ボス戦にて(前編)

 丑の刻、下鴨神社の楼門前に星々の庭園スターガーデンの隊員が集まる。


「アリエス様、申し訳ございません。遠方で任務に付いている隊員はとても間に合わず……」


 ニヤニヤ


 相変わらず楽しみが最高潮に達し笑みが溢れるアリエス《比奈乃》は思う。


(隊員の数が多いとボス戦も迫力が無いのはシリウスも分かってるくせに。でも、多くの敵との合戦の時は皆集まるような設定じゃないと蝦夷地とか琉球に行っている隊員は絶対に間に合わないよね)


 シリウスは隊員の半数以上が離れている状態で悪魔退治を決行するとは夢にも思わないでいた。

 そのため比奈乃に再び失敗したところを見られ今度こそ呆れ見捨てられるのではないかと焦っていた。


「それでも12名ほど集まったのね。みんな、各藩での任務の最中にわざわざ来てくれてありがとう。そして、くれぐれも油断しないで」


「アリエス様……たとえどんな事があっても私達がお守りします!」


 アリエスの横にはタウラス《静》とジェミニ《巴》もいる。

 2人もこのイベントに関しては心を高鳴らせていた。

 悪魔など架空の存在、それをどうやって演出するのかお化け屋敷に入るような気分で浮かれていたのだ。


「悪魔ってどんなんやろ?」


「鞍馬山でマスターに救って頂いた恩義、今こそお返しし……なんてな、あっははは」


(2人も随分乗り気だし良かった。これからも突発イベントを増やして皆に喜んでもらうようにお婆ちゃんに言っておこっと♪)


 隊員たちにとっては現実に起きていることだと思いもしない比奈乃。

 これはごっこ遊びであると言うだけで良いのだが、リアリティに深く拘る彼女は自身の口からごっこ遊びであるという言葉を聞いただけでも冷めてしまうため言葉に出すことは絶対に無かった。

 

「灯籠は付いている。マスターが宮司に伝えてくださったのね」


「マスターのご期待に応えられるよう全力で行くわよ!」


「はっ!」 


 楼門を超え社殿域に踏み入る一行。

 灯籠の明かりだけでは届かない暗闇もいくつか存在していた。


「夜間にしか動き出さないのであれば、あの暗闇からこちらを見ている可能性も高そうだな」


 皆、固まって陣形を取りながら直進する。

 舞殿を超え中門が見えてきたその時。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


 悲痛な叫び声がさらに奥から聞こえてきた。


「えっ、誰?」


「悲鳴だと!?」


 隊員の表情が強張り同じ場所へ一斉に振り向く。

 その表情は恐怖に怯えていた。

 それもそのはず、平均年齢12歳前後の娘ばかりである。

 特に最も幼いベガはプロキオンの腕をギュッと抱きしめ身動きができないでいた。


「怖いよぉ……わぁぁぁん!」


「こら、ベガ。拙者の腕に抱きつくな。武器が振るえないでござる」


(なるほど、この奥に悪魔がいるのね。お婆ちゃんったら分かりやすく悲鳴を上げるエキストラまで雇っているなんて……ま、探す手間が省けるしイベントはこうでなくっちゃ)


(あはっ、ほんまにおもろそうやん。夜中に下宿先を抜け出してきて正解やったわ)


(友人とこのような体験をするのもたまには良いものだな)


 ゾディアックの3人は怖がること無く逆に期待で胸を膨らませていた。

 

 ニヤニヤ……

 クスッ……

 フフッ……


 3人の表情を見たシリウス達は愕然とする。


(アリエス様達が……笑って……いる!? なんて余裕……逆に私は……あまりにも情けすぎる!)


(悲鳴如きで恐れている妾達とは次元が違いますわ……これがゾディアックですのね!?)


(ふっ、僕たちもまだまだだね。アリエス様達の泰然とした態度を見てしまったら自分が情けなく感じてしまうではないか)


(ぶぇぇぇぇん、早く帰りたいよぉぉぉ)


「皆、怖気付いていては駄目よ! このまま一気に言社まで駆け抜けましょう!」


 ゾディアック3人が一斉に走り出し悲鳴の聞こえた方向へ向かう。

 隊員は恐怖を堪えながら必死に比奈乃達の後を付いていく。


(アリエス様だけじゃない。タウラス様もジェミニ様もまったく臆していらっしゃらないでござる……この御三方と比べると拙者等は虫けら程度の存在。なんて、なんて弱き存在でござるか! このお方たちと肩を並べて戦える日は来るのでござろうか!?)


