第16話 講堂にて

 夕刻……


「館内に居る星々の庭園スターガーデンの従者たちよ、暮れ六つ前に講堂へ集合せよ。繰り返す、暮れ六つ前に講堂へ集合せよ」


 寄宿舎館内に放送されざわめく数人の隊員。

 多くは他の藩で諜報活動をしているため寄宿舎の中は20人も満たない。


「暮れ六つ、まだ少しあるな」


「私達は先に行きましょう」


「ああ、ゾディアックとして皆を待たせるわけにはいかないからね」


(何の集会……もしかして、アリエス様が皆を連れて修行に? それではまた出し抜かれてしまう! くっ、この情報収集能力の差だけは何ともなりませんの!?)


 ヴァルゴは誰よりもプライドが高い少女である。

 それが仕えるべき美心の孫だとしても対抗心を燃やさずにはいられなかった。

 何せ相手は3歳年下で世の殆どを手に入れ温々と育ち世の中の厳しさを知らない子ども。

 自分の置かれた境遇と比べてしまうと嫉妬を覚えずにはいられなかったのである。


「ヴァルゴ、行くよ」


「え? ええ、分かりましたわ」


 講堂に行くとすでにアリエスが居た。

 ブラインドの向こう側には人の影、それが美心だとすぐに感づく。


「あら、まだ集合時間より早いのに来たの?」


「ええ、私達もゾディアックに選ばれた者ですから……」


 アリエスは一瞬、何のことか分からなかったがすぐに理解した。


(ゾディアックに選ばれた……ふぅん……って、ええっ! ゾディアック!? まさか、お婆ちゃん12星座のメンバーが全員揃っていないことに不満を持ってシリウス達を抜擢した!? でも、確かにそうね。候補と成り得る者なんて他に目処が立っていなかったし……マスターを太陽になぞらえて周囲に12人の英雄を配置する。もちろん、リーダーは初めの星座のアリエスである私……良い! こういう仲間が多くて一つのことに取り組むイベントなんて最高じゃない!)


「ふふっ、これからもマスターのために期待しているわ」


 アリエスの声にレオは感慨深いものを覚える。


(アリエス様に期待された!? 拙者はなんて幸せ者なんだ! 神の孫であらせらるアリエス様はまさに現人神そのもの! マスターだけでなくアリエス様にも期待されているなんて……これは絶対に失敗できぬぞ!)


 逆にヴァルゴの心には黒い感情が渦巻く。


(何が期待しているよ。今の妾はアリエス様と同じゾディアック。それも女神であらせられるマスター直々に任命されるほどの実力者。どのような任務を皆に与えるつもりか先に聞いてスコーピオン達と独立行動させてもらうのも有りですわね)


「アリエス様、この集会ではどのような内容を?」


「ふふっ、それはマスターのお言葉次第ね」


(自分以外のゾディアックと情報共有するつもりもないと? なんて傲慢な……いいえ、落ち着くのよ妾。このような感情を表に出すのは良くない。何も気負う必要はない。女神様に褒めていただける結果さえ出せばいいのよ)


 そして暮れ六つ刻。

 現在、京の都に居る隊員達が呼び集められる。


「皆の衆、昨夜はご苦労であった。結果は見事としか言うことができぬほどの優秀さだ」


「ああっ、マスター!」


「優秀だなんて、そんな……」


 数名の隊員は美心の初めの言葉だけで涙腺が崩壊し涙する。

 続けて美心が話を続ける。


「だが、分かったであろう。悪魔の醜さやその恐ろしさを……これで心が折れた者も居るだろう。お前たちは我の大切な家族だ。希望する者には後方支援を任せたい」


(マスター、我々のことを気遣ってそのような案を……)


(ううっ、確かに怖かった。ゾン兵衛という化け物、見た目も力も私達の比じゃなかった)


(後方支援も大切な仕事よね。うん、だったら……)


 隊員が美心の優しい言葉に惚れ惚れしているが美心の考えは違っている。

 ただ、自分の出番が増えるようにしたかったのだ。

 アリエスの設定を崩さぬように気遣いつつ、美心自身も前線に出られるように仕向けているだけである。

 その話を聞いてアリエスは声を発する。


「希望者は挙手しなさい」


 誰一人として手を上げる者はいない。

 日本人ならではの同調圧力がここで働いているのである。

 

(挙手すれば逃げたと思われる……そんなのは嫌だ!)


