第13話 ボス戦にて(中編)

 言社の屋根から星々の庭園スターガーデンの一行が去るのを確認し、奥の西本殿に向かう美心。

 本来ならばボス戦はこれからなのだが比奈乃が満足し帰っていったので自分だけで渋々退治することにした。


(はぁ……俺の格好良い登場シーンとゾディアックの設定を崩さない良いアイデアも考えていたのに)


 ガコン


 下鴨神社の西本殿の扉を開け自分で考えた格好良いセリフを相手に向かって放つ。


「よぉ、こんなところで高みの見物とは良い度胸じゃないか」


「……ヒ……ヒトトセミコォォォ!」


 暗闇から姿を現す怪物。

 体格は人間の2倍ほどあり左肩が異様に飛び出し呪物である若女の能面が一体化していた。


「おほほほ、芹沢鳩。狙いの餌が釣れたようです。これで契約は完了。残りの身体いただいても?」


「おや、暗くてよく見えなんだが神撰組の暴れん坊、芹沢さんじゃねぇか? ここ1年ほど隊舎に居るところを見なくて心配してたんだぜ」


「キ……キサマがあらぬ話を権藤に吹き込んだからだろうがぁぁぁ!」


「おほほほ、この人間。隊から捨てられたのを貴女の仕業だと思い込んでいるのですよ」


「へっ? 俺は何もしちゃいねぇが……」


 お互いがお互いを誤解している状況だった。

 芹沢が訓練中の事故で仲間を死に至らしめてしまったのは事実である。

 それを目撃していた美心が現在の局長である権藤勇に仲間殺しの犯人は芹沢だと言い除隊をさせられたと思っている。

 だが、実際には違っていた。

 美心は新設されたばかりの神撰組に深い興味を抱いており、自分も入隊できないか、どうすれば組長になれるか彼らを深く観察していただけにすぎない。

 権藤と話していたのも神撰組に入れてくれと懇願していただけなのである。

 そこまで執着するのは彼女が重度の厨二病であるためだ。

 神撰組として活躍し維新志士を問答無用で楽しく惨殺できる設定など日本でしか味わえない。

 池田屋にで格好良く乗り込み維新志士を楽しく斬ることや、夜道で火をつけようとしている長州藩の者を問答無用で正義の名のもとに楽しく退治する、もと60歳のオジサンならば夢見た光景がそこにはあると思い込んでいたのだ。


「ヒトトセミコォォォ、許せぬ! 許せぬ! 許せぬぅぅぅ!」


「おほほほ、お身体をいただきます」


 ボゴッボゴゴ……


 芹沢の頭部が左肩から生えている肉に飲み込まれていく。

 呪物に喰われるとは身体を奪われることである。

 第一形態は体の一部と同化し、第二形態では呪いを全身に行き渡らせ巨体化、第三形態は最終形態であり異形の化け物と変貌を遂げるのである。


(んほぉぉぉ、幕府からはまだ第一形態だと聞いていたが第三形態の進化前まで喰っていやがったか。こりゃ良い、久しぶりに暴れてぇところだったんだ)


「おほほほ、数百年ぶりの第六天魔王として現世に蘇ってみせようぞ」


(ま……魔王だとっ!? こんな雑魚が魔王を語るつもりか!?)


「おほほほ……ほぐっ……ぐえっ!」


 ピシッ……


 突如、能面に一筋の亀裂が入る。


「おほ……おほほ……芹沢……なんて復讐心……呪いさえも……凌ぐなんて……ぎやぁぁぁ!」


 パリィィィン!


