情報収集
星々の
身売り商人の周辺を調べる隠密部隊は組織内部に未だ入り込めず難航している。
この間、隊員たちは全国展開し512名いるうちの半数以上は各藩へと散りチンピラの排除をノルマとしながら悪魔と契約した者の捜索に当たっていた。
そして、幕府の警察的組織である町奉行では混乱を極めていた。
それはここ京の都でも同様である。
「くそっ、また殺人か! この3ヶ月、立て続けに起こっていやがる!」
「この地区だけですでに92名、1日1殺……何者かの犯行だと思うが人手が足りない」
「なぜ、壬生狼は動かぬのだ?」
「上が色々と掛け合っているよ。上には上の事情があるんだろ」
「京の都だけでなく他の地方でも同様の事件が起こっているそうだ」
「それって……犯人は組織的に動いているということですかい?」
「俺はそう考えているがな」
奉行所内では犯人の捜索を始めているものの足取りを掴めずにいた。
それもそのはず、まさか11~13歳ほどの少女たちの仕業だと思わず見逃しているからであった。
そしてある日の夕刻、比奈乃が再び講堂に隊員を集める。
美心は2ヶ月ほどで元の老婆姿に戻っていたが講堂内では相変わらずブラインド越しに影のみを見せマスターの役に徹していた。
「アリエス様、シリウス以下6名、マスターの御身の前に」
「あら、随分と少ないのね?」
「他の隊員たちは日本各地で諜報活動をしているため戻れぬ者も多く……」
(そういや、最近顔を見ない娘たちも多いな。比奈乃のごっこ遊びに付き合ってられないのか? まぁ、特に強制でも無いし別に良いのだが)
美心と比奈乃は隊員たちが本気で活動をしているとは知らずにいた。
そして美心と比奈乃の間でもごっこ遊びの設定で食い違いが残っている。
(ははぁん……各地方で諜報活動をさせているって設定なのね? ま、せっかくの初ボス相手に数で圧倒しちゃ面白みが無いもんね)
それを悟った比奈乃は美心にある話を持ちかける。
「マスター、悪魔を未だ発見できず申し訳ございません。ですが彼女たちの報告により悪魔との契約者であろう者が1人見つかりました」
その比奈乃の言葉に6人は驚愕する。
「「!!!」」
「アリエス様、それは……」
「貴女たちのおかげよ。この者は悪魔に最も近い者で間違いないでしょう」
比奈乃は学校から帰った後、シリウスたちの作った設定で秘密結社を運営することに夢中になっていた。
週に3日ほどは巴と静も参加し、このごっこ遊びは今や比奈乃のマイブームにさえなっているのであった。
勿論、シリウス達はごっこ遊びであるとは思っておらず本気で活動をしている。
「ほぅ、悪魔との契約者か……名は?」
美心もゾディアックの一員になりたい気持ちを抑えマスターとして演技をする。
「大塩助九郎、大坂で米問屋から豪商へと成り上がった者です」
(んんっ、大阪で大塩……?)
美心はその苗字を聞いてある歴史の人物を思い浮かべるが、詳しい内容は転生前の義務教育以来、触れることもなく忘れてしまっていた。
そのため特に気にかけることもなく比奈乃の話を聞き続ける。
「この者、老後は京の祇園へ移り住み貧しい者へ食料を分け与え余生を過ごしております」
「ふむ、良い人ではないか? 悪魔とまったく無縁の存在に思えるが?」
「いいえ、デネブの報告にも上がりその後も監視を付けさせていたのですが……この者、町娘を攫い身売りで多大な金銭を得ていることが確認されました。裏に巨大な組織の存在まで確認できています」
(アリエス様、いつの間にそこまでのことを!?)
(我らでは身売りの疑いしか調査出来ていないのに……)
勿論、比奈乃が急遽作った設定である。
そろそろボス敵と戦う展開も欲しいと思っていた矢先、隊員からの報告書の中で良い敵役として勝手に選んだだけである。
「ふむ……間違いは無いか?」
「はい、貧しい者への救済は闇組織との関わりを疑われないようにするためであると思われます」
(さすがはアリエス様だ。自身は学校があるというのに私達以上に成果を上げている)
(ゾディアック……それほどまで能力が高くないと選ばれませんのね)
(拙者等とは天と地ほどの差が有るというのか! もっと精進せねば!)
