第15話 寄宿舎にて

 翌朝、下鴨神社の楼門前には多くの人が集まっていた。


「おい、昨晩のあの光を見たか?」


「ああ、月から降ってくる光……一体何でってんでぃ」


「ほらほら、捜査の邪魔だ。帰った帰った!」


「ちっ、奉行所の奴ら。俺たちにまた隠し事かよ」


 ぼやきながらも散っていく町人達。

 そして場所は言社に変わる。


「こりゃあ凄い……底が見えねえな」


 美心の陰陽術で人1人分ほどの穴が言社近くに出来ていた。

 だが、その穴以外に大破した社屋を除けば全てスコーピオン達によって隠滅されている。


「一体何だったんですかね? 近所の町人によると夜更けに一筋の光柱が月から伸びていたと……」


「ああ、それ以外に目ぼしい情報は?」


(昨晩は珍しく連続で続いていた殺人が起こらなかった。この穴と何か関係しているのか?)


「屋本さん、宮司さんが何処にも見当たらないくらいですね。これほど壊されているのに宮司さんが気付かないわけありませんし……」


(いや、連続殺人は続いているか。今回の被害者はここの宮司。今までは隠そうとしなかった遺体を今回に限って隠した? ……まさか、この穴の底に!?)


「この穴はまだ捜査していないんだろ?」


「ええ、かなりの深度があるようで迂闊に潜れないようですね」


「川本よ、春夏秋冬財閥の開発した式神泥音ドローンとかいうのは?」


「それが使用するには財閥の許可が必要で今、使いを出しています」


「ちっ、相変わらず裏で何をやっているのか分からん連中だな」


 幕府と内密関係にある美心のことは京都守護職の中では極秘事項である。

 そのため、奉行所の岡っ引きでは世間の評判より少し多い程度しか情報を知り得ない。


「あそこの総裁ってかなりの陰陽術実力者なんですよね。一度、お目にかかりたいものです」


「あの婆さんか。若い頃の姿はスゲェ美人ってのは知っているが、それ以外はほとんど謎なんだよな。どでかい商人に成り上がったってのに情報がてんでねぇ」


 それもそのはず、美女は謎が多いほど魅力を増す。

 美心は転生前に聞いたことのある名言を実行していたのだ。

 その徹底ぶりは完璧だったため商人のしての成功と反比例するかのように彼女は謎に包まれた美女を演じることができた。


「小山さん、式神泥音の使用許可でました!」


 1人の同心がドローンを持って言社にやって来る。


「よし、穴の底まで下ろしてくれ」


 フワッ


 ドローンを同心が操作し穴の底へ向かっていく。

 それをモニターで見る小山奉行と川本与力。


「ん? 誰か居いますね」


「宮司の仏さんか? いや、違うな。どこかで見たことがあるぞ」


「あ、あの方って元神撰組の芹沢さんじゃ?」


 穴の底で倒れていたのは芹沢鳩だった。

 呪物を葬るのは陽属性の術のみである。

 そして、陽属性は人間やその他の生物に対しては回復効果を持つ。

 芹沢の肉体に宿った呪物だけが消え去り彼は生きていた。

 さらにスコーピオンシリウス等に切断された手指さえ美心の陰陽術で完治することができた。

 勿論、美心はそこまでの計算などしていない。

 呪物に対する弱点を知っているため陽属性の陰陽術を使っただけに過ぎなかった。


「う、うう……な、なんだ?」


「おおーい、大丈夫かぁ! 今、縄を降ろす。這い上がってこれるか?」


 体力も回復していたため縄をつたい穴から脱出する芹沢。


「元神撰組の芹沢鳩だな? 色々と話を聞きたいことがある。奉行所に来てもらえるか?」


「……ああ、分かったよ。俺だって何がなんだか混乱しているんだがな」


 そして、芹沢は救助され奉行所で聞き込みのため小山奉行と言社を後にした。

 話は変わり比奈乃はいつも通り学校へ行き、夜明けまで作業をしていたスコーピオン達は昼過ぎまで休んでいた。

 美心は当然ながら祇園でパパ渇中である。


「すぅすぅ……」


「なぁ、スコーピオンいつまで寝ているんだ。もうすぐ昼八つ刻だぞ」


「ふふっ、プロキ……レオプロキオン。昨晩の戦いで疲れているんだ。これから本格的に始まるであろう悪魔共との激闘のために休める時は休んでおいた方がいい」


 バンッ


 大慌てで扉を開け室内へ入るヴァルゴレグルス

 その手には一通の封筒が掴まれていた。


「大変ですわ!」


「何だい? ヴァルゴまで元気だね」


「皆さん、これを……」


 キャンサーリゲルのベッド上で封筒に入っていた手紙を広げるヴァルゴ。

 ちなみに寄宿舎は各部屋4人部屋で2段ベッドが2台と学習机が4卓置かれており、ライブラベガ以外のスコーピオン・キャンサー・レオ・ヴァルゴは同室である。


「これは……アリエス様からか!?」