 能面が割れ余分な肉も崩れ落ちていく。

 そして芹沢鳩が再び現れる。


「ヒトトセミコォォォ!」


 その光景を見た美心に激震が走る。


(呪物を逆に取り込んだ!? こ……これは今までにない展開! はっ、そうか! 転生前の史実によると芹沢鴨は狼藉を繰り返し暗殺されたという。こっちの世界ではヴィラン化して神撰組に倒される筋書きか……くくく、こりゃ面白い! だったら、俺が神撰組隊士の役になってこいつを倒せば……最高だ! なんて素晴らしい展開なのだ! おっと、こんな着物じゃ駄目だ。だんだら模様の羽織……そうだ、さっきの隊士のゾンビ共が着ていたよな)


 芹沢に背を向け言社前に戻ろうとする美心。

 当然、復讐鬼と化した芹沢は美心を逃そうとはしない。


「ニゲルカァァ! ヒトトセミコォォォ!」


 そんな言葉を放つも美心には届かない。

 自分がしたいことを最優先にする彼女にとって芹沢は後回しとなっていた。

 今は羽織を着て神撰組隊士にコスプレすることで頭が一杯なのである。

 だが、言社前に来て美心は愕然とした。


「は……羽織が全部木端微塵になってやがる。だ、誰だぁぁあ! こんな酷いことをしやがったのはぁぁぁ!」


 一つのことに熱中するとその他のことを忘れてしまうのが美心の悪い癖である。

 だんだら模様の羽織を来て隊士のコスプレが出来ない美心は次なる手を模索する。

 

「ココデオワリニシテヤル! ヒトトセミコォォォ!」


 後を追ってきた芹沢が懐から鉄扇を取り出し美心に攻撃を仕掛ける。


 ドゴッ!

 ポタッポタッポタッ……


 美心の額から血が流れ出る。

 だが、美心は攻撃されたことさえ関心はなかった。


(神撰組のコスプレができねぇ! だったら何にコスプレしたらいいんだぁぁぁ!)


 芹沢を倒すという目的を完全にそっちのけにして、まずは自分が何の役になればいいのか迷っていた。

 一方その頃、下鴨神社の楼門前まで戻ってきた星々の庭園スターガーデン一行は一台の式神車とその横に立っている信濃条に気付く。


「あれれ、どうして信濃条がここに居るの?」


「おお、比奈乃様とそのご友人にスターズたちまで……」


「信濃条さん、スターズという組織名は改名し星々の庭園スターガーデンへと変わりました。そして、こちらにおりますのは我らがゾディアックの方々です。今後、お間違いの無きようお願い致しますわ」


 レグルスが信濃条に説明をする。

 紳士な信濃条はこれが比奈乃のごっこ遊び遊びだとすぐに気付き頭を下げる。


「これはこれは……ぞであ……」


「ゾディアックよ。それより信濃条さん、もしかしてマスターが来ているの?」


「ええ、宮司様と何やら会われるようで……」


 信濃条の言葉を聞いたシリウスたちは驚愕する。


(宮司様と会われる? そうか、この灯籠の明かりの件でお礼でも伝えに……ああ、しまった! 宮司様はゾン兵衛に首を噛み千切られ亡くなっている。あの惨劇の場を片付けていなかったわ!)


(なんてことだ、遺体を処理しておくのを忘れていた。きっとお優しいマスターは宮司様の遺体を前に泣き崩れていらっしゃるところだろう)


(今から急いで戻りマスターのお手伝いをすればアリエス様に逆に助けられたことを咎められずに済むかも……って、なんて愚かな考えをしているのよ妾は!)


 様々な思考がシリウス等の中で錯綜する。

 だが、最終的に至る思いは唯一つ。


「アリエス様、先にお戻り下さい。私はマスターを追いかけます」


「ふふっ、マスターは僕たちの大切なお義母様だからね。このような暗い夜道を1人で歩かせておくには危険だ」


「怖いけどわちも行きます……」


「マスターを心配する心は皆同じ。拙者も参るぞ」


「妾も参らせていただきますわ」


 その言葉を聞いてアリエスは悟った。


(はっはーん、いつも誰かが遊んだものを片付けてくれていたけどシリウス達だったのね。もぅ、あたしにバレないように言い訳なんかして。でも、ごっこ遊びがまだ終わっていないと役に入り続けるのは良いことだわ)


「ありがとう、マスターをよろしくね」


「うちらが乗ってきた中型式神車は2台やし任せてもええやろ」


「では私達はお先に失礼する」


「はっ、タウラス様・ジェミニ様」


「貴女たちはゾディアックの方々を護衛するため一緒に帰りなさい」


「はっ!」


 デネブ等残りの隊員と共に車に乗り帰路に着くアリエス達。

 そしてシリウス・リゲル・ベガ・プロキオン・レグルスの5名は再び言社へ向かう。


 ドゴッ!