比奈乃の勝手な設定を信じてしまうシリウス一行。
己が情けなく涙を流す者、悔しくて歯ぎしりする者、人それぞれであるが比奈乃の言葉を信じて疑わないことに変わりはなかった。
「その者の裏にある組織というのは?」
「東インデ会社、エゲレスの組織です」
(紅毛人の組織ですって!?)
(そうか、アリエス様は幼くとも春夏秋冬財閥の令嬢……海外との結びつきも僅かながらにある。独自の人脈を使って調べ上げたのだろう)
ざわざわざわざわ
「騒々しい静かにせよ」
表にこそ出さないが美心は内心では最高に喜んでいた。
(うっはぁ、まさかエゲレスを出すなんてな! どれだけ設定深いんだよ比奈乃!)
「東インデ会社? く、くくく……はーっはっはっは、そうか! アリエスもそこに辿り着いたか」
(マスター……まさか初めから分かっていた!?)
(さすがはマスターだね。僕達も自力でその結論に至るよう待っていたということか)
(くぅ、アリエス様も独自で至った答えに妾達はまだ追い付けていないですわ)
(アリエス様は私達にも手柄が得られるようにマスターに仰ってくださったでござる。なんたる自愛に溢れているでござるか!)
「エゲレスは古の時代から悪魔と深い関係にある。海外に視野を伸ばせてもエゲレスと特定するには相当な労力が必要だったはずだ。皆の者、ご苦労だった」
美心の言葉を聞いて比奈乃は次のセリフを考える。
(やった! うんうん、悪魔と言えばやっぱりナーロッパは必須よね。お婆ちゃんの設定資料集を読んでいて助かったわ。さて、ここからどう繋げると面白いかな?)
なんてことを考えているとは露知らずシリウスは美心に一つある提案を持ちかける。
「マスター、エゲレスが悪魔と大きく関係している以上、大塩をこのまま世に放っているのは危険です。天誅を与える役目をどうか我らに……」
美心はその男が祇園で知り合ったパパ《ATM》だとは知らない。
比奈乃が密かに雇った敵側エキストラだと信じて疑わなかった。
「ふむ……では、お前達に任せるとしよう。だが、決行はまだだ。先に裏の組織から悪魔に繋がる手がかりを得なければならぬ。アリエスを中心とし各個チームを組み悪魔の手がかりを見つけ出せ!」
「はっ!」
比奈乃と共にシリウスたちは講堂から図書館へ向かっていった。
そして、美心も講堂を離れ仕事で二条城へと赴く。
「参ったでござるか、春夏秋冬殿」
「まさか幕府のお偉方が俺に直接コンタクトを取るとはな……何十年ぶりだ?」
美心の前に座るのは
現幕府で将軍の次に権力のある役職、大老に就く男である。
「美心殿と呼ばせていただいても?」
「好きにしろ……で、俺に何の要件だ?」
「ははは、将軍様から聞いていた通りの方でござるな。まずはこれを見て下され」
コトッ
立花が家臣に持たせたのは高級な重箱だった。
中から黒い靄が漏れている。
「ほぅ、それは呪物か」
「さすが美心殿。既にご存知であったか」
蓋を開けると中にあるのは恐ろしい般若の能面。
黒い靄を放ち見る者を威圧しているようにも見える。
「実は約半年ほど前、同じ呪物である若女の能面が盗賊に盗まれたのでござる」
「ハッ、呪物の管理を小さな寺社に任せているからだ。盗まれるとどうなるか分かってんだろ」
「いやはや、耳が痛いでござる。盗人はすでに捕らえ打首しているでござるよ。問題はその呪物が渡った先なのでござるが……」
「……まさか呪物が持ち主を喰ったか?」
「いやぁ、美心殿は鋭いでござるな。まだ人の形を保つ第一形態ということもあり神撰組の四番隊を出動させたのでござるが見事に返り討ちに遭ってしまったでござるよ……」
「四番隊? 松原さんが逝ったか……って、まさか呪物は京の都にいるってのかい?」
