Act.05 自由と無法の狭間に
日出卜英斗は探したい
それからの日々は、忙しかった。
それはもう、生徒会はてんやわんやの大騒ぎだったのだ。相変わらず会長の
なにせ、俺と話すことも難しかったくらいだから。
謎物質ヒデニウムを渡すこともできず、そんな日々が去った。
そして、とうとう春の大運動会が訪れたのだった。
「
俺は丁度、教室に忘れ物を取りに来ていた。
もう、全校生徒は朝からグラウンドに出て開会式を待っている。
まことの声に振り向き、俺は鞄からはちまきを取り出す。俺たちD組の色は青である。それをポケットにねじ込み、俺はまことと教室を出た。
俺はジャージ姿だが、まことは
「お前、朝からやる気満々だなあ」
「当然だ。さっき、アップを済ませたところだからな」
「いるよな、学校行事にすげえ張り切っちゃう奴」
「あたしがいるからには、D組は勝つ!」
お前、そういうキャラだっけか……いや、そうだったな。
小さい頃はいじめられっ子だったが、身体がデカくなって身体能力が開花してから、変わったんだ。今はもう、堂々たるもので態度もデカいくらいである。
そんなまことを隣に見上げつつ、くだらない話をしながら外へ。
しかし、常に一緒のまことにはすぐに俺の変化がわかったらしい。
「英斗、疲れてるのか? お疲れなのか?」
「ん、まあな。生徒会が忙しくてさ。でも、無事に運動会にこぎつけてよかったよ」
「英斗はなにを担当したんだ?」
「主に、先輩たちが作った書類の再点検だな。下っ端だから、でかい仕事はしてねえよ」
「でも、偉いな英斗。うんうん、とても偉い。よしよし」
「あ、こら! よせっての」
まことが頭を撫でてきた。
ゴシゴシって感じで、俺の髪をやわらかな手が触れてゆく。
その手を振り払おうとしたが、まことの鋭いディフェンスに遮られた。
「よしよそ、偉いぞ英斗。よしよし」
「ええい、やめろっての」
「うん、これくらいでいいだろう。やめたぞ!」
「できれば今後、二度とやんなよ。子供じゃないんだからな」
「……フッ」
「なんだその笑みは」
そんなこんなで外に出ると、クラスメイトたちが数人駆け寄ってきた。
まことにだ。
「
「ゼッケンもらってきたから、はいっ!」
「徒競走、頑張ってね。あと、えっと、パン食い競走? 沢山出るんだよね、まことちゃん」
そうなのだ、この娘ときたら出られる限界まで自分で引き受けまくっているのだ。
フンス! と鼻息も荒く、まことはゼッケンを受け取る。
なんだか、クラスの女子たちはまこととは仲良くしてくれてるらしい。それはよかった……四六時中俺にべったりだから、まことまでクラスから浮いてるのかと思った。
俺は、ポンとまことの背を叩いて離れる。
なにか言いたげだったようだが、まことはクラスメイトたちと一緒になにか話し込んでいた。
「いやしかし、無事に開催できてよかったぜ。苦労した甲斐があった」
本当に、生徒会と全校生徒がこの
こうして、一人一人の自主独立の精神が育ってゆくんだな。
それに、やっぱりこういうイベントは盛り上がるものだ。俺もこの機会に、ちょっとでもいいからクラスに
せめて『やべえけど、そこまで悪いやつじゃないんだよな』くらい思われたい。
言う慣れば雨の日、そっと捨て猫に傘を差し出すところを見られたい、そんな気分だ。
そう思ってると、背後で俺を呼び止める声があった。
「ヒデちゃんっ! おはよっ、今日までお疲れ様だよぉ」
振り向けば、ぽてぽてとハナ姉が駆けてくる。
たわわな胸がいつにもまして揺れてて、それも薄着な恰好のもたらす最高のシチュエーションだった。
俺は思わず、心の中で全てに感謝の念を捧げてしまった。
ハナ姉は、チアガールの恰好で俺の前に立つ。
「ん、どしたの? ヒデちゃん、元気ない?」
「い、いやっ! そんなことはない! その恰好」
「ああ、D組の三年生はチアをやるんだよ? 応援するからねっ、ヒデちゃん」
「……あ! そ、そうだったのか! ハナ姉も俺と同じD組!」
なんでそんな大事なことを今まで知らなかったのか。
同じクラスだったのか、俺とハナ姉。
生徒会の忙しい中でしか触れ合えてなかったから、そんなことにも気付かなかったのだ。
そんな俺を見上げて、ハナ姉は小首を傾げる。
あー、かわいい! はい、かわいい!