 バキッ!

 ズドッ……


「何の音?」


「何かを叩いているような打撃音だね」


「うぅぅ、やっぱり怖い」


「ほら、ベガ。しっかりしなさいまし」


 シリウス達はまだ何も知らない。

 そして、当然ながら美心も誰かが戻ってきていることなど知る由もなかった。


(どういう設定にすれば良い? 神撰組以外が芹沢を倒すなんて駄目だ! 史実と違うから格好悪すぎる。くそぅ、どうすれば良いんだぁぁぁ!)


 芹沢の容赦ない攻撃をまともに受け続けすでに血みどろの状態だが、美心の頭の中ではどのような展開で芹沢を倒すのが格好良いか模索しており現状などまるで理解していない。

 そして……。


「なっ!?」


「いやぁぁぁ、マスターァァァ!」


「あ、あいつ! 鞍馬山の!?」


 言社に到着したシリウスたちは後悔と絶望に叩きつけられる。

 地面に両膝を付け下を向き続ける美心に無常にも鉄扇で攻撃を与え続ける芹沢。

 

(なんてこと……私が慈悲を与え生かした結果がこんなことになってしまうなんて!)


(天誅が甘かったんだ! 刀を持てないようにしても鉄扇のような小さな武器なら扱える!)


(あの野武士を止めなければ……大丈夫、あいつは弱い。拙者たちが背後から近付いたことにさえ気付いていなかったからな)


(シリウス、この責任どう取るおつもり? いいえ、今はそのようなことを考えている場合ではありませんわね)


 シリウス達が互いを見て頷く。

 そして、一斉に芹沢へ攻撃を仕掛ける。


「よくもマスターをぉぉぉ!」


「てぇぇぇい!」


「どりゃぁぁぁ!」


「ムッ!? ジャマヲスルナァァァ!」


 ブンッ!


「きゃぁ!」


「ぐはっ!」


「きゅん!」


「ぶごっ!」


「いやっ!」


 芹沢が連系で襲い来るシリウス達を次々を振り飛ばし地に叩きつけていく。

 本来、鉄扇術とは護衛術の一種であり相手の攻撃を捌くことに重点を置かれている。

 達人級の芹沢が鬼人と化した今ではシリウス達は羽虫を払うことと同等であった。

 

「つ……強い」


「以前は油断していただけのようだね」


 地面に強打されたことで上手く立ち上がれないシリウス達。

 5人にはまるで興味が無いようで美心に近付き再び攻撃を加えようとする芹沢。

 

「ま……マスターァァァ!」


「わぁぁぁん! マスターが死んじゃうよぉぉぉ!」


「お願い! 妾達が何でもするからマスターだけは見逃して挙げて!」


「ヒトトセミコォォォ、往ねぇぇぇぇ!」


 ドゴッ!


「いやぁぁぁぁ!」


 ポトッポトッ……


「ま……マスター?」


「わ、笑っている!?」


 下を向いたまま不敵な笑みを浮かべる美心を見てリゲルは最悪の状況を思い浮かべる。


「いや、あれは脳に障害を負ったんだ! 表情筋に多大な支障をきたしたのかも」


「そ、そんな……」


「マスターはお年だ。そんな中で脳にダメージを負ったのなら……」


「う、うわぁぁぁぁん!」


 実際には違う。

 美心は出血こそしているがダメージはまったくない。


「き、貴様ぁぁぁ!」


「ヒトトセミコ……コヤツラモスグニオクッテヤル。マズハオマエダ!」


 ブンッ!


 立ち上がれないシリウスに向けて鉄扇を思い切り振り下ろす芹沢。


「シリウスぅぅぅ!」


 ガシッ!


