのだ! こりゃ、大人になるまで待つのももったいないな。よし、この娘を比奈乃の側付きに任命して学校にも通わせてやろう)


 美心の中でスコーピオンの株が更に爆上がりする。

 その勢いは留まるところを知らず比奈乃の側付き兼将来は秘書という大役まで任せられることになる……はずだった。

 だが、今はごっこ遊びの最中である。

 現実的な話をして雰囲気を盛り下げてはならないのはママゴトの基本中の基本である。

 そのため、美心はギアナ高地について話を続けた。


「ふむ、その決意は本物だな……遠いぞ? いつ帰ってこられるか分からぬ、いやそれどころか永遠に帰ってこれなくなるやも知れぬ。そのような場にお前を行かせるのは我としては辛い」


(お義母様が私の身を案じてくれている……嬉しい。でも、結果を残さないと駄目なの。マスターの望む世界こそ私の望む世界なのだから!)


「ぐすっ……マスター、その御慈悲だけで私は十分に満足です。是非、ギハナ高地とやらの場を私にお教え下さい」


 スコーピオンの熱い演技に押された美心はつい口走ってしまう。


「そうか、分かった。堺にあるカカシマヤ3号店の従業員にアヘリカ人のヴィヴィという者がおる。その者を尋ね協力を仰ぐと良い。船から船員まで準備してくれるだろう。だが、鎖国中のこの国において海の外に出るということはどういうことか……いや、言っても行くのだな」


「はい、マスター。ありがとうございます」


 そして、スコーピオン達は講堂を後にして立ち去っていった。

 講堂に残るのは美心と比奈乃の2人のみ。


「うーん、もうちょっと面白い展開を期待していたのになぁ」


「いや、スコーピオン……じゃなかった。シリウスがどうやら比奈乃のために面白いイベントを用意してくれるらしいぞ。あの子がここまでごっこ遊びに付き合ってくれるとは意外だったが、どうやら星々の庭園スターガーデンの活躍も増えて満足しているのだろう」


「さっきのギアナ高地のこと? まさか、本当にそんなところまで行くのかな?」


「いや、行けないだろ。ヴィヴィも話を合わせただけの人物で存在しないし、そもそも国外に出る船に乗るには長崎の出島しか無いからな」


「そうだよね。堺に行くならあたしもついていこっかな?」


「明日は休みだし、皆で行くか」


「やった――! お婆ちゃん、大好き!」


 美心と比奈乃の何気ない会話も終わり夕食を取るのであった。

 その間にスコーピオン達は……。


「さぁ、リゲル・プロキオン・ベガ。出立の用意は出来た?」


「もうちょっと待って~」


「ええっと……サバイバル生活に必要な本も」


「拙者はいつでも良いぞ」


「本当に行くんですの?」


「ヴァル……レグルス、留守番を頼んだわよ」


「どうしてレグルスは置いてくの?」


「他の隊員に司令を出す者が一人は必要だからね。それに今夜から……だろ?」


「ええ、女神様と一緒に寝られる……ああっ、なんて最高な瞬間ですの!」


「レグルスだけズル~い!」


 本来ならヴァルゴも入れた5人で行くつもりであった。

 だが、この組織を動かしているのはスコーピオン・キャンサー・ヴァルゴの3名。

 そのため、最低でも1人は司令塔として残る必要があるということになり急遽じゃんけんで決めることになったのである。

 

「妾だって行けるのなら行きたいですのよ。でも、負けてしまった以上従いますわ」


「悪いね、土産話を期待していてくれ」


「行ってくるね~」


「レグルス、いや今はヴァルゴか。マスターには上手く話しておいてくれ」


「はいはい、本当に残る者に世話を焼かせますわね」


「ふふっ、ヴァルゴ。後をお願いね」


 ヴァルゴを残し4名は寄宿舎を出て堺へ向かう。

 到着したのは既に夜中。

 当然ながらカカシマヤ3号店も閉まっている。


「ヴィヴィというアヘリカ人が居るとマスターは仰っていたが……」


「ま、夜中になるのは分かっていたからね。大丈夫、カカシマヤの従業員が生活する寮の場所も調べておいた」


「さすがね、リゲル」


「どうしてゾディアック名で呼び合わないの?」


「講堂から寄宿舎に戻る途中で話し合っただろ。ギハナ高地に居る悪魔を倒すまでゾディアック名を置いておくって」


「そうよ、結果を残すまで私達はお義母様にいただいた名を名乗るの。ゾディアックの重責はあまりにも大きい。今は少しでも身軽になるために必要なことなの」


「心の余裕も大切だからね」


「う――ん……よく分からないけど分かった」


 暫くしてカカシマヤ3号店寮に到着する4人。

 夜も更けているため明かりが点いている部屋も少ない。


「どこにヴィヴィさんは居るの?」


「そこまでは調べる時間が無かったよ。窓から覗いてみるか」


 4人は戦闘能力も高いが隠密能力も高い。

 勿論、忍びの陰陽術も使いこなせるため蜘蛛のように壁に張り付いていくつもある窓から中の様子を覗く。


「日本人ばかりだ。アヘリカ人ならすぐに分かるだろうと思ったが……」


「ヴィヴィという人物が日本人に似ている可能性もあるわね」


「それなら店が開くまで待つか?」


 しばらく寮の前で待つが夜明けはまだ先である。


「うぅ、身体が冷えるな」


「港近くに空き倉庫があったはずだ。そこで風を凌ぐか」


 4人は堺港へと向かう。

 海を見るのは久しぶりのため月明かりに照らされる海面を見渡していた。


「あっ、海の向こうから何かやって来るよ」


「あれは船か?」


「大型船ね? それも鉄で出来ている……日本にあんなのあったかしら?」


「あれは外国船か? どうしてこんなところに?」


「それはおかしいわ。ここには入ってこられないはず」


「あっ、誰か出てくるよ」


 船から降りる人々は何やら大きな箱を持っている。

 そして、スコーピオン達が隠れている空き倉庫に置いていく。


「くくく、この阿片で辛国のように薬漬けにすれば日本も我らの手中に堕ちる」


「しかし、奴らも馬鹿ですな。国力はあっても警備がガバガバですぞい」


「まさか、こんなに簡単に入国できるとはな」


「あの商人も大金を渡せば、すぐに従ってくれましたからね」


「オーシオだったか? なんでも、少女に貢ぐ金が無くて困ってたんだとか」


「少女? あっははは、女のために国を売り渡すことになるとは思っても見なかったでしょうなぁ」


 怪しげな外国人の言葉を盗み聞きするも何を話しているか分からない4人。

 しかし、大塩という言葉でリゲルは理解する。


「皆、どうやらあいつらは大塩の配下みたいだ」


「大塩ってデネブの班が追っていた身売りの?」


「ああ、堺が奴の出身地であることは既に分かっている。そして、この箱……中身は小麦粉だ。ほら、そこに白い粉が落ちている」


「小麦粉!? どうして、そんなものを運び入れているのかしら?」


「これはフェイクだ。小麦粉を空にして箱に身売り少女を入れれば……」


「簡単に国外に持ち出せる!? なんて下劣な!」


「……ここに入ったら国外に行けるの?」


 ベガの何気ない言葉に3人が唖然とする。


「そうか、国外に出るにはおかしいと思っていたことがある。どうしてマスターは堺に居るヴィヴィさんに会えと言ったのか」


「私も貴女の言葉で理解したわ。そのヴィヴィさんもあちら側だったってことね?」


「ああ、マスターは財閥内に密偵が居ることを知っていたんだ。ヴィヴィはあそこにいる外国人の仲間だろう」


「ヴィヴィを脅して船に乗せてもらえればギハナ高地に行けるってことね」


「つまり、あの船はギハナ高地がある国からやって来た外国船ってことか!?」


 4人が目を合わせ深く頷く。

 相も変わらず妄想だけで突っ走ってしまうところは変わらなかった。

 そして、船員に見つからないように船に乗り込む。


「阿片が入った箱はすべて置いてきた。あとはオーシオが何とかするはずだ。モンドンに戻るぞ!」


「船を出せぇぇぇ!」


 その船はエゲレス行きだった。

 しかし、4人は出航まで待っている間に船倉ですでに眠りにつき気が着くことはなかった。


(シリウス達は無事に船に乗れたのかしら?)


「むにゃむにゃ……ラーメン、餃子……大塩パパ……ATM」


(ああっ、それにしても女神様と一緒に寝ている妾! むきゅぅぅぅ、今だけは最高に幸せですわぁ!)


 スコーピオン達がとんでもないミスを犯したことなど知る由も無くヴァルゴは美心のベッドで幸せなひと時を満喫していた。

 翌朝、いつも通りパパ渇で食事を済ませようとした美心は祇園で待ち惚けていた。


(大塩パパが来ない……まさか、遂に乾いたか? 良いATMだったのに。仕方がない、新しいパパでも見つけっかぁ)


 美心の周囲はただ平和な時間だけが過ぎていく。

 1年、2年と経過しその間に隊員の多くは14歳を過ぎ成人を迎える者も多くなっていた。

 美心の助力も有り家庭や仕事を持つ隊員も多く、星々の庭園スターガーデンは30名にも及ばない小さな組織になっていた。

 そして、5年の歳月が過ぎた頃、一通の手紙から再び組織が活動を開始することになる。

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