周囲もハナ姉に挨拶して通り過ぎるし、俺が見やれば逃げるように去ってゆく。
そんな中、俺は久々にゆっくりハナ姉と過ごせてる気がした。
「と、とりあえず、行こうか。もうすぐ、開会式」
「そだねっ! いこいこっ」
まるで当然のように、ごく自然にハナ姉が俺の手を取った。
それで手を引かれて、俺もグラウンドに向かう。
「そういえば、今日は流輝会長は」
「んー、来てはいるみたい。でも、どこかでおさぼりかなあ」
「……ハナ姉、あいつなんとかならないのかな」
流輝先輩は、自他ともに認める優れた人間らしい。
前に
それって、恐ろしいことだ。
同時に、そういう人間を求めたり望んだりするのも、おかしいのかもしれない。
このことを話したら、ハナ姉は静かにゆっくり言葉を選んできた。
「成績優秀でスポーツ万能で、その上に人とのコミュニケーションも上手で、ね。会長って、スーパーマンみたいだなって思う。でも、スーパーマンは一人きりのことが多いなって」
「そ、それって」
「きっと、孤独だなとは思うんだあ。だって、婚約者のわたしだって、彼の心には触れることができない。近寄らせてもらえないんだよねぇ」
悔しいが、ハナ姉には沢山の婚約者がいる。どれもが父親の決めた、花婿候補というわけだ。その一人である流輝先輩は、何故かハナ姉とは距離を置いているという。
好みじゃないから、みたいな話は以前一度だけちらっと聞いたことがあった。
「孤独、かあ。いや、そうでもないような……むしろ、自由人?」
「でもねえ、ヒデちゃん。会長は多分、独りぼっちなんだと思う。関わる人は全部、自分自身じゃなくて自分の能力を見てる気がするんだよね」
わたしもそゆこと、多いから。
そう言ってハナ姉は笑った。
ハナ姉にはわかっていたのだ。自分が学園の人気者で、誰からも女神様のように思われている、その理由が。
家柄が良くて、顔が良くてスタイルが良くて、頭が良くて優しくて。
俺だってそれはもう魅力的に思えるけど、それだけを求める人があまりに多いのかもしれない。そして、自分は、自分たちだけは違うと俺は伝えたくて立ち止まった。
「ハナ姉、俺はさ……本当のハナ姉のことが、その、さ」
「うん? ふふっ、なぁにヒデちゃん。なんか……ヒデニウム漏れ出てるよ?」
「や、そうかな。なんていうか、俺やまことが好きなハナ姉は、どんなハナ姉でも好きっていうか」
「ふふ、ありがとっ。でも、ついつい望まれるままでいちゃうんだ。それに、みんな困ってたら助けたいし、それでわたしも救われてること……うん、多分あると思う。絶対」
なんかちょっと、俺ってお子様ランチだったなって思った。
憧れのハナ姉とラブラブになれれば、それでお互い幸せになれると思ってたんだ。
いつでもハナ姉は、優しくて完璧なお嬢様だって勘違いしてたんだな。
でも、そうじゃなくても俺の気持ちは、想いは変わらない。
そのことを一番に知ってほしくなった。
「ハナ姉! 俺っ、もっと勉強して、色々頑張って、その、まま、まもっ、守る……ん?」
ふと、視界の隅をなにかが過っった。
周囲の人の流れに逆らって、細い影が校舎の方へと向かってゆく。
マントのように長い長い学生服を翻した、その姿は――
「あれ、沙恋ちゃん? どしたんだろ」
「ハナ姉、先に行ってて! ちょっと俺、沙恋先輩も連れてくるから!」
「わわっ、ヒデちゃん!? 開会式、始まっちゃうよぉ」
俺はちょっと未練を感じたが、ハナ姉の手を放した。
そしてそのまま、先程の沙恋先輩を探して走り出す。
今日は男装、っていうか応援団? そんな雰囲気だったな。
けど、その姿は静まり返った校舎の奥へと消えてしまう。慌てて靴を履き替えて、俺は周囲を見渡した。
もう既に、全校放送で開会式は始まろうとしていた。
「もしかして沙恋先輩、流輝先輩を探してるんじゃ……」
だって、普段ならすぐ俺たちの間に挟まってくる筈だ。必ず、俺とハナ姉の方に来るはずなんだ。そんな沙恋先輩が、俺たちに見向きもしないなんて。
俺は妙な胸騒ぎを感じつつ、無人の廊下を走り出すのだった。
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