「学校へ行く前に書いたものだと思いますわ」


「内容は何々……修行に行って悪魔に遭う?」


「修行?」


「そこで悪魔に?」


「ふふっ、そういうことか!」


 キャンサーはすぐに何かを閃いたようで自慢げに話を始める。


「アリエス様の最も恐ろしいところはその情報収集能力だ。僕達が何日もかけて得られなかった情報をすでに持っていた」


「でも、この文章だけでは情報が少なすぎてどこの修行場なのか分かりませんわよ」


「いいえ、分かるわ」


 スコーピオンが起き上がると共に3人に声をかける。


「やっとお目覚めか」


「それでスコーピオン、修行場がどこなのか分かるのかい?」


「叡智の書に書いてあった……修行場で敵に遭うのはあそこしかないわ!」


 もはや、この時点で手紙の指し示す場所と違っていた。


「叡智の書に!?」


「ああっ、デビルなんちゃらが現れたっていう修行場!」


「くすっ、キャンサーも思い出したようね」


「何処なんだ教えてくれ!」


「デビルというのは英語、日本語にすると悪魔というらしいわ」


「な、なんだって!? じゃぁ、あそこで確実じゃないか!」


「だから、何処なのですの!? 早く教えてくださいまし!」


「でも、スコーピオン。アリエス様の情報収集にしては次の敵地は簡単すぎやしないか? 叡智の書に書いている場所だと確信を得るには……」


「キャンサー、叡智の書は女神様が記したものよ。その情報はもはや予言に等しい」


「へっ……確かにな」


「なるほど……で、その場所は何処ですの?」


 溜めに溜めて中々、地名を言わないスコーピオンとキャンサー。

 

「ふっ……その場所はね……すまない、朧げにしか覚えていないんだ」


「はぁ、まったく。叡智の書くらい暗記しておきなさい。ギハナ高地という所よ」


「……え、何処?」


 レオとヴァルゴは名前すら聞いたことが無かったが問題はそこではない。

 

「地名が分かっても場所が何処か分からないと行けないだろ!?」


「ええ、問題はそこだけ。場所さえ分かれば私達だけでもいけます」


「スコーピオン、まさか!?」


「ゾディアックに選ばれた私達にすべきことは何?」


「マスターのために悪をこの世から消滅させること」


 レオの言葉に皆が深く頷く。


「昨晩はアリエス様とマスターが直々にお出になられた。でも、それではいけないのよ」


「それは妾も同意、ゾディアックに選ばれた以上は何か結果を残したいですわね」


 美心に初任務から続くポンコツぶりをすべて許されたとしても、それでは自身のプライドが許さない彼女達である。

 なまじ一般人より何段も実力がある故に失敗という言葉に対しては恐怖すら抱いていた。


「ま、確かに修行場というだけあって身体も鍛えられそうだしな」


「技術を磨きつつ悪魔を探すか……確かに効率的な場所だね」


「アリエス様が次にこの場を選んだのも私達を鍛えるためでしょう。マスターが許してくださっていてもアリエス様の内心では心底嫌気が差しているのかもしれないわ」


「それは由々しき事態ですわね」


「だから今からやるべきことはギハナ高地という地名を地図から探し出すことよ」


「ふふっ、良いね」


「ま、地名を探す程度なら簡単ですわね。ライブラベガを連れて参りますわ」


 そうして5人は図書室へ向かった。

 相変わらずやる気が斜め上に走ってしまう彼女達である。

 そもそも、アリエス比奈乃の手紙は今後の設定を記したメモであり友人のタウラスジェミニに見せるために書いたものであった。

 玄関から出る時、偶然落としてしまった封筒を秘書が収集ボックスに入れ、寄宿舎に送られてきたのをヴァルゴが見つけた。

 それもそのはずスターズ内で使用されている黒い封筒と手紙で宛名が書いていなかったため寄宿舎に戻されてきたためである。


「あれ? カバンに入ってない。どこかに落としたのかなぁ?」


「どないしたん、ヒナちゃん」


「今日ね、新しいイベントを思いついたから教えてあげようと思って……ま、いっか。えっとね、野球回が突然始まるのは名作なんだって。だから、野球っていうイベントを入れて……あっ、修行も必要だった」


「やきぅ? なんだ、それ?」


「分かんないけど面白くなるってお婆ちゃんの本に書いてあったんだ」


 手紙には他にもイベントが書かれていたがスコーピオン達は修行と悪魔という単語に強く惹かれたため他の内容はまだ深く読んでいなかった。

 そして、様々な文献でギハナ高地というものを探すが見つかることもなく時間だけがただ過ぎていく。



 




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