「神撰組を全て投入すれば退治はできるでござろうが、そもそも今回神撰組を投入したこと自体特例なのでござる」
「まぁ、そもそも帝と尊王論者を監視するための隊だしな」
「かと言って京都所司代や町奉行では手に負えないのは既に分かりきっているでござる」
美心は鋭い眼光で立花を睨み、しばし沈黙が流れる。
陰陽術に秀でた者の多くは幕府によって様々な特権が与えられる。
その代わりとして外国勢力や魑魅魍魎の類を排除する命令が下されば力を行使しなければならない。
美心も幕府からの特権によって財閥を築き上げた経緯がある。
「回りくどいったらありゃしねぇな。人外相手に神撰組なんかを使うんじゃねぇ。俺にもっと早く伝えていれば四番隊が全滅することも無かっただろうに」
「数ヶ月ほど美心殿を発見できぬという報告が上がってきて接触するにも出来なかったでござるよ」
(俺を御庭番が見つけられなかった? ああ、細胞活性化で姿が変わっていたためだろうな。幕府は俺のことをよく知っているはずだが内部で大幅な人事交代でもあったのか?)
そして、詳しい内容に入る。
時間も経ちすでに亥の刻直前だった。
「大老、失礼します……」
1人の武士が立花の耳元で何やら話をしている。
「美心殿、すまぬが急用ができた。内容は理解して貰えたと思うがくれぐれも用心してくだされ。では、お先に御免」
その話を聞き終わると立花は席を外し急いで江戸へ帰っていった。
美心も信濃条の運転する式神車に乗り屋敷へ戻る。
「美心様、車の中でずっと考え込んでいたようですが……」
「ん? ああ、まぁ気にしなくて良い」
(さて、能面タイプの呪物が相手ねぇ? 正直、あの手の者はクソ弱いから楽しくも無いんだよな……あっ、そうだ。比奈乃のごっこ遊びに使えるんじゃないか? ちょっと危険だけど、そこに俺が颯爽と助太刀に入る。うん、これは面白そうだ)
幕府の頼みよりも孫の遊びを優先するのが美心である。
翌日、比奈乃に悪魔役のエキストラが見つかったことを伝える。
「お婆ちゃん、凄い凄ぉぉぉい! じゃ、今すぐに皆を集めてくる!」
そして講堂に再び隊員を呼び集めごっこ遊びを始める。
今回は比奈乃の隣に巴と静もいる。
「緊急事態よ! 悪魔が見つかったわ。場所は下鴨神社」
「なんやて!?」
「悪魔が見つかった? アリエス、それは本当なのか!?」
静と巴も満更でもないようでタウラス・ジェミニの役にハマりきっている。
「下鴨って……」
シリウスはレグルスを見つめ問いかける。
「レグルスどういうこと!? 貴女の索敵範囲じゃない!」
「確かにそこは妾の担当する区域でしたけれど、そのような人外見かけなかったですわ!」
美心が隊員たちに話をする。
「喧嘩はよせ。悪魔は深夜にしか姿を現さん。日中は暗い影の中で潜んでいるからレグルスが見逃すのも仕方がなかろう。レグルス、今回のことは不問とする。次から気を付けてくれれば良い」
「ま、マスター! そのお優しい御慈悲、誠に感謝しかありませんわ」
「話を続けるわね。マスターのお話通り悪魔は深夜にしか姿を現さない。つまり退治するには私達も夜間に動く必要があるの」
「夜間戦闘……境内に灯りが付いていれば良いのですが」
「それは私から下鴨神社の宮司に伝えておこう」
「マスター、ありがとうございます」
「昨日の話は一旦保留とします。これから各自身体を休ませ丑の刻に出動。初のボス戦……じゃなかった。初めての悪魔狩り、心してかかりなさい!」
「はっ!」
こうして夜に向けて身体を休める者、これ以上は失敗を犯せないと訓練に励む者と自由な時間を過ごし時は経っていった。
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