第14話 ボス戦にて(後編)
「ウガ……ガ……ヒトトセミコォォォ!」
大破した東本殿の瓦礫から芹沢が起き上がり再び美心に襲いかかる。
その姿を見て美心は酷く落ち込む。
(えええ――、俺と拳を交えた部分が跡形もなく消し飛んでいる。なんて脆い……まるで豆腐みたいじゃねぇか)
芹沢を吹き飛ばした右ストレートで彼の左腕から左肩にかけ消滅していた。
美心にとっては半分の力も出していない。
呪物との戦いは何度も経験があったため、その強さは多種多様に渡ることを美心は理解している。
だが、今回のように呪物を逆に取り込み人に戻った人在らざる者は見たことがない。
経験がないため今までの誰よりも強敵だろうと美心は期待に胸を膨らませてさえいたのだ。
だが、事実は違った。
芹沢は美心に対する憎しみが呪物の放つ呪いよりも高く取り込めたが、力は神撰組の隊士よりも若干強い程度である。
その現実を思い知った美心の瞳には涙が溢れてきていた。
(弱い……弱すぎる! 期待した俺が馬鹿だったのか! いいや、だって呪物を取り込んだんだぞ。そんなの見たこともない。絶対に強いと思ってもおかしくないだろ!なのに……酷い! 乙女の期待を裏切りやがって……チクショウ!)
「ヒトトセミコォォォォォォ! レップウ!」
ブワッ!
芹沢が陰陽術、烈風を放ち美心を上空に吹き飛ばす。
その高さは30メートルほどに達する威力である。
そして、追撃を与えようと再び芹沢が陰陽術を放つ。
「キエロ、ヒトトセミコ! ゴウカ!」
巨大な火球が美心に直撃する。
だが、美心にはまったく効いていない。
その火球の明かりに気が付いたシリウス達は後ろを振り返る。
「あれは陰陽術」
「炎か……いや、それにしては威力が桁違いだ」
「業火ですわね。第5境地に至る陰陽術ですわ」
「第5境地って権僧正の位じゃないか!」
「大丈夫よ、マスターは女神。神様相手に第5境地なんて大したことないわ。ほら、実際にあそこを見てみて」
シリウスが指をさす方向を皆が向く。
上空で激しく燃え上がる炎の中から出てきたのは美心。
「マスター……泣いている?」
「痛かったのかなぁ?」
「いいえ、違うわ。例え相手が鬼になろうと元は人間。マスターは御慈悲で生かしたいのよ。でも、在世しているとまた私達のように危険な目に遭う者が出てくる。存命か殺生かその中で葛藤していらっしゃるの」
「ああっ、なんて……なんて愛に満ち溢れた御方なのだ!」
シリウス達の瞳にはそのように写っている。
だが、実際には芹沢があまりに弱く期待を裏切られた悔しさで泣いているだけなのであった。
(この程度の陰陽術しか撃てないとか……呪物に対し謝れよ。こんなの期待した俺が馬鹿みたいじゃん……うっくぅぅぅ!)
「シネェェェ! ヒトトセミコォォォ!」
再び芹沢が上空から落下中の美心に追撃の陰陽術を放つ。
「ジンライ!」
バチィ!