「ちょっと、みんな待ち! あそこに何かおるで」


 突如、巴が声を発する。

 彼女の向いている方を見ると何者かがしゃがみ口で何かを頬張っている。


「だ、誰!?」


 その者が着ている羽織は浅葱色で袖に白い山形の模様があった。

 

「し……神撰組の隊士様?」


「うぅぅ……」


 ゆっくりとこちらに振り向く隊士。

 口の周りは赤く血で染まっており隣にあったのは宮司の遺体。


「ひっ!」


「ば……化け物!」


「宮司様を食べていたの!?」


「うわぁぁぁん、もう嫌ぁぁぁ!」


 隊員達はパニックに陥った。

 陣形も乱れ多くの者がその場から逃げ出そうとする。


 ガシッ!


「ひぇ!」


 1人の隊員の足首を何者かが掴む。


「うぅぅ……」


 ボコッボコボコ


 苦しそうな声を上げながら次々と隊士の動く屍がゆっくりと地面の中から出てくる。

 

「化け物が地面から這い出てきた!?」


「な……何なの、どうして隊士様が」


 怯え慄く隊員たちを前に比奈乃だけは眼が喜びに輝いていた。


(お婆ちゃん、凄い! まさかエキストラに神撰組隊士まで使うなんて! それも5人も! これはもうボスキャラで決まりね! 内臓が飛び出ていたり目玉が無くなっていたりする隊士はきっと特殊メイクというやつなんだわ!)


「皆、臆しては駄目! こいつらは悪魔ゾン兵衛! 叡智の書に書かれていた悪魔だわ!」


「マスターの叡智の書に!?」


「ゾン兵衛……なんて悍ましい名前なんだ!」


 実際にはゾンビである。

 美心の書いた設定資料集の中には異世界でいるべきモンスターも記してある。

 その中には雑魚敵代表格のスライムやゴブリン・ゾンビなども書いていた。

 比奈乃はただモンスターの名前をしっかりと記憶していなかっただけなのだ。


「に……く……うま……」


 5体のゾンビが隊員に襲いかかる。

 アリエスの呼びかけに我を取り戻し陣形をしっかりと組む辺りは戦闘訓練の賜物であった。

 

(にく? ……まさか、自分の肉を狙っているの!? ま、まさか……自分もこの隊士様たちにアンナコトやコンナコトをされてしまう!?)


 このような状況でもデネブだけはイケナイ妄想が膨らんでしまっていた。

 彼女は出動前の自由時間に薄い本を何冊も読んでいたため、任務中もずっと悶々としていたのである。


「デネブ、油断するでないぞ! 私達の肉もあの宮司のように……」


「や、やだっ……なんて卑猥な! 何人もの隊士様たちにマワされるなんて卑猥すぎる!」


「回す?」


「……タウラス様、デネブのことは放っておいて下さい。この子はこういう子なんです」


 10歳の静にはまだ早い中身のようでデネブの言う事が理解できないのは当然であった。

 ゆっくりとだがジリジリと距離を詰められる比奈乃達。

 先に仕掛けたのはプロキオンであった。

 彼女の扱う武器は大剣。

 隊員の中で最も筋肉質で体格の大きい彼女にお似合いの武器である。


「でりゃぁぁぁ!」


 ズドォォォン!


 大剣をゾンビの頭部に叩き付ける。

 だが、生前は過激な訓練で鍛えた隊士の身体だけあり、その一撃は対して効果が無かった。


「うぅぅ……に……く……」


「ば、馬鹿な……脳震盪を起こしても可笑しくはないぞ!?」


「プロキオン、ゾン兵衛は動く死体だ! 脳震盪なんて起こらないよ!」


 叡智の書を熟読しているリゲルがその言葉とともに得意の弓でゾンビの頭部を矢で射る。

 それでも倒れず着実に接近してくるゾンビ達。


「脳から送られる電気信号さえ遮断すれば停止すると思ったのに!」


「悪魔は人外の存在よ。人間の構造と同じように考えてはいけないようね、リゲル」


「そ、そんな……常識が通用しないなんて」


 プロキオンもリゲルも絶望に打ちひしがれる。

 その状況を周囲の隊員も知り、再び理性で耐えていた恐怖が呼び起こされる。


「か、勝てない……こんなの無理よ!」


「悪魔なんてとても相手に出来ない……」


「もうヤダァァァ!」


「肉……はぁはぁはぁ、自分の肉があの化け物たちに侵され……」


 1人だけ別の恐怖に恐怖しているがそれは放っておきゾディアックの3名がゾンビ達の前に出る。


「アリエス様、危険です!」


「もう逃げましょう!」


 ニヤニヤ

 クスッ

 フフッ

 

 当然ながら比奈乃達3名はこれがヤラセだと思い込んでいる。

 その余裕から来る姿を見てシリウス達は衝撃を受けた。


(こんな状況でもまだ笑っていられるほどの余裕……アリエス様は私達より戦闘力に関しては脆いはずなのに)


(マズい、アリエス様に万が一の事があれば僕たちはマスターに顔向けできない!)


「さぁ、どうやって料理してやろか?」


「ふむ、神撰組の隊士様方とは一度刀を交えたかったところだ」


(タウラス様、ジェミニ様、なんて心強いお言葉……あの方々ならアリエス様を十分に守ってくださる!?)


 シリウス達に一筋の光明が見えた途端のことだった。


「ふふん、タウラスとジェミニは後ろに下がってなさい! あたしだけで十分よ!」


(アリエス様ぁ!?)


(1人で5体の化け物を……あまりにも無謀すぎる!)


(まさか、さっきの自信は自分を鼓舞するために!?)


(見抜けなかった私達の責任だ……でも、この身を挺してでもゾディアックの御三方だけは!)


「アリエス様ぁ!」


「うぅ……うがぁぁぁ!」


 アリエスに襲いかかる1体のゾンビ。


(シリウスたちは良い演技をしてくれたわ。あたしが目立てるように自分たちをヤラれ役に徹してくれたし。でも、静ちゃんと巴ちゃんはまだまだね。主人公のあたしに出番が回って来たんだから今回は譲ってくれないと……ま、あたしの言葉で悟ってくれたから別に良いけど)


 自分が如何に格好良くボスを倒せるか考えながら適当に日本刀を振り回すアリエス。

 そして……。


 ズシャッ!


「へっ?」


 真っ先に襲いかかるゾンビが粉微塵になる。


「えいっ、えいっ、えいっ!」


 無我夢中で刀を振り回し続けるアリエス。


 バシュッ!

 ボトボトボト……


 次々とゾンビ達がただの肉片に変貌を遂げていく。


(な、なんて斬撃だ……1間〈約2m〉程の距離がある相手を粉々にするなんて)


(アリエス様、いつの間にあのような剣術を……)


(妾はなんて誤解を……)


(斬撃を飛ばすって……そのようなこと可能なのか!? いや、だけど実際に目の前で起こっている。起こっていることは真実として受け止めなければいけない)


 隊員たちは見たことも無いアリエスの剣さばきに見とれ言葉を失ってしまう。

 だが、事実は異なっていた。

 アリエスの戦闘技術は学校では優秀であっても隊員たちの戦闘技術の前では下の下である。

 さらにその隊員達でも敵わないゾンビを前にアリエスは無力な存在であることは確実である。

 しかし、このような危険な相手を前に美心が放っているはずが無い。

 そもそも下鴨神社に悪魔がいると言い比奈乃に提案をしたのは美心である。

 ここで格好良く登場し新たなゾディアックとして名乗り出たいところを我慢して比奈乃に主役級の座を譲ることに専念していた。

 その方法は比奈乃や隊員たちの目にも止まらぬ速さで移動しゾンビを手刀で粉砕するというものである。


(そんな生々しい傷跡や臓器を俺の可愛い孫や娘たちに見せてんじゃねぇぇぇ! 病んじまったらどうすんだ! 情操教育に良くないだろ!)


 この状況を作ったのは美心なのだが彼女は反省など当然していない。


(はっはーん? これもお婆ちゃんが考えた設定なんだわ。あたしが刀を振るのが合図となってエキストラの人が目にも見えない速さで血糊を出して粉々になる。うんうん、こんな難しいこと隊士じゃなきゃ無理よね)

 

「えいっ! やあっ! とおっ!」


「……にく……うぼぉぉぉ!」


 ボシュッ!


 最後の1体も肉塊となり果て、その場にいた全員が歓喜に包まれる。


「や、やった……」


「今夜はみんなありがとう。とても頼もしかったわ」


「アリエス様……すべてはアリエス様の手柄です!」


「あ、あああ……こんな私達でもお役に立てたのですね!」


「びぇぇぇん、やったよぉぉぉ!」


 比奈乃の優しい微笑みに感嘆する者がいる中、任務を達成出来たものの役に立てていなかったと絶望する者もいた。


「悪魔をアリエス様がたった一人で倒した」


「妾は何も出来なかったですわ。くっ、マスター……」


「私達は役立たず……もうお終いよ。マスターに見捨てられてしまう」


「さぁ、帰るで。いやぁ、おもろかったやん」


「タウラスとジェミニもありがと」


「こちらこそ中々楽しめたよ」


 アリエスを先頭に下鴨神社を後にする隊員達。

 だが彼女達は真のボスキャラがこの奥にいることさえ気付いてはいなかった。

 そう、神撰組隊士をゾンビへと変えた者の存在を。




  





 


 




 

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