「えっ?」


「ま……マスター?」


 芹沢の振り下ろす手を掴んだのは美心であった。

 美心が笑みを浮かべているのは最高の演出シーンが思い描かれたためだ。


(うっへへへ、シリウス達も芹沢も分かってるじゃん。モブらしく倒され、さらに俺のために最後まで芹沢に懇願する……だが、芹沢は聞く耳持たず俺に渾身の一撃を与える……その姿を見て絶望の淵で泣き崩れるシリウス達! さらにお前たちも後を追わせたやると決まり文句を放ちシリウス達にも牙を向ける芹沢! しかぁし! シリウス達の危険な状況を遠のく意識の中で見て自分はまだ死ねないと最後の力を振り絞り立ち上がる俺! んほぉぉぉ、最高だ! なんて格好良い展開なんだ! よし、ここはさらに奇跡的な力に目覚める設定も追加するともっと良い!)


 拾った娘たちの情操教育に悪いことばかりしている自覚がない美心であった。

 設定が定まったことで今後の取る行動を演出する。


「俺の……愛する……娘達に……手を出すなぁぁぁ!」


 ゴキッ!


 芹沢の掴んだ腕をいとも簡単にへし折る美心。


「ウガァァァ!」


「愛する娘達って……ああっ、マスター!」


「自らが今にも果てそうな状態で拙者等のために……」


「だが、マスターは戦う力など無いはず」


「ええ、愛に満ち溢れたお義母様は決して強くない。自らの弱さを思い知り同じ目に遭ってほしくないと私達に戦闘訓練を施してくださったのよ」


「そのはずなのに……これは?」


「これはマズイぞ! 叡智の書で読んだことがある。人は生涯の中で10%ほどの脳しか使わないという。マスターは脳に多大なダメージが与えられたことでリミッターが外れたんだ」


「妾も知っていますわ。その話には続きがありましてよ。残り90%の脳が使えたとしても筋肉の繊維は崩壊し至るところから血が吹き出す。そうなると二度と立ち上がれなくなるって……」


「そんな……」


 シリウス達の妄想も相当なものである。

 そんなことなどお構い無しで設定通り動き出す美心。


「ヒトトセミコォォォ、マダタチアガルカァァ!」


「俺は怒ったぞ――!!! 芹沢ぁぁぁ!!!」


 ボッ!


 黄金のオーラを解き放ち肉体が若返っていく美心。

 勿論、怒ってなどまったくない。

 美心は考えた演出に沿ってそれっぽいことを言っているだけである。

 両者が同時に拳を突き出す。


 ドゴッ!

 ヒュゥゥゥ……ズガガガァァン!


 言社から東本殿にかけ吹き飛び激突したのは芹沢。

 重要文化財を大破してしまったことに美心は気付いていない。

 そして、その姿を見たシリウス達は喫驚した。


「マスター……」


「アレも脳のダメージで起こる現象か、リゲル?」


「そんなはずがあるかっ! 何なんだ、あれは……」


「でも、美しい……それでいてなんて神々しい」


 美心がシリウス達の元へ近付き言葉を発する。


「お前たちは今すぐここから離れるんだ。俺の理性が残っている内に!」


 またまたそれっぽいことを言っているだけである。


「えっ? マスター、それはどういう……」


「いいから早く!」


「行こう、シリウス。マスターに迷惑をかけたら駄目だ」


 美心の言うがままに言社から離れるシリウス達。

 誰一人として口には出さないが心の中では同じことを考えていた。

 無言で走り続ける中、ベガが先に口を開く。


「……お義母様はなれたんだ! 女神様に!」


 シリウス達は胸一杯の感動が押し寄せ不思議と涙が溢れてきていた。


「ええ、そうね。マスターは神!」


「ぐすっ、女神……マスターは神になられたのですね」


「あの黄金のオーラはそういうことだったのか……」


「神にお使え出来る僕達はなんて光栄なんだ!」


 シリウス達の敬愛心はより一層深まるのだった。

 


 


 


 



 




 








 




 

 

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