激しい稲光が美心に直撃する。
並の人間ならば瞬時に炭化してしまうほどの威力だ。
しかし、美心はその電撃を身体に纏い浮遊する。
「ま、マスター……」
「宙に浮いている!?」
「ふふっ、神であるのだから当然でしょう」
「シリウス、どうして貴女が自慢げになっているんですの?」
真っ暗な京の夜を輝き照らす美心。
その姿はまさに女神そのものであった。
「ここに来て迅雷かよ……隙だらけの俺を殺れる絶好の機会だったろうが……もっと強い陰陽術を使わないのか?」
陰陽術を極めた者でも第4境地までで限界を迎える者が大半である。
簡単に言っているが第5境地の陰陽術は誰でも扱える術ではない。
権僧正という位に就けるほどの実力がなければ無理な陰陽術だ。
「ナンダトッ! ジンライヲマトッタ!? フザケタマネヲォォォ!」
美心の挑発に激昂し迅雷や業火を美心に向かって何度も放つ芹沢。
「マスターは何故抵抗しない? すべてをその身で受けているなんて」
「マスター痛そう……」
「あれほどの力を持っていらっしゃるのなら弾き返すことも容易いはず」
「いや、迅雷や業火を弾き返すとこの周辺は焼け野原になってしまう」
「ええ、最悪京の都が大火に包まれることになるでしょうね」
「では、マスターはそれを分かって敢えて我が身に受けているというのか!?」
「なんて……なんて慈愛に溢れた御方なのだ!」
相も変わらず大層な誤解をしているシリウス達。
美心にとっては避けたり弾いたりするまでも無いだけである。
(何度も何度も迅雷と業火しか撃たねぇ……と言うことはそれ以上の陰陽術は無いってことだ。何か切り札を持っていないかと暫く待ってやったって言うのによ……)
「止めだ、止め。芹沢さん、まだ人間でいるなら見過ごしてやる。今後一切、悪事を働くなよ」
そう言い放ち芹沢に背を向けゆっくりと去っていく。
「マスターはやはり鬼であろうと生かすことを選んだのですね」
「で……でも、良いのか!? 悪魔を退治しろと言ったのはマスターなんだぞ」
「プロキオン、言い過ぎよ。神のお考えが凡俗な人間である私達に分かるはずないでしょう」
「ああ、神の叡智の前に僕等人間はただ平伏すのみさ」
美心は非常にゆっくりと芹沢から離れていく。
そう、何かを待っているかのように。
そして、その時はすぐにやって来た。
「ヌォォォ、ヒトトセミコ! クタバレェェェ!」
バチッ!
再び迅雷が美心に牙を向け襲いかかる。
(んほぉぉぉ、キタ――! 敵に情けをかけ見逃してやるが相手は聞く耳を持たず俺に攻撃をしてくる展開! ここで俺のやるべきことはただ一つ! 悲しげな目で相手を見て圧倒的な力で消し去る!)
「この馬鹿者がぁぁぁ!」
パンッ!
美心が両手を合わせ合掌する。
その直後、月から一筋の光の柱が放たれ芹沢を飲み込む。
「バッ……」
ジュッ
芹沢は捨て台詞を吐く時間もなく蒸発してしまう。
「光の柱……あれはなんという陰陽術だ!?」
「し、知らない……」
「第9境地……いいえ、第11境地くらいはありそうな威力ね」
「第11境地って菩薩の領域……はっ!?」
「ええ、これではっきりしたわ。マスターは菩薩様なのよ!」
菩薩も神であることに変わりはない。
どちらにしろ美心を神格化しないと気が済まないシリウス達であった。
「悪魔は倒されたわ。皆、マスターの元へ戻りましょう」
シリウスの声に従い再び言社の方へ向かう。
道中、皆が月を見上げ呟く。
「月から地球へと伸びる一筋の光……なんて美しい」
「月に何かあるのかな?」
「神の国でもあるんじゃないか?」
「ええ、そうね。マスターは菩薩様でありながらかぐや姫でもあるのよ」
「そうか、それならあの美しさも納得だ!」
「現世に帰ってきたかぐや姫……それならマスターはいつか月に戻ってしまうの?」
ベガの何気ない一言に全員が言葉を飲む。
「そ、それは……」
「わちはやだよぉ……お義母様と離れるの……」
「先のことなんて関係ない! 私達はマスターにお仕えし悪をこの世から一掃するのよ!」
「ああ、マスターに宝石と同等の命の煌きをお見せするために殺るしかない!」
女神であり菩薩様でありかぐや姫であることにされた美心。
その設定の多さに後々、開いた口が塞がらない美心であった。
そして、場所は再び言社。
「マスター!」
シリウス達が手を振っていることに気付く美心。
上空から降りシリウス等に声をかける。
「お前たち無事だったか?」
ガバッ!