(うう、後方支援に行きたかったのに)


(こんなの恥の炙りさらしではないか……アリエス様、どうしてそのようなことを)


(これは……うん、そうに違いない! 戦う気力が失せた者は捨てていくという事前通達なんだわ)


 いつも通り一部の者は勝手な解釈をしているが……。

 美心にとって同調圧力などあまり感じたことがない。

 そのため、アリエスの発言で誰も手を挙げなかったことにがっかりするのだった。


(なんだよ、みんな。昨晩はあんなに怖がっていたのに……まさか、比奈乃のために演出していただけか!? くそぅ、こうなると俺の出番を増やすために取る行動は……)


「少し良いですか?」


 ヴァルゴが美心に問いかける。


「うむ」


「アリエス様、後方支援の希望者は妾が後ほど個々に聞いておきます。今すぐに決断せよというのは皆にとって酷でしょう」


「えっ……ええ、お願いするわ」


 ヴァルゴは勝手に上がってくる口角を踏ん張って耐える。

 アリエスに意見できたのが嬉しくてたまらなかったのだ。


(遂に言ってやれた! うふっ、同等の権力を持つゾディアックならこの程度のことは許される。これでゆっくりとでいいからアリエスを引きずり下ろして女神様の横には常に妾が……きゃ――! 最高ですわ、最高ですわ、最高ですわぁぁぁ!)


(なんだ? ヴァルゴのやつニヤニヤして……)


 あまりの嬉しさに最終的には口角が上がってしまっているのに気付かないでいた。


「そうだったわ、ここで新たなゾディアックを紹介しないとね。5人は前へ」


 スコーピオン達が隊員の前に立ち改めて決意を述べる。

 そして、最後にアリエスから意外な言葉が発せられる。


「残るゾディアックはサジタリウス・カプリコーン・アクエリアス・ピスケスの4名よ。今後の評価で上位の者にはその席を与えられるわ。みんな、頑張ってね!」


 隊員達が一斉に意気込む。

 

「一つご質問がありんす」


「カペラ、何?」


「ゾディアックに選ばれるとどのような特権が与えられるでありんす? マスターのために任務を遂行するのは普通の隊員もゾディアックもどちらも変わらないでありんす。ゾディアックが小隊長や大隊長より上の階級ならば、その責任はより重荷になるだけでありんす」


(なるほど、カペラの言うことにも一理ある。責任だけ押し付けられる役なんて嫌だもんな。俺も転生前は平社員の方が楽だったし。でも、たかがごっこ遊びでそこまで考えるのって重くないか?)


(まずい、お婆ちゃん。このままではゾディアックの意味がなくなっちゃう)

 

 もとからあってないようなものである。

 所詮はごっこ遊びから始まった組織に過ぎず、中身はスカスカなのであった。

 何も言わない美心に変わりアリエスが口を開く。


「ふふん、なるほど。良い指摘ね、カペラ。ゾディアックはマスターにどんな望みでも叶えてもらえる権利があるのよ」


 ざわざわざわ


 周囲がどよめく。

 

(そ、それってお義母様に甘えられる時間がもっといただける!?)


(ほぅ、それなら僕は菩薩様から直々にその叡智を伝授していただきたいね)


(マスターの体術は素晴らしかった。拙者を弟子として鍛えてはいただけぬだろうか)


(女神様と同室で過ごすなんて望みも叶うの?)


 再びカペラが言葉を発する。


「どんな望みもでありんすか?」


「ええ、何でもいいわよ」


「マスターのご負担が大きくなるのでは?」


 スコーピオン達と違い、その他の隊員は昨晩美心が芹沢鳩と戦っていたことを知らない。

 そのため、まだ心優しい義母だとしか認識していない。


(マスターからどんな望みも叶えてもらえる? ……それって神撰組の沖田様との縁談も用意していただけたりする? いや、待って。沖田様も良いけれど斎堂様も捨てがたい……いっそのこと隊士全員を相手に逆ハーレムなんてことも……きゃーきゃーきゃー、なんてことを考えているの自分!)


 デネブだけは相変わらずだが神撰組の隊士が人気があるのは世間では常識であった。

 今で言うところの男性アイドルグループのような役割りも負っており、各種グッズは幕府に大きな利益を与えていた。

 

「マスター、アリエス様の仰られることは……」


「ああ、そうだな。我に出来ることなら何でも叶えてやろう」


 特に美心は深く考えていなかった。

 所詮はごっこ遊びの中の出来事、娘である隊員達には今までにも十分な愛情を書けて育てている。

 いつもと変わりないと油断していたのだ。

 だが、隊員たちはごっこ遊びであることを知らない。

 ここで本気に願いを叶えてもらうための席の奪い合いが起こるのであった。


(絶対にゾディアックに成り上がってやる! お義母様の本当の娘になるために!)


(春夏秋冬財閥の社員にさえなれれば一生安泰! そのためにもゾディアックの座を!)


(神撰組との縁談のために自分も頑張るんだ!)


 そして、その知らせは瞬く間に全国各地で諜報活動をしている隊員たちにも伝わっていくのであった。


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