日出卜英斗は相手になりたい
もうグラウンドでは、行進が始まっていた。
春の大運動会、開催である。
開会式の
俺は人の気配が全くない学園を走った。
「ちょっと不気味だな……朝からこの静けさはさあ」
どこにでもいて、どこにもいない。
そんな言葉が脳裏を過る。
もしかしたら、このまま一生会えなくても不思議じゃない。何故か、そんな刹那的なネガティブ思考さえ湧き出てきて困った。
「っととと、お? おおっ! ……ちょっと、これは意外というか」
そう、意外な人物を見つけて急ブレーキだ。
がらんとした教室の窓際に、その男は佇んでいた。
そう、長い長い金髪の男子で、そんな目立つ恰好は一人しかいない。
「やあ、おはよう。なんだい、君もサボリかい?」
「あ、いえ……沙恋先輩、見ませんでしたか?」
「僕があれをかい? いや、知らないな……学園のどこかにはいると思うけど」
「ですよね」
妙にアンニュイな雰囲気で、今日も流輝先輩には全くやる気が感じられない。
それなのに、一人で妙に楽しそうな、そう見せようとしてるような。
そんな横顔を見詰めていると、やっぱり少し腹が立ってきた。
今日も今日とて、
「流輝先輩は運動会、出ないんですか?」
「んー? パス、かなあ」
「勝負にならないから、みたいな? 多分、そんな感じですよね」
「そりゃね。……君、僕らのことをもしかして、沙恋から聞いたかい?」
「ええまあ、ざっくり雑にですが」
流輝先輩もまた、一部の大人たちの利己的な行動によって人生を歪められた。生まれた時から人生は歪んでいて、それがそのまま人格に……なんてことを少し思う。
でも、沙恋先輩はじゃあ、どうだ。
あの人は変人だけど、毎日堂々と生きてる。
ちょっと最近、ハナ姉との間に挟まってくる感じにも慣れてきたしな。
「英斗君さ、しらけちゃうだろ? 多分、どんな競技でも僕が勝ってしまうんだ。そういうふうに造られてしまったら、なかなか出しゃばれないものさ」
「しらけるって? しらけてるのは流輝先輩一人じゃないですか?」
「おっ、言うねえ」
「俺、馬鹿だからよくわからないことも多いけど……だから、いいか悪いかの話じゃないって感じで、聞いてくださいよ」
俺は一度言葉を切って、静かに呼吸を整える。
机の上で脚を組んで、流輝先輩はさして興味もなさそうに俺を見詰めていた。
外では選手宣誓が始まってて、その声はハナ姉のものだ。
あー、ハナ姉のチア、見てえ……!
そんなことを考えながらも、吸って吐いた息に言葉を乗せる。
「あんた、そんなに強くて優れてるのかって話だ! 大変な生い立ちかもしれないけど、そうやって一人でしらけて、いじけててちゃなにも面白くないだろっ!」
「……ふぅん、なるほどね」
「能力だけを求められて望まれ、自由がない? でも、それから逃げてるあんたのは、自由じゃなくてただの無法だ! やりたいことがあっての行動じゃない、ただなにもしたくないだけだろ!」
言ってやった。
ちょっと手酷いかなとも思ったけど、言っちゃった。
俺が思って考えた、俺の気持ちだ。
だってそうだろ? 生徒会長に指名された時にもっとこう、やりようがあった筈だ。ハナ姉との婚約だってそう、この人はなにも意思表示していない。
やりたくない、ということが沢山あって、その全てから逃げてる。
やれば勝てるよといいながら、決して勝負はしないスタンスに見えるんだ。
だったら、俺がやってやろうじゃないか!