「わぁぁぁん、マスター!」
ベガが美心に抱きつく。
「こ、こらベガ! 女神様に触れるとはなんて罰当たりな!」
シリウスの叱責など聞こえていない美心はベガの頭を優しく撫でる。
「みんな、よく頑張ったな。ありがとう」
その言葉で全員の涙腺が崩壊する。
「おおお、神よ!」
「何のお役にも立てなかった私達に感謝の御言葉を……」
「ううっ、菩薩様……全く頑張れていない僕達に頑張ったと仰ってくださるのですね」
「ぐすっ、マスター……マスターぁぁぁ!」
レグルスやリゲルも美心に抱きつく。
その様子を見てシリウスもプロキオンも抱きつき、皆を包み込むように介抱する。
シリウス達はしっかりしているがこう見えてもまだ未成年である。
しかも皆が親に甘えることが出来なかったのを知っている美心は甘えてくる時はしっかりと甘やかすと心に決めていた。
(はぁ……腹減った)
だが、今回は心ここにあらずであった美心。
細胞活性化はエネルギー消費量が非常に多い。
空腹で今すぐにでも24時間営業の食堂に駆け込み腹いっぱいにご飯を頬張りたいので頭が一杯だった。
「お義母様……一つ聞いていいですか?」
「ん、何だ?」
(えぇぇ、腹減ってるから早く帰りたいんだが)
ベガが美心の胸から顔をのぞかせ言葉を発する。
「お義母様は女神様なのですか?」
その言葉を聞いて美心の脳内は一瞬『?』で埋め尽くされる。
(え? 女神って何のことだ?)
「こら、ベガ! マスターになんて失礼なことを!」
「そうだぞ! 菩薩様でなければあのような陰陽術を使えないだろ!」
(んんっ? 菩薩!?)
「そうですわ、かぐや姫であるマスターは月からやって来た女神様なのですわよ!」
(か……かぐや姫ぇぇぇ!? 女神で菩薩でかぐや姫? ま……まさか、それが比奈乃の作った設定だったのか!?)
足りない情報は自分の中で補ってしまうことがある。
そして、今回の出来事もシリウス達は比奈乃のごっこ遊びに了承して付き合ってくれていると信じて疑わない美心。
シリウスやリゲルの意味不明な単語の出所は今回のごっこ遊びの設定であると信じ込んでしまった。
それもそのはず、美心はすぐに空腹感が襲いかかり思考が停止してしまったためである。
そして、よく考えず適当に話を合わせて早く帰ろうと心に決める。
「ふふふ、よく分かったな。お前たち、その観察眼と洞察力気に入ったぞ。ゾディアックにぜひ必要だ。リゲル!」
「はっ!」
「お前にはキャンサーの座を渡す」
「えっ? ぼ、ぼぼぼぼ、僕がゾディアック!?」
「気に入らないか?」
「い、いぇ! 喜んでお受けいたします!」
「次にプロキオン」
「はっ!」
「お前の腕力は隊員の中でも随一だ。レオの座を渡す。これからも皆を守ってくれ」
「……はっ、承りました!」
「レグルス、君にはヴァルゴの座を譲り渡す」
「女神様……は、はいっ!」
「ベガ、最年少だがその内に秘められた力はこの中の誰よりも強い。ライブラの座を引き受けてくれるか?」
「う……」
美心の願いに思わず尻込みをするベガ。
「ベガ、引き受けなさい」
「は、はい。喜ん……で」
「最後にシリウス、500名近い隊員をいつもまとめてくれたその手腕は実に見事だ。ゾディアックのスコーピオン、頼めるか?」
「ま、マスター……失敗ばかりしていた私にそのような重責、本当に良いのでしょうか?」
「失敗などいつした? いつも完璧だったではないか?」
(完……璧ですって!? ……初めから全て知っていたとでも? はっ! そうだったのですね、マスター。すべてはマスターの手の上の出来事に過ぎなかった。私が鞍馬山であの男を生かした結果、悪魔を見つけられたのもマスターにとっては周知の事実。敵を欺くにはまず味方から……お義母様は初めからこの結果が見えていたんだ! 私達はマスターの手の平で泳ぐ存在で在り続ければそれで良いってことなんだわ!)
「はっ、ゾディアックスコーピオンとしてより一層ご尽力致します!」
美心は適当に彼女達をあしらうためにゾディアックの座に就かせたのだった。
その理由はただ一つ、信濃条に運転させ祇園へと繰り出し食事をするのに夜遅くに子どもを連れて行くのはご法度だからである。
「よしっ! では、最初の任務だ! ここの後片付けを任せたぞ」
その言葉を聞いてシリウス達はすぐに姿勢を正し美心の前に跪く。
「はっ、マスターの仰る通りに!」
美心はゆっくりと立ち上がり楼門前に止めてある式神車へと足を運ぶ。
(ふんふんふふーん、さぁって何を食べよっかなぁ。この時間じゃ新しい
その足取りは非常に軽く自分が何をしたのか考えもしていなかった。
本日のままごと、下鴨神社の修理費12億3000万、死者1名。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます