第3話 2人の距離は0センチメートル

塾に通い始めた私は、周りの影響もあり、K先生にもよく思われたい一心で、一生懸命に勉強をした。

予習も、復習も欠かさず。


壊滅的に数学ができなかったので、授業が終わって生徒がいなくなった教室で、金魚のフンのようにK先生にへばりついて質問をしていたこともあった。

でも、それは下心があったわけじゃない。


単純に、「もっと数学の成績を上げたい」という気持ちからだった。


そんな、金魚のフンと化した私に優しくK先生はイチから数学を教えてくれた。

でも、だんだんと物理的な距離が近くなってきたような、、


顔と顔の距離が、数センチ。

手と手が触れるまで、あと数ミリ。

先生から、香水の匂いが漂ってくる。

あの頃は香水なんてオシャレなものは分からなかったけど、今思えば、あればドルチェ&ガッバーナのライトブルーだったかもしれない。


爽やかな、心地よい香りに包まれて、K先生を独り占めして数学を教えてもらえる。

まさに「うれしい、たのしい、大好き!」状態だ。


そんな風にして、勉強に熱が入り始めた私。

金魚のフンと化した私。


当時の私は、どこかイジられキャラで、あだ名は「タヌキ」だった。

でも、K先生だけは、「ナツミちゃん」と名前で呼んでくれた。

今思えば、そんな紳士的なところも、当時の私は好きだった。


さて、もう少しで定期テストが迫ってくるという時期になった。

気合が入る。

よっしゃ、やったるでー!くらいの意気込みだったと思う。


さらに金魚のフン度合いは増した。

根気強く、K先生も数学を熱心に教えてくれた。

でも、教えてくれたのは数学だけではなかった。


数日後に定期テストを控えたある日。

授業の後に、いつもの通りにK先生に質問をしていた。

今までは、お互いの手と手まで、あと数センチだった。でも、ついに手と手が重なった。

手と手が重なって、K先生はギュッと手を握りながら、そして私の頭に頬をくっつけながら、いつも通りに数学を教え始めた。


初めてのことで、心臓が口から飛び出そうだった。

もちろん、教えてもらった内容なんて覚えていない。

「ちょっ……せんせ……」と発するのが精一杯だった。

「何?恥ずかしい?恥じらってる姿も、可愛いね。ふふっ」


「先生」と「生徒」の関係から、一歩、踏み出てしまった瞬間だった。

誰もいない教室。

気づかぬ間に鍵のかけられた扉。


その日は、頭がぐるぐるして、ドキドキして、どうにもよく眠れなかった。

ウブな中学1年生には刺激が強すぎた。


何色にも染まっていない、真っ白な自分が、先生色に少しずつ、染まり始める。

その日の出来事は、そんな予感を醸し出していた。





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