「流輝先輩、なにか運動会の競技に出ませんか?」
「はは、僕は遠慮しとくよ」
「俺と戦えっていってるんだ! 本当に優れてるなら、それを証明してみろよ!」
「よせよせ、そんなに
「なんちゃってゲーマーですけど、ゲームは一通り好きですね。得意かもしれません。でも、今日は運動会なんでそれでいこうって思って」
「なるほど。それで? 僕の全勝で終わるけど、ゲームでも運動でもそう。それで僕になんのメリットがあるのかな」
その通りだろう。
そして、俺には差し出すものはなにもない。
そもそも論として、理事長の息子になってる人とじゃ格が違う。でも、格の違いは魅せつけてこそだろう。力を示してもらわないと、優れてるとか能力がとか、馬鹿な俺にはわからない。納得出来ないんだ。
でも、図々しいことに俺が勝ったら……やってほしいことは決まっていた。
「俺が勝ったら! 生徒会長を真面目にやってもらう!」
「ほんで? 僕が勝ったら?」
「えっと、なにかほしいものとかないすか? ぶっちゃけノープランだったんですけど」
「はははっ! やっぱり君、面白いねえ! でも、僕はねえ………………欲しい物なんてないんだ、なにもね」
嘘だと思った。
妙な間があって、その短い沈黙は一瞬。
それでも、確かにそこに流輝先輩はなにかを想って、考えた。
そして、その瞬間に凛とした声が挟まってきた。
「へえ、言うじゃないか。流輝、はっきり言って今……キミ、
振り向くと、そこには沙恋先輩が立っていた。
ロングコートかってくらい丈の長い詰め襟を着て、白手袋で腕組みしている。
そして、いつもの不敵な笑みがなんだか冷たく凍っていた。
まるで氷の刃みたいで、俺の背中を悪寒が走る。
怒ってるんだとすぐにわかった。
けど、流輝は全くペースを乱さない。
「普通にダサい、見てられない。笑っちゃうね、ホント……流輝、本当になんでも自分が一番だと思ってるのかい?」
「いや、厳然たる事実だと思ってさ。結果の決まった勝負って、そりゃ僕も冷めるよ」
「冷めてるフリして逃げてるだけだろう? クソダサ臆病兄貴。英斗クンの方が八倍は格好いいぞ?」
どういう基準で八倍かはわからないけど、沙恋先輩は俺の隣まで来て流輝先輩を睨んだ。
そして、とんでもないことを言い放つ。
「今日の運動会、英斗クンが一回でもキミに勝ったら……観念して、生徒会長やるんだね。そのかわり、一勝もできなかったら……ボクがキミの代わりに生徒会長になってやる」
「それは」
「
妙な緊迫感が広がってゆく。
外では花火が上がって、いよいよ大運動会が始まった。
けど、それもまるで遠い国の出来事のようで、窓一枚を隔てたこの教室には重苦しい沈黙が横たわっていた。
沙恋先輩は鋭い楔で流輝先輩の心を穿った。
心の隙間に挟まったまま、それはグイグイと進んでゆく。
「どう? やるの、やらないの? 流輝、キミがなにもしないお陰で、困ってる人が沢山いるんだ。だったら、ちゃんと手続きを踏んでやめればいい。男らしくしさ」
「こりゃまた厳しい、それと……ちょっと前時代的じゃない?」
「キミは男になることを選んだじゃないか」
「君と違ってね。……ふむ、まあいい。やろう、やってみようか」
ひょいと流輝先輩は机から飛び降りた。
そのままポケットに両手を突っ込むと、教室を出てゆこうとする。
その背中を俺は見送り、なんだか寂しそうだと思った。
孤高にして孤独、そういう雰囲気だ。
でも、沙恋先輩の言う通り格好悪いと思う。
そして、そんな流輝先輩にも友達がいて、楽しい場所があったことを思い出した。
流輝先輩がいなくなると、隣に「ふー!」と緊張感が切れた声が響いた。
「英斗クン、キミってやつは……やるね! こいつめ、恰好いいぞ男の子だぞっ!」
「ちょ、ちょっと、叩かないでくださいよ」
背中をバシバシとはたかれた。
そして、沙恋先輩は満面の笑みに変わる。
とても眩しくて、いつもの先輩らしい笑顔だった。
「けど、流輝は強いよ。なんていうか、さ。馬鹿な大人が造った『優れた新人類』ってキャッチコピーの完成品なんだ。で、ボクはその出来損ないという訳だ」
「はあ……あっ! ひょっとして、沙恋先輩の疲れやすい体質って」
「そう。ウルトラマンみたいにね、数分でスタミナが切れちゃうんだよね。あと……残念だけど、研究所に隔離されてたころからずっと、ボクは流輝に勝ったことがない。なにをやってもね」
そう言って俯きつつ、しれっと沙恋先輩は小さく舌を出した。
「あ、でも、かわいさはボクの勝ちかな。それに、甲斐甲斐しいし性格いいし」
「そーですねー、ほんと……いい性格してますよ」
「だろ? さあ、アイツの鼻を明かしてやろう。ボクも手伝う、だってボクは助っ人部の部長だからね!」
今日ほど、沙恋先輩が頼もしいと思ったことはない。
そして、やっぱり気になることがある。
流輝先輩は、男として生きることを選んだ? それって、どういう意味だろう。確かに流輝先輩も中性的な雰囲気だけど、確かに男子だなって感じはする。
一方で、沙恋先輩は相変わらず性別不明、行方不明で謎過ぎるのだった。
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